JK戴冠

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第4章 王さま修行 / 教会編

第44話 いつか赦されたい

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 そのころ教会では、長い手術を無事に終えたセオシュが意識を取り戻していた。

 教会には集会などに使われる聖堂の他に、教徒たちの住居も兼ねた会館がある。セオシュはその一角にある病室にいた。

 目覚めてまずセオシュの目に入ったのは、心配そうに覗き込むエミレラの碧色の瞳だった。それより少し明るい色のふんわりとした髪が揺れ、ほのかに懐かしい香りがする。

「……ねえさま」

 弱ったセオシュに安心しきった表情で名前を呼ばれ、エミレラは眉尻をさげて微笑んだ。同時に複雑な心境になる。

(私はもう、この子達に慕われていい存在じゃないのに……)

「無理に動かないで。死人を蘇生させるような手術だったから、大変だったのよ。後遺症が残らないといいけど」
「姉様の技術は完璧だから、心配してません」

 セオシュはにっこりと微笑んだ。

「助けてくれて、ありがとうございます」

 その屈託のない笑顔に、固く閉ざしていたエミレラの心が揺さぶられる。

(私はそばにいてはいけない。もう近づいてはいけないの)

 もう1人で生きていく。そう決めたのだ。

 でも本当は、久しぶりにみんなの姿を見られて嬉しかった。子どもたちは見違えるほどに頼もしくなり、ティナはますます凛々しくなって、リグロは前より老け……威厳があった。イトカとメイにも会いたい。

 みんなのことが愛しくてたまらない。エミレラは必死にその感情を押し殺した。

「……あなたは動ける程度に回復したら、拘束して監禁されることになってるわ」

 いっそのこと嫌われないかと悪い事実を伝えるが、セオシュは顔色を変えずに「そうですか」と答えた。

「あっさりしてるわね」
「人質とはそういうものですから、覚悟してました」
「私に助けてとか言わないの?」
「言ったら助けてくれるんですか?」
「いや、無理……」

 セオシュはふふっと笑った。

「いいんです。きっと誰かが助けに来てくれますから。姉様のことも救ってくれるはずですよ」
「みんなを信じているのね……」

 エミレラも鎧たちのことは心から信頼していたし、されている自負があった。しかし今はどうかわからない。それが少し寂しかった。

「と言っても、チャンスがあれば自力で抜け出します。私も晴のそばに行って守りたいから」
「あの王族の子ね。どうしてそこまでして守ろうと思うの?」

 エミレラは思わず険しい表情になったが、セオシュはきっぱりと答えた。

「晴が、私に生きる意味をくれたんです」

 ただ、それだけだ。

「多分ティナも同じです。ティナは鎧になった直後に守る王がいなくなってしまったし、カファーとジルと私も、あまりボンド王には関われませんでした。鎧として、鎧の弟子としての責務を果たせるのは今回が初めてなんです。晴のおかげなんですよ」
「でも、それは……」

 納得いかない様子のエミレラに、セオシュは眉を下げて言った。

「わかってます。これは晴が王族だからってだけだって。でも、王族だったら誰でもいいわけじゃないです」

 セオシュの目に迷いはない。

「イトカ様に近付きたくて目指した今の立場が、誇らしく思えたのが初めてなんです。それに、近い歳の女の子のお友達ができたのも初めてで……」

 そして、少し恥ずかしそうに笑った。

「失いたくないと思ったんです。だから、彼女が私を……私たちを必要とする限り、そばにいたいんです」


 そばにいたい。


(私にも、そばにいたいと思う人が、一生そばにいたいと思う人がいたのに…)

 大切な居場所があったのに。

 それを全部、失ってしまった。





 その後も少しだけ会話をしたあと、セオシュが眠ってしまったのでエミレラは静かに病室を出た。

「っ……」

 手が震える。

 セオシュが目を覚ますまで、自分はまた失敗したのではないかと気が気ではなかった。

 キレウィを救えなかったあの日、エミレラは医者として築いてきた人生にぽっかりと大穴が空いたような、そんな衝撃を感じた。

 自分はとんでもないことをしてしまった。国で1番尊い命を、この手で奪ってしまったのだ。自分の手を呪わずにはいられなかった。

 すぐに王都で開いていた診療所を畳み、医者の仕事から逃げた。どうしても困っている病院や患者から声がかかった時だけ手を貸す程度で、医者と名乗れるかも怪しい日々をだらだらと過ごした。教会の狂信の中に身を置いていれば、キレウィの面影に縋っていても許される気がした。

(それで、良かったのに……)

 ただ、いつか来るキレウィの迎えを待つ。それだけで良かった。

 だが、ボンドがそれを許さなかった。エミレラを7代目の鎧に指名してきたのだ。

 エミレラは6世の鎧の一員でもある。その仕事は全うしたし、ボンドの即位自体に不満があるので、彼に付き従う気もなかった。

(なんなのよ。私のことなんて放っておいてよ。鎧なんてもう十分やったじゃない。あとは勝手にやりなさいよ。私は自分が許せない)

 ありったけの疑問と抵抗と、今まで抱えていた不満を、当時のボンドにぶつけた。
 ボンドから返ってきた言葉は、短かった。


『鎧には、君が必要だから』


 エミレラは、ボンドのことが嫌いだ。

 優しさで全て包み込もうとする傲慢さが嫌いだ。みんな幸せで、誰も苦しまない未来が存在すると本気で思っている楽観的なところが嫌いだ。彼の瞳に映る希望が、嫌いだ。

 国民全員を、というか人間全てを善人と思い込み、愛は全てを解決すると言わんばかりの博愛主義。反吐が出る。どう考えても王には向いていなかった。

 だがボンドは誰も殺さず、誰も悲しませずの未来を諦めなかった。信念を曲げようとはしなかった。そのせいで、現実的で合理主義のキレウィとは激しくぶつかり続けていた。

 誰にでも手を差し伸べていれば、いつか足元を掬われる。人は簡単に裏切るのだから。

(だから、殺されちゃうのよ)

 エミレラはボンドの訃報を聞いたとき、まずそんなことを思った。そんな自分がいやだった。

(……私のことも、救った気になっているのかしら)

 どうせボンドだって、心の底では私を恨んでいたんでしょう。キレウィ様を救えなかった私を。

(違う、違う……)

 ボンドは恨んでなどいない。むしろ恨んでくれていたほうがましだった。彼は人を愛することしか知らない。戦争中の人間の残酷さも知らない、箱入りの次男だ。ただ自分が信頼できる相手に鎧を任せて、自分の幸せを追いかけてコワから出ていった。

 エミレラを赦せないのは、他でもないエミレラ自身だ。

 過去に囚われて、自分を閉じ込めて、差し伸べられた手を拒絶して前に進むことを恐れている。

 全部、自分だ。
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