その令嬢、元魔王につき

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5.従者の誓い

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「……なあ。こうして振り返っても、俺ばっか頑張ってないか?」

 一連の騒動を思い返したアインがうんざりしたようにぼやく。元を辿ればすべてお前のせいなのだが……。

「仕方あるまい。フィオナ様の婚約者は、あくまでも貴様だ。私が付きまとえば余計な憶測を招く。……それに貴様にとっては喜ばしいことではないか? なんだかんだ言って魔王様に尻尾を振っていたではないか」
「そりゃまあ、死にかけてた俺を拾ってくれたのは魔王様だし。そう言うお前だって、率先して媚び売ってたじゃんか」
「媚びを売るとは失礼な! あれだけの強大な力の持ち主なのだぞ。敬意を払って当然であろう」

 ――そう。あれは、勇者が現れるよりも、人間との戦端が開かれるよりも、ずっと昔のこと。先代魔王の跡継ぎたちによる血みどろの継承戦があった。
 その末に次代の魔王の座に就いたのが魔王様――フィオランテ=ナ=エクリプス様だ。

 だが我が一族は、身の程知らずにも魔王様へ反旗を翻した。
 その決定に納得がいかなかった私は一族と袂を分かち、ただひとり魔王様に忠誠を誓ったのだ。
 
 ちなみに結果は語るまでもないが、一族は一夜にして消滅した。見ているこちらが引くほどの蹂躙っぷりだった。
 浅はかな策謀も、誇りと呼ぶにはあまりに脆い矜持も、絶対的な暴力の前では塵に等しいのだと思い知らされた。

 だからこそ、対極にある今のフィオナ様を見ているとなんとも言えない気持ちになるのだが……。
 悶々と考え込んでいると、アインがじぃっと恨みがましい目を向けてきた。視線だけでも煩い奴だ。

「……なんだその目は。くだらないことを考えている暇があれば、フィオナ様の魔王化阻止計画を少しでも練れ」
「いや、それはもちろん考えてるけど……。お前さ、フィオナのこと、好きなんだろ?」

 ――は?
 思ってもみなかったことを言われ、肩の力が抜ける。

「……色ボケも大概にしろ。この世界の安寧を思えば、そんな下らぬことを考えている場合ではないと分かるだろう」
「いや、その……このまま俺と結婚しちゃっていいのかなって。フィオナのことは嫌いじゃないし、魔王様のことはもちろん尊敬してるけど……魔王様と結婚したかったわけじゃないんだよ、俺は」
「貴様……! 魔王様が相手では不足だと抜かすのか!」

 なんと不敬な奴だ。魔王様に懸想するだけでも烏滸がましいというのに、結婚したかったわけではない、だと??
 まだまだ躾が足りんのかと睨みつけると、アインは慌てて両手をぶんぶんと振り回した。

「ま、まさか! 違うって! その、ええと……そう! 恐れ多いって言ってるんだよ! 俺なんかには勿体ない御方だろ?」
「……ふん、分かってるではないか。とはいえ、貴様とフィオナ様の婚姻は政治的にも必要なこと。迷う余地などあるまい」
「そうなんだけどさ。お前はいいのかなぁって……」

 この二人が結ばれることは、昔から決まっていた。私ごときが口を挟める問題ではないし、本来なら思いを抱くことすら許されない。
 私の気持ちなどどうでもいい。
 あの御方が平穏に、幸せに、新たな世で心安らかに過ごしてくださるのならば、それが一番に決まっている。

「いや、お前がいいならいいんだけどさ。……そうなると今度は魔王様に悪いんだよなぁ……」
「何をさっきからウダウダと。……まあいい。最近の学園の動きは誰かが裏で手を引いているとしか思えんからな。私はそちらを探る。貴様はこれまで通り、フィオナ様の御心を乱さぬよう細心の注意を払え」
「だから俺ばっか負担がでかいんだってば! ……いやいやいや、こんな生活を一生続けるとか絶対無理だろ……。こうなったら、俺の安寧のためにも……」

 アインは真面目な顔で何やらぶつぶつ考え込み始めた。窓の外を見れば、日はすでに暮れ始めている。本日の定例会議もお開きの時間だろう。

 適当に声をかけ、扉を開けた――その瞬間。
 目の前には、俯いたまま静かに立つフィオナ様の姿があった。
 危うく息も心臓も止まりかける。

「フィ、フィオナ様? こんなところでどうされたのですか。殿下に御用でしたか?」
「いえ……ツヴァイは最近、アイン様と一緒にいることが多いんですね。いつの間にそんなに仲良くなったのかしら」

 じとりと、どこか恨みがましげな瞳で見上げてくる。
 ……まさか、アインを独り占めしているとでも思われたのか? なんとも可愛らしい嫉妬心であるが、これは由々しき事態……!

「も、もう間もなく卒業でしょう。フィオナ様は卒業と共に王家に嫁がれるわけですから……その調整と申しますか、申し送りと申しますか」
「それはそうですけれど……でも、ツヴァイも来てくれるのだから、そんなに急ぐ必要もないのではありませんか?」
「いえいえ、私もいつまでもお傍にいられるわけではありませんから。引継ぎは早い方が良いでしょう」
「え? ど、どうしてですか? ツヴァイはわたくしの従者ですよね?」

 小首をかしげる愛らしい御姿に頬が綻びそうになる。だが誰が見ているかもわからない。適切な距離を保つため、あえて事務的に言葉を選んだ。

「それはあくまでもランスター家内でのお話です。王家に嫁がれればそうもいきません。それに私はランスターに残り、旦那様にご恩をお返ししなければ」

 そう。私が彼女を見守れるのは、在学中のみ。
 王城の中に、一介の従者の居場所などあるはずもないのだ。

 もっとも、正式に王子妃となられれば雑音に煩わされることなく穏やかに暮らせるはず。事情を知るアインもいる。恐らくは何とかなるだろう。
 何とかならなかった時は仕方がない。その時は腹をくくってこの世界を魔王様に捧げるだけである。

「そんな……ツヴァイは、ずっとわたくしの傍にいてくださるとばかり……!」
「もちろん、それが叶うならこの上もありません。ですが私のような立場の曖昧な者が傍にあれば、いらぬ噂を招いてフィオナ様の評判を損ねかねません。……ご安心ください。王宮にはもっと優秀な侍従や侍女が揃っておりますから」

 我ながら完璧なフォローだと内心で自画自賛したのだが、どうしたことかフィオナ様はひどく狼狽えている。幼いころから常に共にあるのが当たり前だったから、不安に思われたのかもしれない。
 とはいえ、どうしたものか。
 
 アインに私を取り立てるよう頼み込む手もある。仮にも王子だ、なんとでもなるだろう。
 だが、何の功績も持たない私が引き立てられればそれだけで余計な詮索を呼ぶ。――フィオナ様の評判にほんの少しでも傷がつくようなこと、決してあってはならないのだ。

「わかり、ました……。そうですよね。仕方のないことですよね……」
「こればかりは、今の私の力だけでは何とも……。さあ、もう遅い時間です。戻りましょう。寮の前までお供いたします」

 ずっと一緒にいることは叶わない。
 けれど、せめて卒業までは。
 彼女と離れるその日までは、支え続けることを誓おう。

 
 ――そのためにも、障害は取り除かねばならない。
 
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