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プロローグ 鶏ガラちゃん
春男の楽しみはカップラーメンを食べる事だ。
仕事上がりのベッタリと絡みつく汗を、床に落ちているタオルで適当に拭くと、やかんをお湯にかけ戸棚からカップラーメンを取り出す。
「何か、すっぺー匂いがするなー。まぁ、いいっぺ」
熟成した発酵食品の様な酸っぱい体臭を漂わせながら、春男はカップラーメンのビニールを剥がす。
食品メーカーである【ペースコック】から発売されているカップラーメン【鶏ガラちゃん】は春男の大好物だ。
本物の鶏ガラ成分の旨味が配合されていて、卵の殻を被ったヒヨコがピースサインをしているパッケージのイラストが可愛いと、老若男女問わず大人気な商品となっている。
春男はカップラーメンの蓋を開くと、沸いたお湯を馴れた手つきで注ぎ込む。一人暮らしも7年目。家賃29000円の風呂なしアパートに春男は生息している。未だに未婚の春男は今年29歳になる。
カップラーメンが出来るまでの間に、春男はいつもの服装に着替える。タンスから取り出したのは白いランニングシャツと、3枚セット699円で売られているスイカ柄のパンツだ。
春男は家でズボンを履く習慣がない。理由はトランクスがズボンみたいだから、という直球な理由だ。
「ラーメンさ出来るまで、テレビでも見っがな」
鶏ガラちゃんと割りばしを両手で大事そうに持ち、居間にあるテーブルに移動させる。
大手家電量販店の開店セールで購入した、32型液晶テレビの電源を入れる。
しばらくして、女性のアナウンサーの声が聞こえてくる。
『待ちに待った人気BLゲーム、≪伯爵家の秘め事≫のデモプレイ体験会場に来ています。今日はなんと令嬢コスプレをしたプレイヤーしか参加出来ないイベントという事で、令嬢コスプレを身に纏った、あのお二方に感想を聞いてみたいと思います!』
リポーターが令嬢コスプレをして会場内を歩いていた二人の女性に声をかける。
『え、マジ、マジ。あ、あーし達ですか?』
『カ、カメラ目線な感じですか?』
緊張気味の淑女達は、舞踏会に参加するような華麗なドレスを身に纏い、髪を盛り髪に整え、不必要な程カメラをチラチラと見ている。一人はぽっちゃりしていて春男の好みの女性だ。もう一人は小柄でコケシ人形のような顔をしている。
『あの、とにかくヤベーんですよ。ヤベー奴なんですよ、これ。なんかぁーこのゲーム知らない人の為に説明が必要かと思うんすけどー、バッドエンドルートが散りばめられていて、すぐにバッドエンドになっちまうんですよー。あーしなんか、プレイして10秒ぐらいでバッドエンドルート入っちゃって、いきなり凌辱みたいになってー、びっくりしてひっくり返っちゃってぇー、でもー、だからこのゲームが好きなんすよー』
『あたしは、開始5分ぐらいまでは頑張ってたんですけど、やっぱりバッドエンドルートに入っちゃったんです。アーヴァイン様推しなので、ガンガン、アーヴァイン様にアタックしてたら気づいたら【いやんっ!】みたいな感じで、でも後悔はありません。今日の為に有給とってきて本当に良かったです。今日は夢の中でアーヴァイン様に抱かれてきます!』
二人のBLゲーム愛を、春男は他人事の様にぼんやりと見つめている。
「良くわからねぇけんども、世の中には色んな楽しみがあるもんなんだなぁー」
カップラーメンの蓋を開けると、モクモクと蒸気が上がる。
「うんまそうな匂いだな」
春男は箸を掴むと、麺をすくい乾燥したタラコのような唇をすぼめ吸い上げる。ジュルッ、ジュルルッと春男の口の中に麺が吸い上げられていく。
うんめぇ、うんめぇ、と呟きながらフーフー息を吹きかけカップの中の汁を吸っていた時、突如テレビ画面が砂嵐に塗れる。
「んあっ!」
春男は驚いて声を上げる。春男が驚くのも仕方ない、1カ月前に購入したばかりのテレビだったのだ。
「おい、どうしちまったんだよ!」
春男は野太い声でテレビに問いかける。ザザッ、ザザッ、と画面にノイズが走り、砂嵐が徐々に和らいでいく。やがてテレビ画面には中世ヨーロッパ風なお屋敷が映しだされる。
「んあ! なんだこりゃ」
目をまん丸くして驚いている春男をよそに、テレビ画面がズームされていく。
玄関には女神の像が2体微笑みあいながら向かいあっており、お屋敷の玄関口から庭の入り口にかけて真っ白い橋が渡されている。
レンガ造りのその建物にはいくつも煙突が伸びており、沢山の出窓が開放的に開け放たれている。
そのお屋敷の玄関口がゆっくりと開く。中から出てきたのは真っ青なコートを羽織った高身長で細見な体躯の男だった。
ひざ下まである白いソックスを履いていて、ブーツインの白いズボンの長さと腰回りの細さから、男がとてつもなくスタイルがいいという事が見てとれる。
その男を追うようにメイド服を来た40代ぐらいの女性が駆けてくる。
『お坊ちゃま、お待ち下さい。マール様の事がご心配かと存じますが、旦那様がご心配されます。どうか、外出はお控え下さいませ』
『もう、待てぬのだ。マールのいない日々に耐えられぬのだ。最愛の弟マールに会えぬなら今すぐここで自決してみせよう!』
『そんな……アーヴァインお坊ちゃま。それだけはお止め下さい。ご主人様が悲しみます』
そんな鬼気迫る二人のやり取りを、テレビ画面越しに見ていた春男は箸を置くと
「なんだか大変なことになっちまってんな。おい、あんたたち、どうしちまったんだ!」
と、テレビ画面に向って叫ぶ。春男の悲痛な叫びを感じとったのか、アーヴァインの相貌が変化する。
不安そうなブルーの瞳は、光が灯ったように輝く。
『その声はマールなのか? マール、兄さんだよ。はやく、はやく会いにきておくれ。もう、お前に会えない寂しさに胸を打ちひしがれる日々に、兄さんは耐えられぬのだ!』
「あのう……言いにくいんすけども、俺一人っ子なんすけども」
『嗚呼、やはりマールも兄さんに会いたがっていたのだな。こっちへおいで、私の可愛い弟』
春男の突っ込みを無視してアーヴァインが春男にそう呼びかけると、春男がテレビ画面の中に吸い込まれていく。
「いや、ちょっ、なにが起こっちまってるんですかぁぁー!!!」
春男は液晶テレビの枠を両手で掴み、テレビの外に出ようと必死に抵抗し叫ぶが、抵抗空しく春男のぽっちゃりとした柔らかそうな体は、テレビ画面の中に吸い込まれてしまったのであった。
仕事上がりのベッタリと絡みつく汗を、床に落ちているタオルで適当に拭くと、やかんをお湯にかけ戸棚からカップラーメンを取り出す。
「何か、すっぺー匂いがするなー。まぁ、いいっぺ」
熟成した発酵食品の様な酸っぱい体臭を漂わせながら、春男はカップラーメンのビニールを剥がす。
食品メーカーである【ペースコック】から発売されているカップラーメン【鶏ガラちゃん】は春男の大好物だ。
本物の鶏ガラ成分の旨味が配合されていて、卵の殻を被ったヒヨコがピースサインをしているパッケージのイラストが可愛いと、老若男女問わず大人気な商品となっている。
春男はカップラーメンの蓋を開くと、沸いたお湯を馴れた手つきで注ぎ込む。一人暮らしも7年目。家賃29000円の風呂なしアパートに春男は生息している。未だに未婚の春男は今年29歳になる。
カップラーメンが出来るまでの間に、春男はいつもの服装に着替える。タンスから取り出したのは白いランニングシャツと、3枚セット699円で売られているスイカ柄のパンツだ。
春男は家でズボンを履く習慣がない。理由はトランクスがズボンみたいだから、という直球な理由だ。
「ラーメンさ出来るまで、テレビでも見っがな」
鶏ガラちゃんと割りばしを両手で大事そうに持ち、居間にあるテーブルに移動させる。
大手家電量販店の開店セールで購入した、32型液晶テレビの電源を入れる。
しばらくして、女性のアナウンサーの声が聞こえてくる。
『待ちに待った人気BLゲーム、≪伯爵家の秘め事≫のデモプレイ体験会場に来ています。今日はなんと令嬢コスプレをしたプレイヤーしか参加出来ないイベントという事で、令嬢コスプレを身に纏った、あのお二方に感想を聞いてみたいと思います!』
リポーターが令嬢コスプレをして会場内を歩いていた二人の女性に声をかける。
『え、マジ、マジ。あ、あーし達ですか?』
『カ、カメラ目線な感じですか?』
緊張気味の淑女達は、舞踏会に参加するような華麗なドレスを身に纏い、髪を盛り髪に整え、不必要な程カメラをチラチラと見ている。一人はぽっちゃりしていて春男の好みの女性だ。もう一人は小柄でコケシ人形のような顔をしている。
『あの、とにかくヤベーんですよ。ヤベー奴なんですよ、これ。なんかぁーこのゲーム知らない人の為に説明が必要かと思うんすけどー、バッドエンドルートが散りばめられていて、すぐにバッドエンドになっちまうんですよー。あーしなんか、プレイして10秒ぐらいでバッドエンドルート入っちゃって、いきなり凌辱みたいになってー、びっくりしてひっくり返っちゃってぇー、でもー、だからこのゲームが好きなんすよー』
『あたしは、開始5分ぐらいまでは頑張ってたんですけど、やっぱりバッドエンドルートに入っちゃったんです。アーヴァイン様推しなので、ガンガン、アーヴァイン様にアタックしてたら気づいたら【いやんっ!】みたいな感じで、でも後悔はありません。今日の為に有給とってきて本当に良かったです。今日は夢の中でアーヴァイン様に抱かれてきます!』
二人のBLゲーム愛を、春男は他人事の様にぼんやりと見つめている。
「良くわからねぇけんども、世の中には色んな楽しみがあるもんなんだなぁー」
カップラーメンの蓋を開けると、モクモクと蒸気が上がる。
「うんまそうな匂いだな」
春男は箸を掴むと、麺をすくい乾燥したタラコのような唇をすぼめ吸い上げる。ジュルッ、ジュルルッと春男の口の中に麺が吸い上げられていく。
うんめぇ、うんめぇ、と呟きながらフーフー息を吹きかけカップの中の汁を吸っていた時、突如テレビ画面が砂嵐に塗れる。
「んあっ!」
春男は驚いて声を上げる。春男が驚くのも仕方ない、1カ月前に購入したばかりのテレビだったのだ。
「おい、どうしちまったんだよ!」
春男は野太い声でテレビに問いかける。ザザッ、ザザッ、と画面にノイズが走り、砂嵐が徐々に和らいでいく。やがてテレビ画面には中世ヨーロッパ風なお屋敷が映しだされる。
「んあ! なんだこりゃ」
目をまん丸くして驚いている春男をよそに、テレビ画面がズームされていく。
玄関には女神の像が2体微笑みあいながら向かいあっており、お屋敷の玄関口から庭の入り口にかけて真っ白い橋が渡されている。
レンガ造りのその建物にはいくつも煙突が伸びており、沢山の出窓が開放的に開け放たれている。
そのお屋敷の玄関口がゆっくりと開く。中から出てきたのは真っ青なコートを羽織った高身長で細見な体躯の男だった。
ひざ下まである白いソックスを履いていて、ブーツインの白いズボンの長さと腰回りの細さから、男がとてつもなくスタイルがいいという事が見てとれる。
その男を追うようにメイド服を来た40代ぐらいの女性が駆けてくる。
『お坊ちゃま、お待ち下さい。マール様の事がご心配かと存じますが、旦那様がご心配されます。どうか、外出はお控え下さいませ』
『もう、待てぬのだ。マールのいない日々に耐えられぬのだ。最愛の弟マールに会えぬなら今すぐここで自決してみせよう!』
『そんな……アーヴァインお坊ちゃま。それだけはお止め下さい。ご主人様が悲しみます』
そんな鬼気迫る二人のやり取りを、テレビ画面越しに見ていた春男は箸を置くと
「なんだか大変なことになっちまってんな。おい、あんたたち、どうしちまったんだ!」
と、テレビ画面に向って叫ぶ。春男の悲痛な叫びを感じとったのか、アーヴァインの相貌が変化する。
不安そうなブルーの瞳は、光が灯ったように輝く。
『その声はマールなのか? マール、兄さんだよ。はやく、はやく会いにきておくれ。もう、お前に会えない寂しさに胸を打ちひしがれる日々に、兄さんは耐えられぬのだ!』
「あのう……言いにくいんすけども、俺一人っ子なんすけども」
『嗚呼、やはりマールも兄さんに会いたがっていたのだな。こっちへおいで、私の可愛い弟』
春男の突っ込みを無視してアーヴァインが春男にそう呼びかけると、春男がテレビ画面の中に吸い込まれていく。
「いや、ちょっ、なにが起こっちまってるんですかぁぁー!!!」
春男は液晶テレビの枠を両手で掴み、テレビの外に出ようと必死に抵抗し叫ぶが、抵抗空しく春男のぽっちゃりとした柔らかそうな体は、テレビ画面の中に吸い込まれてしまったのであった。
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