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間章
新緑
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それから数日後。
今日は朝から快晴で、カーテン越しにも眩しいほどの日差しが差している。
病室にも日光がふんだんに注ぎ込んで明るい。そこで過ごしている患者のティナは……いつも通り元気に筋トレをしていた。
もう回復してはいるが、重傷で運び込まれたため一定の期間は病室で様子を見る必要があるのだ。にも関わらず、安静にしてろという医師の指示など完全に無視である。
今日もこの困った患者のお見舞いにやってきたセオシュは、汗を流すティナの姿を見て深いため息をついた。
「ほんと何やってるんですか……」
「ああ、来たのか。カツサンド持ってきた?」
「お見舞いにそんな脂っこいものを持ってくるわけないでしょう。果物ですよ、ほら」
「え」
ティナは一瞬がっかりした様子を見せたが、果物がたっぷり入ったカゴを見るなり嬉々として受け取った。
いつもなら「ちゃんと手を洗ってから食べてくださいね」などと小言を言うところだが、今日のセオシュはそんな気になれなかった。
空はこんなにも晴れているのに、セオシュの表情は暗い。
「……ティナ、今日は大事な話があるんです」
セオシュがまとう重苦しい空気を感じ、りんごにかぶりつこうとしていたティナは静かに口を閉じた。
少しの沈黙のあと、意を決してセオシュが口を開く。
「ティナ、お願いです。私との師弟関係を解消してください」
「…………は?」
ティナは耳を疑った。
「私はもう、あなたの弟子じゃいられません……」
言葉が震え、語尾がぼやける。
セオシュの目からポロポロと涙が溢れ、服や床を濡らしていく。ティナの手から滑り落ちたりんごが音を立てて床に落ちた。
転がったりんごの輪郭が定まらないほどに、セオシュの視界は滲んだ。
(私は……晴が来て王族を守る仕事ができてからも、なんの役にも立ってない。みんなの足を引っ張ってばかり)
ティナの背中を追いかける中で感じていた劣等感や、自分の力不足。ティナや鎧たちがそれを咎めることは一度もなかった。だから、セオシュ自身も気にしないようにしていた。
だがそれも、晴と過ごした波乱の日々で浮き彫りになってしまった。どんな状況下でも、何かしらの形でみんなの足手纏いになってしまう。
「このままじゃ、いつまでもあなたの足を引っ張るだけです。ティナは強いんだから……私みたいなの抱えてないで、もっと自由に戦うべきなんです」
ティナに話しているものの、半分は自分に言い聞かせる台詞だった。
「そもそも私たちが師弟になったのは、ティナに……師匠としての使命みたいなものを与えるためだったんだと思います。イトカ様に拾われた私がちょうど良かっただけですよ。晴がいて生きる意味がある今、この師弟関係を続ける必要はないんです。弟子をとるにしても、もっと他にいい人がいるはずなんです……」
話しているうちにどんどん情けない気持ちになってきて、ついに涙も止まってしまった。
自分には力もなければ、ティナに縋り付く勇気もない。
弱いあまりに線引きされ、未来を奪われたあの日のように、誰かに追い出されるのが怖いのだ。あんな惨めで辛い思いはもうしたくない。いつかそうなるならいっそ、自分から身を引くほうがいい。
「ちょっとティナ、何か言ってくださ……」
沈黙に耐えきれなくなって顔をあげたセオシュは、見たこともないティナの悲しそうな表情とぶつかって思わず口をつぐんだ。
(な、なにその顔)
初めてだった。
こんなに悲しいティナの表情を見るのは。
ティナにとって自分は大した存在じゃないんだろうと、どこかで思っていた。だから平気で酷いことを言ってしまった。
こんな反応をされるとは思っていなかった。
「っ、ティナ……」
「弟子をやめることは、ないよ」
拙い言葉だったが、ティナの固い意志が滲んでいた。
「私にとってイトカがずっと師匠であるように、セオシュはこれから先もずっと、私の弟子だから。それが変わってしまうのは嫌」
嘘をつかないティナの、精一杯の言葉だった。
「セオシュの師匠でいたい。私には……セオシュが必要だ」
「………!」
ずっと、不安だったのだ。
ただの付き人で、お世話係で、お荷物。弟子と言えるほどの存在にはなれていない気がして、後ろめたいような気持ちが胸の奥で渦巻いていた。
(良いんだ、私……。この人の弟子でいて良いんだ)
目の前で光る緑色の瞳には影がなく、今日の青空みたいにきれいだ。彼女の言葉に嘘はない。気持ちをそのまままっすぐに乗せてくる。
その緑をじっと見つめてから、セオシュは笑った。
「…………仕方ないですね。じゃあもう少しだけ、師弟でいましょう」
「ずっとって言っただろ。ずっとだよ」
「ふふ。じゃあ、ずっとで」
「うん」
ようやく安心できて、ティナの表情も元に戻った。
「あー! 床に落ちたものを食べないでくださいよ!」
「良いじゃん。もったいないし」
「せめて洗って!」
照れくさい時に隠れる場所もない、雲ひとつない空。
セオシュはこれからも、その澄んだ瞳を隣で見ていたいと思った。
今日は朝から快晴で、カーテン越しにも眩しいほどの日差しが差している。
病室にも日光がふんだんに注ぎ込んで明るい。そこで過ごしている患者のティナは……いつも通り元気に筋トレをしていた。
もう回復してはいるが、重傷で運び込まれたため一定の期間は病室で様子を見る必要があるのだ。にも関わらず、安静にしてろという医師の指示など完全に無視である。
今日もこの困った患者のお見舞いにやってきたセオシュは、汗を流すティナの姿を見て深いため息をついた。
「ほんと何やってるんですか……」
「ああ、来たのか。カツサンド持ってきた?」
「お見舞いにそんな脂っこいものを持ってくるわけないでしょう。果物ですよ、ほら」
「え」
ティナは一瞬がっかりした様子を見せたが、果物がたっぷり入ったカゴを見るなり嬉々として受け取った。
いつもなら「ちゃんと手を洗ってから食べてくださいね」などと小言を言うところだが、今日のセオシュはそんな気になれなかった。
空はこんなにも晴れているのに、セオシュの表情は暗い。
「……ティナ、今日は大事な話があるんです」
セオシュがまとう重苦しい空気を感じ、りんごにかぶりつこうとしていたティナは静かに口を閉じた。
少しの沈黙のあと、意を決してセオシュが口を開く。
「ティナ、お願いです。私との師弟関係を解消してください」
「…………は?」
ティナは耳を疑った。
「私はもう、あなたの弟子じゃいられません……」
言葉が震え、語尾がぼやける。
セオシュの目からポロポロと涙が溢れ、服や床を濡らしていく。ティナの手から滑り落ちたりんごが音を立てて床に落ちた。
転がったりんごの輪郭が定まらないほどに、セオシュの視界は滲んだ。
(私は……晴が来て王族を守る仕事ができてからも、なんの役にも立ってない。みんなの足を引っ張ってばかり)
ティナの背中を追いかける中で感じていた劣等感や、自分の力不足。ティナや鎧たちがそれを咎めることは一度もなかった。だから、セオシュ自身も気にしないようにしていた。
だがそれも、晴と過ごした波乱の日々で浮き彫りになってしまった。どんな状況下でも、何かしらの形でみんなの足手纏いになってしまう。
「このままじゃ、いつまでもあなたの足を引っ張るだけです。ティナは強いんだから……私みたいなの抱えてないで、もっと自由に戦うべきなんです」
ティナに話しているものの、半分は自分に言い聞かせる台詞だった。
「そもそも私たちが師弟になったのは、ティナに……師匠としての使命みたいなものを与えるためだったんだと思います。イトカ様に拾われた私がちょうど良かっただけですよ。晴がいて生きる意味がある今、この師弟関係を続ける必要はないんです。弟子をとるにしても、もっと他にいい人がいるはずなんです……」
話しているうちにどんどん情けない気持ちになってきて、ついに涙も止まってしまった。
自分には力もなければ、ティナに縋り付く勇気もない。
弱いあまりに線引きされ、未来を奪われたあの日のように、誰かに追い出されるのが怖いのだ。あんな惨めで辛い思いはもうしたくない。いつかそうなるならいっそ、自分から身を引くほうがいい。
「ちょっとティナ、何か言ってくださ……」
沈黙に耐えきれなくなって顔をあげたセオシュは、見たこともないティナの悲しそうな表情とぶつかって思わず口をつぐんだ。
(な、なにその顔)
初めてだった。
こんなに悲しいティナの表情を見るのは。
ティナにとって自分は大した存在じゃないんだろうと、どこかで思っていた。だから平気で酷いことを言ってしまった。
こんな反応をされるとは思っていなかった。
「っ、ティナ……」
「弟子をやめることは、ないよ」
拙い言葉だったが、ティナの固い意志が滲んでいた。
「私にとってイトカがずっと師匠であるように、セオシュはこれから先もずっと、私の弟子だから。それが変わってしまうのは嫌」
嘘をつかないティナの、精一杯の言葉だった。
「セオシュの師匠でいたい。私には……セオシュが必要だ」
「………!」
ずっと、不安だったのだ。
ただの付き人で、お世話係で、お荷物。弟子と言えるほどの存在にはなれていない気がして、後ろめたいような気持ちが胸の奥で渦巻いていた。
(良いんだ、私……。この人の弟子でいて良いんだ)
目の前で光る緑色の瞳には影がなく、今日の青空みたいにきれいだ。彼女の言葉に嘘はない。気持ちをそのまままっすぐに乗せてくる。
その緑をじっと見つめてから、セオシュは笑った。
「…………仕方ないですね。じゃあもう少しだけ、師弟でいましょう」
「ずっとって言っただろ。ずっとだよ」
「ふふ。じゃあ、ずっとで」
「うん」
ようやく安心できて、ティナの表情も元に戻った。
「あー! 床に落ちたものを食べないでくださいよ!」
「良いじゃん。もったいないし」
「せめて洗って!」
照れくさい時に隠れる場所もない、雲ひとつない空。
セオシュはこれからも、その澄んだ瞳を隣で見ていたいと思った。
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