新実優香がサキュバスの世界線

まさ(GPB)

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回想:優香の覚醒3

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「んんっ! 気を取り直して……」
 改めて拓哉を正面に捉える優香。先程と同じく真剣な彼女の顔に、拓哉も向き合う。
「えっと……色々あって私も混乱してはいるんだけど、単刀直入に言うね」
「お、おう」
 優香は一度、深呼吸をして、
「私は、拓哉が好き!」
 と頬を紅潮させながら言い切った。しかしこれだけでは終わらない。
「ずっと幼馴染のままでいるのは嫌だった……。どうにか恋人になれるきっかけがあればって、考えてて……」
「優香……」
「正直ね、私がサキュバスだって分かって――お母さんからサキュバスの話を聞いて、これだって、思っちゃったんだ。これってズルいよね」
 そう言い終わる頃には力なく笑う優香に、拓哉は思わず彼女の肩を抱きしめていた。
「ちょ、拓哉!?」
「――俺も、優香が好きだ」
 その一言で優香の顔が一気に熱くなる。それと同時に歓喜の感情で胸がいっぱいになった。
「嬉しい……。でも、それって幼馴染として? それとも女の子として?」
 それは照れ隠しでの意地悪な問いかけ。
 だが――
「女の子として」
「っ――ふ、ふーん……そうなんだ……」
 拓哉が迷いなく返した事で、優香は余計に嬉しさと恥ずかしさで動揺する。どうにか表に出さないように頑張っているが、その声はわずかに震えていた。
「本当はこの告白も、優香より先に俺からした方が良かったんだろうけどな……」
「まぁ拓哉の性格じゃあねー」
「んだよ、悪かったな」
 普段と同じような調子で会話を交わし、二人はどちらからともなく笑い合う。それから拓哉は腕を解いて、優香の顔を正面に見据える。
「でもいいの? 私、普通の人間じゃないんだよ?」
「そんなこと知るか」
「さっきみたいに暴走するかもしれないんだよ?」
「……そうならないように、その――協力してやる」
 まだ少し恥ずかしさが残る拓哉も頬を赤くしながら言葉を濁す。
「子供だって……」
 そこまで言って、優香は言葉を飲み込んで目を伏せてしまう。
 彼の答えを聞くのが怖くなったから。しかし、最後まで言えなかったその言葉は当然、拓哉には届いている。
「ちょっと気が早いと思うんだが……」
「……ごめん」
「でも、俺はそれでもいい」
 それを聞いて優香が目を上げる。その瞳に映るのは、力強い意志を持った彼の表情だった。
「絶対に死ぬって訳じゃないんだし、いざとなったらおじさんに話を聞けばいい」
 なんとかなるだろ、とでも言った感じで拓哉は口にする。
 優香にはそれがとても嬉しかった。

「じゃあ、これからはただの幼馴染じゃなくて、恋人同士……ってことになるんだね」
「まぁ……そうだな」
「それならさ、キスしよっか。恋人になった記念ってことで」
 ――ちゃんとしたファーストキスじゃないのが残念だけど……。
 先にも述べた通り、優香には暴走していた際の記憶がある。彼女はファーストキスを――そして処女も――きちんと自分の意志がある状態で、全てを彼に捧げたかったという思いを拭い切れずにいた。
 それでもやはり、恋人となった拓哉とキスが出来るというのは、これ以上ない喜びである。
「お、おう。いいぞ……」
 まだ少し照れている様子の拓哉に、クスリと優香は笑みを零す。
「ん」
 そっと優しく彼の手を握って、目を閉じた優香がキスを待つ姿勢になる。そんな彼女の表情に、拓哉の鼓動は早くなっていく。
 ――さ、さっきだって優香とキスしたんだし、それ以上の事だって……よ、よし!
「っ……!」
 意を決して、彼は優香にキスをした。
 彼女が暴走していた時とは違い、サキュバスの催淫効果を持たない普通のキス。それでも拓哉は、まだ残る気恥ずかしさから短い間で唇を離す。
「……にひ、これでちゃんと恋人同士だね」
「そう言うとなんか変な感じだな……」
「まぁ、普通の恋人とはちょっと違うけど」
 今まではただの幼馴染だったが、尋常ではない力の優香から性的に襲われ、しかもそれが普通の人間ではなくサキュバスとして覚醒、暴走したのが原因だと彼女の母親から知らされた。
 そして彼女がこの先生きるにはどうするか。二人はその話を受け止め、互いに想いを伝えあって晴れて恋人となった。
 ――この短時間で色々あり過ぎだな……。
 そんな事を思いながら、拓哉は一つ咳払いをする。
「とりあえず、今日はもう帰ってゆっくりした方がいいんじゃないか?」
「えー、もう帰らせるのー?」
「暴走して体に負担掛かってんだから休めって言ってんだよ。それに、おばさんともまだ話さなきゃいけない事とかあるだろ?」
 先程まで、顔を赤くしていたのがまるで嘘だったかのように振舞う姿を見て、思わず優香は吹き出してしまう。
「……何笑ってんだよ」
「くくっ……いや、ごめんごめん。心配してくれるんだなーって思って」
「どう見てもおかしくて笑ってんだろ」
「ごめんってば。……ふふっ」
 確かに彼女は笑ってしまったが、それでも拓哉のその気遣いがまた嬉しかった。
「でもそうだね、今日は帰ろっかな」
 だから今は、彼の言う通りにする。
「珍しく素直だな……」
 思わず拓哉もそんな言葉を漏らすのだが、優香は聞こえない振りをして彼の部屋を後にした。

 そのまま拓哉も付いて来て、二人で玄関まで来たかと思えば、
「送ってく」
 普段はそんな事を言わない彼が発した言葉に、優香は珍しいと言わんばかりの表情を見せた。その顔を見て、拓哉も彼女が何を言わんとしているかが伝わる。
「なんだよ」
 拓哉がまたしてもわずかに照れながら――それを隠そうとしてわざと――ぶっきらぼうに言い放つ。
「何でもないよ? でも、家はすぐ隣なんだし、別に送ってもらわなくても大丈夫だと思うけどなー。それとも私が彼女になったから、もっと大事にしなきゃーとかそんな感じ?」
 そう返す優香はニヤニヤとしている。
「う、うるさいな。なんだっていいだろ!」
「へへへ。でもまぁそういうのは嬉しいし、これぐらいにしてあげるっ。行こ?」
 ご機嫌な様子で靴を履く彼女に、拓哉は「ったく……」と小さく呟いてから後に続く。

 優香が言ったように、お互いの家は隣同士である。二人が拓哉の家を出てわずかに歩いたところで、すぐに彼女の家の玄関先に到着した。
「いやぁー、今日はホントにごめんね」
「気にすんなって」
 相手が優香だった事もあるが、その原因が分かったからこそ彼は全てを受け止め、普段と変わらず接し、そして告白を受けて恋人になった。
 その事は彼女の方も分かっている。それは元より幼馴染として長く同じ時間を過ごした賜物たまものであろう。
 故に――
「それと、ありがとね」
 ――全部受け入れてくれて。
 そんな優香の感謝の言葉に込められた想いも、拓哉にしっかりと伝わっていた。
「……おう」
 彼は照れ臭そうに答えるだけであるが。
「ねぇ拓哉」
「なんだ――」
 拓哉が言葉を言い切る前に、その唇に彼女の唇が軽く触れた。
 突然のキスに彼が驚く間もなく、すぐに優香は離れると、悪戯を成功させた子供のような笑顔を見せる。
「おま、いきなりはやめろよ……!」
「にひひ、拓哉が油断してるからだよーっ」
 言いながら逃げ去るようにして、拓哉の抗議する声を背に、彼女は――ほのかに頬を赤くしてはいるが――笑いながら家の中へと消える。
 かと思えば、優香はまたすぐに顔を出した。
「あっ、後でメールとかするかも」
「いつだよ」
「んー……もしかしたら遅くなると思う」
「寝てても文句言うなよ」
 拓哉は素直にそう答える。
 その返答を聞いた優香は、そんな部分は相変わらずだなぁと苦笑いを浮かべた。
「まぁ寝ててもいいけど。それじゃあとりあえず、また明日ね」
「おう。じゃあな」
 二人は挨拶を交わして、今度こそ優香は家の中に入って扉を閉める。それを確認して、拓哉も自分の家へと戻って行った。

 × × ×

 その夜。
 部屋で寝る準備をしていた拓哉の携帯に着信が入る。それは優香からのメールを知らせるものだ。
「なんだ?」
 内容はやはり今日の事が主であった。
「気にすんなって言ったのに」
 そのまま読み進めていくと、最後に『おやすみ!』と書かれていた。
「これは寝ていいって事だよな……」
 彼がそう言うには理由があった。
 普段、優香とのメールは何度かやり取りをして、長時間と言うほどではないにしても、それなりに長く話をする。場合によっては通話の方がいいと、どちらかから電話をかける事もある。
 だがそれが今回、彼女からのこの一通か返信をすれば終わり、というのは珍しかった。
 ――まぁアイツがいいってんなら遠慮なく寝るか。
 拓哉はメールに返信を送信すると、すぐさまベッドに入ってまぶたを閉じる。
 ――明日からどうなる事やら……。
 そんな事を考えている内に、彼の意識はゆっくりと落ちていくのだった。
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