幸せな結末

水戸春季

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彼女の復讐

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「なんか最近冷たいよね」

 照明は薄暗く、さらりと長い髪に隠された彼女の表情はよく見えなかった。どこか笑いを含んだ冗談らしい投げ掛けだったが、少し語尾が震えていた様な気がした。

「会えなくてごめんね。忙しかったんだよ」

 こんな見え透いた嘘は女心に対して逆効果だと分かっているのに、間を空けてはいけないと焦ってつい口から転がってしまった。案の定、彼女はパッと顔を上げると強い視線でこちらを睨んだ。

「ふーん。会えないのはしょうがないけどLINEくらい返してくれたら良くない?既読スルーとか本当に萎える」
「…そうだよね。つい後回しにしちゃってそのまま忘れてたんだよ。本当にごめん」
「それでこっちがブチギレたら急に会いたいとか言ってきてさ。何か脅してるみたいでいい気しない。私のこと嫌いになったの?」

 一方通行で会話にならないまま罵られるのは辛いが、普段は物分かりの良い優しい彼女をここまで追い詰めてしまったのは紛れもなく俺だ。大きな瞳をうるうると滲ませて問いかけてくる彼女に胸が締め付けられ、用意していたセリフも言えなくなってしまった。
 彼女の予想は当たっていた。今日、俺は彼女に別れ話を切り出すつもりで部屋を訪れたのだ。

***

 俺と彼女は一年に渡り不倫関係にあった。俺はというと金持ちというわけでもない今年45歳になる中年男で、彼女は21歳のフリーターである。親子程歳も離れており、しかも彼女は小顔でスタイルも良い今時の美女だった。
 そんな縁遠い筈の彼女と出会ったきっかけは、会社から近いかれこれ20年の行きつけである『げん』という小さな居酒屋だった。顔馴染みの親父さんと奥さんが夫婦でこじんまりと経営していた店だったが、じわりと湿気を帯びてきた6月の始め頃、奥さんが体を壊してしまったのだ。そこで接客の全てを担っていた奥さんの代わりとして、彼女がアルバイトとして雇われた。

「今日からお世話になります、花谷です。よろしくお願いします!」

 明るめの茶髪に小さく八重歯を見せてニッコリと笑う彼女はとても好印象だった。初めこそ奥さんの朗らかな顔が見えない寂しさや店の雰囲気が変わってしまうんじゃないかと思ったが、彼女はてきぱきとよく働き細かな気遣いも出来る優秀な子であった。親父さんも「家内も今はゆっくり休ませて貰ってるし、何とか店を続けていけそうだわ」とホッとした表情を見せていた。俺も店が空いている時は彼女と世間話をするぐらいの仲にはなっていた。

 それでも、ただの客と店員だったのだ。あの日電車で、俯く彼女を見掛けるまでは。
 あの日はたまたま仕事が早く終わり、久しぶりに妻と呑みながら話したりしようかなんて考えながらのんびりと電車に乗った。車内は相変わらず混んでいたが、仕事が早く片付いた清々しさから気にも留めなかった。車両の真ん中まで押し込まれつり革に掴まり揺られていると、ふと目の端に違和感が映った。
 胸にリュックをきつく抱いて俯いている若い女性と、彼女の背中にやたらと密着している40代ぐらいのサラリーマン。
 痴漢だろう。珍しいことではなかったが、毎度見掛けて気分の良いものではない。溜め息をつき、助けるかどうか逡巡する。離れていれば諦めるが、手を伸ばせば届く距離である。少し悩んだが、やはり後悔のないよう行動はしておくべきだと思い、興奮して揺れているのであろう男の肩へと手を伸ばした。

「やめてあげなさい」
「えっ、あ、いや…、は?」
「次の駅で降りようか」

 後ずさる男のあまりの間抜け面にこちらも情けなくなってしまった。同じ男として少しの同情心で苦笑いをして見せてやると、男も青白い顔で口の端をひきつらせて返した。被害者の女性に視線を移すと、彼女は既にこちらを見ていた。
 その顔にはありすぎる程見覚えがあった。行きつけの店のアルバイト店員である花谷さん。バイト中の服装は黒いTシャツとデニムだが、今日は小花柄の清楚なワンピース姿だった。髪も後ろで一つ結びの状態しか見たことがなかったが、下ろされて全体的に緩く巻かれた柔らかそうな髪が鎖骨当たりで揺れていた。

「…あれ?あー、大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」

 花谷さんだとはすぐに気付いたが、痴漢を捕まえた状態で彼女の名前を呼ぶのはどうかと思い他人のフリをすることにした。そして彼女もその流れに乗ってくれたようだった。
 周りの乗客の好奇の目と、痴漢男の冷や汗まみれの青白い顔、そして花谷さんの縋る様に潤んだ瞳にまみれて、高揚感に全身が汗ばんでいくのを感じた。車掌のアナウンスがあり、まもなく電車は止まる。早く帰るだなんて連絡しなくて正解だった。
 電車から降りた後近くの駅員に痴漢男を引き渡したが、ただそれだけで終わる筈もなく、駅員や警察から長々と聞き取りをされ、解放された時には既に数時間が経っていた。当事者ではない自分でここまで引っ張られたのだから、彼女はまだ聴取の最中だろう。
 花谷さんは今日は大事な予定などはなかっただろうかと少し申し訳ない気持ちになってしまったが、見知らぬ男に身体を触られた女性の気持ちを思うとやはり助けてやりたかったし、俺が罪悪感を感じるのも違うだろう。そう思って帰路につき、いつも通りラップに包まれた冷めたしょうが焼きを温め治して食べた。


 痴漢を捕まえた夜から2日後、げんに顔を出した。いつものペースで訪れたつもりだが、その日は何より花谷さんが気になっていた。

「いらっしゃいませ!あ、」
「こんばんは」
「こんばんは!あの、先日は本当にありがとうございました!ちゃんとお礼も出来ずにすいませんでした…」
「いやいや、逆に大変だったんじゃない?遅くまで色々聞かれてたんでしょ。大丈夫だった?」
「皆さん優しかったし大丈夫でした!紺谷さんに助けて頂いたおかげです」
「そうか、ならよかったよ」

 こぢんまりとした店でいつもはすぐに埋まってしまうが、今日はまだテーブル席が空いていた。着席して人心地着いていると、親父さんからカウンター越しに声が掛かった。

「紺谷さん、花ちゃんのこと痴漢野郎から助けてくれたんだってね」
「いや、たまたま居合わせたんだ。花谷さんが無事で良かったよ」
「ありがとね。あの日花ちゃんからバイト休むって電話来たからさ、理由聞いたら痴漢に遇っただなんて穏やかじゃないこと言うし。しかも助けてくれたのが紺谷さんだっていうから余計驚いたさ」
「ああ、ここに出勤する途中だったんだ。かわいい服来てたからデートかと思ってたよ」

 よく冷えたグラスビールで喉を潤しながら親父さんと話していると、当の花谷さんがついに口を挟んだ。

「ちょっと大将、お店でそういうデリケートな話しないで下さいよ!痴漢なんて私は忘れたいんですから。紺谷さんも、助けて頂いたのは本当に感謝してますけど、今の会話続けてたらセクハラですよ」

 若い女の子に強い口調で怒られてしまえば、中年おじさんの二人はバツが悪くなりわざとらしく肩をすくめるしかなかった。小さく謝罪して彼女を見上げると、本気で機嫌を損ねた訳では無いらしく、イタズラっぽく「まあ紺谷さんだし良いですけどね」と笑って厨房へと戻って行った。
 そしてすぐに俺の席へと戻ってくると、注文していたタコわさと注文していない立派な刺し盛りが置かれた。

「え?刺し盛りって何」
「助けて頂いたお礼です。大将からなんですけど」
「え?いいの、親父さん」
「もちろんだよ!花ちゃん助けてくれてありがとね」

 好物のマグロに内心とても喜んでいると、皿の横に小さなメモの様な紙切れを見つけた。不思議に思い花谷さんを見上げると、こちらを見ていた彼女は細い人差し指を素早く唇に押し当て、俺にだけ分かるように目配せをして他の客の元へと去っていった。その色っぽい仕草にときめきながらそっと紙切れを手に取ると、そこには可愛らしい文字で『今度改めてお礼させてください。花谷』という言葉と、その下には電話番号とLINEのIDが書いてあった。まさか、プライベートで若い女性の連絡先を知るなんて何年ぶりだろうか。その日は年甲斐もなく浮かれ、彼女が横を通り過ぎるたびに緊張していつもより酒を飲み過ぎてしまった。そして心中穏やかではない状態で、せっかくの刺し盛りもよく味わえぬままに妻の待っている家へと足を向けた。
 今でこそ腹の出た枯れかけの中年男だとは言え、若い頃はそこそこに女性に不自由ない生活を送っていたのだ。だからこそ少なからず期待はしていた。彼女を痴漢から助けた時、俺を見つめる瞳が好意を持って潤んでいる様に見えたから。

***

 そこから花谷さんと身体の関係を持つようになるまで、長い時間は掛からなかった。連絡を取り合い、何度か晩飯を食べに行った。その何度目かで、自然の流れの様に彼女の一人暮らしの部屋へ誘われた。
 ただの火遊びのつもりだった。こんな深い情を注がれる関係になるなんて思ってもみなかったのだ。たった一度でもこんなに若い美女を抱けるなんてラッキーだと浮かれていた。きっと花谷さんは男遊びが激しいタイプで、たまたま俺に助けられて興が乗っただけに過ぎないのだろうと。
 だけど彼女は一度のみならず何度も俺に連絡を寄越した。日常のちょっとした出来事、行ってみたい場所、好きな食べ物、俺に会いたいという気持ちなど、彼女からの幾度とないメッセージは俺を困惑させた。これは、もしかしなくても火遊びではなくて恋愛なのかと。彼女の好意はじわじわと俺の生活を侵食していった。中年男と若い美女との間でありがちな金銭的な援助を要求されたことは一度だってなかった。もちろん食事代やホテル代はこちらが出していたが、彼女はいつも自分の分は出そうと財布を出してしつこく粘ってきた。それをやんわりと断れば「ごめんね、いつもありがとう。就職したらお返しするね」と申し訳なさそうに言ってくれた。
 それでもまさか、彼女と定期的に会う関係が一年にも及ぶなんて思っていなかった。
 確かに花谷さんには妻とは違うベクトルで甘やかな好意を抱いていたが、小心者の俺にはこれ以上長く彼女と不倫を続けていく自信がなかった。最終的に自分の帰るべき場所を失いたくはなかったのだ。幸い妻は優しくおっとりとした性格で、この一年俺を疑っている様子はみじんもなかった。しかし、この春から息子が社会人として一人立ちすることになり家を出た。そうすれば家に二人きりとなった俺達夫婦の関係も変わっていくだろう。
 花谷さんとの関係がこれ以上抜け出せないものになる前に、今終わらせるしかない。

***

「こんちゃん、別れたくないよ」
「…花ちゃんは本当に素敵な女の子だし、俺なんかと過ごして人生を消費してたらもったいないよ。絶対にもっと良い男と出会えるよ」
「そんなのいらない。こんちゃんが一番好き」
「…嬉しいよ。でも俺はやっぱり家族を捨てられないし、何より花ちゃんみたいな素晴らしい女の子に相応しい男じゃない」

 顔をぐしゃぐしゃに濡らして泣き続ける彼女の背中を、ただ優しく擦ることしか出来なかった。
 彼女を本当に可愛くて愛しい女性だと思うからこそ、本音を話したつもりだった。長い人生を掛けて築いてきた家族と離れるなんて、やはり考えられない。そして、美しくて気立ても良い彼女ならきっとどんな男でも選り取り見取りなはずだ。わざわざ俺のような不良物件に心を宿さない方が良いに決まっている。
 自分でもなんて最低な男なんだとは思ったが、ただ謝って何とか別れて貰うことしか頭になかった。

「今日でお別れしよう。俺なんかの事は忘れて、どうか幸せになって」

 ついに嗚咽を漏らして胸に飛び込んで来た彼女をぎゅっと抱き締め、俺も少し泣いた。これが正しい選択だ。これ以上ズルズルと彼女の有意義な時間をこんなおじさんに使ってはいけないんだ。

 しばらくしてやっと泣き止んだ彼女は、小さな声で「わかった、別れる」と呟いた。その言葉にこちらもやっと力が抜けてそっと身体を離そうとした時、急に強い力で腕を引かれ、ベッドに倒れ込んだ彼女へと覆い被さる形になってしまった。

「うわ!っと、あー、大丈夫?」

 彼女は涙をいっぱい溜めた瞳で俺を見上げていた。別れを受け入れて貰った今、これで最後なのだと思うと切ない感情がこみ上げてくる。ぼんやりと感傷に浸っていると、ピンク色の唇が甘い音で囁いてきた。

「…ねえ、今日で最後にするから。さよならのえっちしよ?」
「えっと…、それは、」
「お願い。じゃなきゃ別れてあげない」
「ええ?…そっか、うん。分かったよ」

 もう別れを伝えている相手を抱くなんて罪悪感しかなかったが、決して嫌いになった訳ではない彼女からのお願いについ流されてしまった。お互いに衣服を脱がせ合い、下着だけの状態で花ちゃんの細い身体を抱き締め、もう一度押し倒そうとした時、彼女の滑らかな手がゆっくりとそれを遮った。

「こんちゃん、最後だから全部私の好きにさせて欲しいな」
「ん?良いよ、何でもするよ」
「ううん、こんちゃんは何にもしなくていいよ」
「え?」
「うーんと、じゃあね、ちょっと縛ったりとかしてみたいの」
「…え!?」

 縛るという言葉に驚いて固まってしまった俺を置いて立ち上がると、彼女はドレッサー脇の棚から何か色々と取り出している。実は彼女は俺を恨んで刺すつもりではないかと嫌な想像が頭を巡り背中に一筋汗が流れた。どうしよう、もし刃物を見せてきたら玄関まで走れば間に合うだろうか。いや、施錠をしている筈だからそこでもたついてしまうだろう。そんな悪趣味なことをうだうだと考えている間に、彼女はベッドまで戻ってきてしまった。その手には刃物は無かったが、代わりにキレイに鞣されたロープとローションとビニール手袋があった。ん?と頭に疑問符が浮かぶ。さっきのが言葉通りだとしたら、俺が縛ってあげたら良いのだろうか。実はSMに興味があったけれど、ずっと隠していたとか。俺はそういう性癖はなく至ってノーマルだけれど、彼女が求めてくれたならばいつでもプレイに付き合っただろう。気にしないで早く言ってくれたら良かったのに、なんて考えながらベッドに乗り上げて来た彼女に再び手を伸ばそうとした瞬間、右手首を強く捕まれ、胸の前で左手と合わせた状態にされた。

「このまま動かさないでね。ロープがずれちゃうから」
「あ、はい…」
「やっぱり難しいな…。ちょっと練習はしたんだけどね、ごめんね。時間掛かるかも」
「えっと、やっぱり俺が縛られる方なの?」

 黙々と手首にロープを巻き付けて行く彼女に恐る恐る尋ねてみると、ちらりとこちらに目線を遣って少し驚いたようにパチパチと瞬きをした。

「え、当たり前じゃん」
「当たり前なの?」
「私さ、ずっとこんちゃんのこと大好きで、ずっと可愛いがりたかったの。えっちのとき、こんちゃんがたまに腰振りながら喘いでくれるのすごく興奮したし、泣かせてみたいなって思ってたの」
「ええ…?こんなおっさんを?」
「いやもう、こんちゃんは本当に可愛いから!」

 可愛いだなんて人生で初めて言われたかもしれない…。君の方が可愛いよ、と言ってやりたかったがそのセリフは今は違うと俺の頼りない女心センサーが告げていた。手首を縛られた状態で言うのは格好がつかない。そしてなんだかんだ言って腕はまったく自由が効かなくなっていた。そもそも彼女はどんなセックスがしたいのだろうか。腕が動かせないとなると、俺の経験では彼女を満足させられる自信はあまりなかった。不安な気持ちで彼女の次の行動を窺っていると、彼女はそんな俺の心情を察したのか、伸ばした膝の上に乗り上げて優しく微笑みながら啄む様なキスを何度もしてくれた。泣きそうな子どもを落ち着かせる様なキスだった。

「こんちゃん、そんな顔しないで。痛いことはしないからね」
「ろ、蝋燭垂らしたりとかムチで打ったりとかしない?」
「しないよ!気持ちいいことだけしようよ」

 その言葉にホッとして肩の力を抜くと、それを認めた彼女がゆっくりと俺を押し倒し、全身にその濡れた唇を押し付け始めた。頭から爪先までくまなく口付けられ、それが段々と肉の薄い部分に及ぶにつれてこちらも少しずつ燻っていた官能に火が灯っていく。愚息が立ち上がり掛けているのを意識して、俺の上に乗り上げて乳首をチロチロと舐めている彼女の柔らかな太ももに擦り付ける様に腰を揺らした。それに気付いた彼女は、ふわふわとした栗色の髪を耳に掛けると、ペロリと舌なめずりしてみせた。

「おちんちんもすっごくかわいいんだけど、今日は違うの」
「違うって、じゃあ何…?」
「お尻、気持ち良くしよ」
「…おしり?って、ええ?!やだよ、怖いよ俺!!」

 彼女は「言うと思った~、縛って正解だった」なんて笑っているが、こっちはそれどころではなかった。そこそこモテた青春を過ごしたとは言え、45年間ずっと至ってノーマルで平凡なセックスしかしてこなかった俺にとって、お尻は未知の領域だった。出す穴であり入れる穴ではあり得ない。そういう認識だった。数いる友人の中にはそういうプレイもしたことがある奴も少なくはなく、色々感想を聞いたことがあったが、やってみたいと思ったことは一度も無かった。
 とりあえず起き上がろうとしたが、いつの間にやら腕を纏めていたロープはベッドヘッドの部分に縛り付けられてしまっていた。「やめてくれよ…」と彼女の方に縋る視線を送っても、ニコニコと手のひらで温めていたらしいローションを俺の胸から腹にかけて塗りたくり始めた。俺の意志など関係なくこのまま行為を続けるつもりらしい。あまり強く抵抗して彼女の機嫌を損ねることも避けたかったが、どうしたらいいものか。

「っう、あっ!」
「ちょっと、あんまり往生際悪いと意地悪しちゃうよー」

 縛られた手首を何とかロープから引き抜こうともがいていると、ふいに胸の飾りにチリっとむず痒い痛みが走った。視線を遣れば、花ちゃんが俺の片方の乳首を軽く甘噛みしており、もう片方はぬるついた指でグリグリと捏ね回されていた。そうしながらも下着越しに膝で陰茎を持ち上げる様に揺すられて思わず声を上げて腰を浮かしてしまった。

「あっ、花ちゃんっ、ちょっと待って」
「こんちゃん、最後なんだし好きなだけイっていいからね。いっぱい可愛がってあげる」
「待ってくれよっ、こういうの慣れていないんだ、腕ほどいてくれ!」
「だーめ。お尻触るよ。ちなみにあんまり酷い抵抗するなら…。何とは言わないけど、分かるよね?別れてあげるって言ってんだからさ、こんちゃんも腹くくってね」

 最後の脅し文句と美女の気迫に気圧に負けた俺は、大人しく下半身の力を抜いて見せるしかなかった。未知の経験に対する恐怖は深まるばかりだが、彼女がそこまで言うなら耐えようと言う気持ちもあったから。こんなにも若くて美しい女性を何の対価もなしに一年も好きなように出来たのた。しかもこんなにも身勝手で一方的な別れ話に対しても頷いてくれた。腹をくくって、今夜は彼女のオモチャになるしかない。
 しおらしくなった俺の様子に満足したのか、花ちゃんは俺の両足から下着を引き抜き、左右に割り開いた。45歳の身体は内部で軋む様な音を立てたが、それにも何とか耐えた。そんなことよりもおじさんの汚い開脚を花ちゃんの目の前に晒している羞恥に少し泣きそうになった。あまりの恥ずかしさにぎゅっと目を瞑ったが、尻穴にふっと息を吹き掛けられて「いやだっ」と思わず叫んでしまった。その瞬間、べちっと鈍い音がして、鋭い痛みが尻たぶに走った。

「ひっ!」
「あはっ!ひっ、だって!こんちゃんかーわいい。本当に虐めがいがあるなあ」
「た、叩かないでくれ!痛いことはしないって言っただろ」
「あ、そうだったね。ごめんごめん。じゃあ指入れていくね。チカラヌイテクダサーイ」

 薄いゴム手袋を着けた彼女の指が、くるくるとローションでししどに濡らされた尻穴をふちに沿う様になぞっていく。初めての刺激にきゅっと締め付けて絞まったが、俺の緊張とは裏腹に彼女はとても愉快そうに笑った。
 花ちゃんはかちこちに固まってしまった俺の身体と心を溶かすように、優しく少しずつ触れてくれた。まるで生娘にでもなった気分だった。少しずつ気持ちも落ち着いて、彼女に触れられるのを気持ちいいと感じ始めた頃、長い時間を掛けて穴の周りをゆるゆるとマッサージしていた指が、ついにローションの滑りを伴って侵入してきた。「うわぁっ!」と相変わらず情けない声を出してしまったが、丹念に解されたお陰なのかまるで痛みはなかった。花ちゃんの顔を見たくなって窺い見れば、彼女もこちらを見ていて「痛くない?」と優しく尋ねてくれた。「痛くないよ」と返せば、安心したようにまた顔を尻の方に向けてしまった。
 花ちゃんは可愛い。性格だって少しキツい事を言う時もあるけれど優しくて気遣いの出来る良い子なんだ。なのに、そんな彼女の目の前に尻を晒している中年親父のなんと汚いことか。本当に最低だ、俺は。 
 グリグリと中を弄られている感覚がはっきりしてくる。彼女の指は二本入っているのだろう。内臓を押し上げられるような異物感は多少あるが、まだ耐えられる。ただ快感はまるで拾うことが出来ず、アナル性感なんて嘘だろと脳内で独りごちた。
 彼女の指が単調な動作で中を広げる動きから、何か探るような、抉るような動きへと変わっていった。

「いっ、ぐぅっ、ふっ、はぁ、ああ…」
「こんちゃん、汗すごい。大丈夫?」
「うっ、ぐ、うん…」
「あると思うんだけどなぁ、どこだろ?」

 花ちゃんは俺の顔色を窺いながらも手を休めてくれる気はやはり無いらしい。独り言をぶつぶつと呟きながら俺への刺激を続けていた。ふと、彼女の指先がある一点を引っ掻いた瞬間、全身にビリッと電流が走った。

「うっ、ああっ……!?な、なに?…っぁ、あ!」
「ああ、ここ?やっと見つけたぁ」
「いやっ、やだ、ビックリした、やめて」
「あはっ、ビックリしたって何その言い訳。前立腺って聞いたことあるでしょ?ほら、気持ち良い?」
「あぁっ…!ぅうっ、きもち、い、つよいっ!」

 大きく爛々とした瞳で俺の痴態を食い入るように見つめながら、彼女の指が俺を責め立てる。さっきよりも膨らんだ前立腺を何度もゆっくりと擦られたり、潰すようにグリグリと指先で押されると堪らず細い指を思い切り締め付けてしまった。そんな俺を見て、彼女はクスクスと笑って「上手だね、かわいいね」と誉めてくれた。
 優しく誉められると嬉しくなってしまい、もっと、とねだる様に腰を揺らしてしまった。

「あ、う…、ああっ、そこ、もっとして…っ、いっぱい!」
「ついにおねだりしちゃったの?やだ、もうかわいいが過ぎるんだけど…」
「あ、ああっ、うぐっ、うっ」
「あんまり絞めちゃうと指動かせないよ」

 派手に身体をびくつかせて穴をぎゅうっと締め付けてしまい、余計に彼女の細く美しい指の形を意識してホロリと涙が溢れた。気持ちいい、早く終わって欲しい、怖い、恥ずかしい。あらゆる感情が弾けてどんどん理性も失われていった。

「こんちゃん、そろそろイきたい?フェラしてあげよっか?」
「…うぅ、え?へ、あ、いいよ!おれ、いまむり」
「こんちゃんのおちんちん、小さいからフェラしやすくて好きなんだよね。どこもかしこもかわいいね」

 確かに俺の愚息は小さい。でもこの一年間そんなこと一度だって言わなかったのに。俺のつまらないセックスにずっと不満を抱いていたのだろうか。だから最後にこんなを淫らな復讐を受けるはめになったのか。ぐすぐすと鼻をならして泣いていると、いつの間にか陰茎の根本を捕らえられ、舌を這わされていた。勿論指は中に埋められたままだ。直接的な強い刺激に思わず太ももをひきつらせて跳ねたが、下半身だけでずり上がるという微かな抵抗しか出来なかった。

「やぁっ、ちょっ、ちんこっ、出るっ!」
「ふっ、こんちゃん相変わらず早漏過ぎ~!まだちょっと舐めただけじゃん。最後ぐらい楽しませなさい」
「やだあっ、花ちゃんっ、ぅ、あ~っ!う、ぐすっぐすっ、やだっ!」

 気にしている事を次から次へと言い放たれてついに本気泣きが入ってしまった。
 早漏だって事実である。俺だって花ちゃんを気持ちよくさせたかったよ。でもしょうがないだろ、小さくて早漏なんだから。金もないし、セックスにだって自信がない男が不倫なんかに手を出すんじゃなかった。こんな美女と不倫をしているという誰に対するでもない優越感と、それに伴ってどんどん膨れ上がっていく俺という男のつまらなさに耐えられなくなったんだ。だから今日で終わりにすると決めた。俺にはやっぱり平凡な生活が一番だ。

「こんちゃんよしよし、泣かないで。ほら、おちんちんの先っぽグリグリしてあげる。気持ちいいね」
「はぅっ、あっ、ぁっ!でちゃうっ!」
「根本ぎゅってしてあげてるから出ないよ、大丈夫よ。お尻も気持ちいいね~」
「いやぁ……!いきたい、いきたいよぉ…、あっ!お尻ぐちゅぐちゅだめ!」

 過ぎた快感に縛られていることも忘れて腕を引っ張るが、余程しっかりと縛られているのかじんじんと痺れるような痛みが増すだけだった。
 敏感な先端を尖らせた舌先で繰り返し舐められ、前立腺のしこりを二本の指でグリグリと押し込められた。身体をのけ反らせ、足でシーツを何度も蹴った。

「っは、あぁーっ!いっ、ぐっ!」
「んちゅっ、ふぅ、こんちゃんここ?気持ちいいの?」
「うっ、ぐ、やめ、花ちゃんっ!いいっ!」
「あははっ、かーわいい…、こんちゃんのお尻こんな色してるんだね。ほんとかわいい…、たまんない」
「あーっ!あー、あ!!やだ、花ちゃんやべて!ゆるして!」

 ぐちゅっぐちゅっと音が鳴るほど激しく指を抜き差しされて、目の前がどんどん涙で霞んでいく。ふっくらと膨らんでいる前立腺も叩き潰す様に突かれ、強すぎる快感に頭を振り汗を散らして泣き叫んだ。花ちゃんを蹴ってはいけないと自制心を働かせるが、足をバタつかせ、身体が跳ねるのを押さえられない。そして、彼女の指が前立腺をぐっと押し上げ、陰茎の先端をじゅっと吸われた瞬間、目の前がバチっという音と共にゆっくりブラックアウトしていった。

***

「ごめんね、だって私こんちゃんのほわほわした笑顔が本当に可愛くて好きなんだけど、泣き顔も見てみたかったの。嫌われたくないからずっと我慢してたんだけど、最近のこんちゃんの態度から別れたいんだろうなーって気付いてたし。最後だからヤりたいことヤらせて貰っちゃった」
「う、そっか、えっと、今までありがとう…?」
「えー?何でお礼?こんちゃん本当にかわいい…。ねえ、本当に最後!もう一回えっちしようよ」
「えっ、俺はもう無理だよ…。何も出ないよ」
「そんなこと言っちゃやだ」

 散々絶頂した身体はもう指一本動かすのも辛かったが、彼女の獣のような瞳は俺の身体を舐め回す様な視線で見つめていた。狭いベッドの上、か弱い被食者に成り下がった俺はただ諦めて目を閉じるしかなった。
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