JK戴冠

ちゃんの

文字の大きさ
71 / 75
間章

新緑

しおりを挟む
 それから数日後。

 今日は朝から快晴で、カーテン越しにも眩しいほどの日差しが差している。

 病室にも日光がふんだんに注ぎ込んで明るい。そこで過ごしている患者のティナは……いつも通り元気に筋トレをしていた。

 もう回復してはいるが、重傷で運び込まれたため一定の期間は病室で様子を見る必要があるのだ。にも関わらず、安静にしてろという医師の指示など完全に無視である。

 今日もこの困った患者のお見舞いにやってきたセオシュは、汗を流すティナの姿を見て深いため息をついた。

「ほんと何やってるんですか……」
「ああ、来たのか。カツサンド持ってきた?」
「お見舞いにそんな脂っこいものを持ってくるわけないでしょう。果物ですよ、ほら」
「え」

 ティナは一瞬がっかりした様子を見せたが、果物がたっぷり入ったカゴを見るなり嬉々として受け取った。

 いつもなら「ちゃんと手を洗ってから食べてくださいね」などと小言を言うところだが、今日のセオシュはそんな気になれなかった。

 空はこんなにも晴れているのに、セオシュの表情は暗い。

「……ティナ、今日は大事な話があるんです」

 セオシュがまとう重苦しい空気を感じ、りんごにかぶりつこうとしていたティナは静かに口を閉じた。

 少しの沈黙のあと、意を決してセオシュが口を開く。


「ティナ、お願いです。私との師弟関係を解消してください」

「…………は?」


 ティナは耳を疑った。

「私はもう、あなたの弟子じゃいられません……」

 言葉が震え、語尾がぼやける。

 セオシュの目からポロポロと涙が溢れ、服や床を濡らしていく。ティナの手から滑り落ちたりんごが音を立てて床に落ちた。

 転がったりんごの輪郭が定まらないほどに、セオシュの視界は滲んだ。

(私は……晴が来て王族を守る仕事ができてからも、なんの役にも立ってない。みんなの足を引っ張ってばかり)

 ティナの背中を追いかける中で感じていた劣等感や、自分の力不足。ティナや鎧たちがそれを咎めることは一度もなかった。だから、セオシュ自身も気にしないようにしていた。

 だがそれも、晴と過ごした波乱の日々で浮き彫りになってしまった。どんな状況下でも、何かしらの形でみんなの足手纏いになってしまう。

「このままじゃ、いつまでもあなたの足を引っ張るだけです。ティナは強いんだから……私みたいなの抱えてないで、もっと自由に戦うべきなんです」

 ティナに話しているものの、半分は自分に言い聞かせる台詞だった。

「そもそも私たちが師弟になったのは、ティナに……師匠としての使命みたいなものを与えるためだったんだと思います。イトカ様に拾われた私がちょうど良かっただけですよ。晴がいて生きる意味がある今、この師弟関係を続ける必要はないんです。弟子をとるにしても、もっと他にいい人がいるはずなんです……」

 話しているうちにどんどん情けない気持ちになってきて、ついに涙も止まってしまった。

 自分には力もなければ、ティナに縋り付く勇気もない。

 弱いあまりに線引きされ、未来を奪われたあの日のように、誰かに追い出されるのが怖いのだ。あんな惨めで辛い思いはもうしたくない。いつかそうなるならいっそ、自分から身を引くほうがいい。


「ちょっとティナ、何か言ってくださ……」

 沈黙に耐えきれなくなって顔をあげたセオシュは、見たこともないティナの悲しそうな表情とぶつかって思わず口をつぐんだ。


(な、なにその顔)


 初めてだった。

 こんなに悲しいティナの表情を見るのは。


 ティナにとって自分は大した存在じゃないんだろうと、どこかで思っていた。だから平気で酷いことを言ってしまった。

 こんな反応をされるとは思っていなかった。


「っ、ティナ……」

「弟子をやめることは、ないよ」


 拙い言葉だったが、ティナの固い意志が滲んでいた。

「私にとってイトカがずっと師匠であるように、セオシュはこれから先もずっと、私の弟子だから。それが変わってしまうのは嫌」

 嘘をつかないティナの、精一杯の言葉だった。


「セオシュの師匠でいたい。私には……セオシュが必要だ」

「………!」


 ずっと、不安だったのだ。

 ただの付き人で、お世話係で、お荷物。弟子と言えるほどの存在にはなれていない気がして、後ろめたいような気持ちが胸の奥で渦巻いていた。

(良いんだ、私……。この人の弟子でいて良いんだ)

 目の前で光る緑色の瞳には影がなく、今日の青空みたいにきれいだ。彼女の言葉に嘘はない。気持ちをそのまままっすぐに乗せてくる。

 その緑をじっと見つめてから、セオシュは笑った。


「…………仕方ないですね。じゃあもう少しだけ、師弟でいましょう」
「ずっとって言っただろ。ずっとだよ」
「ふふ。じゃあ、ずっとで」
「うん」

 ようやく安心できて、ティナの表情も元に戻った。


「あー! 床に落ちたものを食べないでくださいよ!」
「良いじゃん。もったいないし」
「せめて洗って!」


 照れくさい時に隠れる場所もない、雲ひとつない空。

 セオシュはこれからも、その澄んだ瞳を隣で見ていたいと思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

【完結】『続・聖パラダイス病院』(作品260123)

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

黒木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

処理中です...