月夜に抗う不要物

辛羅

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月夜に抗う不要物

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 日々の生活に疲れている。夏の夜、一人。高さのない塀に腰を下ろし煙草を吸う。今更ながら、今年も夏が来たなと時の流れに耽りつつ煙を味わう。目前のアスファルトは舗装されたばかりの真新しい濃い色であった。白いビニール袋に身を包んだ不要物がその辺に転がっていようものなら直ぐ目に付く。
 この夜は風が強い。台風が近づいているせいだろう。空には眩いくらいに光を放つ月が心を安堵させ風も心地よく感じた。木や建物などにぶつかっては走り去っていく風の音以外は何も聞こえない。かと言って大きなもの音を立てている訳でもなく、あとは時折車が前を通り過ぎるくらいで辺りは静けさに満ちている。
 この空間は気負った心を休ませてくれた。仕事も何もかもが上手くいかず、それでも将来を諦めまいと突っ走ろうとする心をゆっくり歩かせてくれている、そういった感じだ。
 同時に、この空間は孤独というものも強く感じさせた。
 孤独、それは一生断ち切ることの出来ない、例えるなら光に照らされてできた影のようなものだろうか。光というものが、何かを望んだり求めたりする時に感じるものだとすれば、それらを捨ててしまえば楽になれるのではないだろうか。そんなことを考え出すと大抵迷路に迷い込んだような感覚に陥る。その自分に気づき、毎日を振り返ればこの人生に悲しみを感じるのは確かだ、と心の叫びとも取れる無音の声を最後に考えることをやめた。
 白く濁った空気を肺に詰め込み、少しの間留め、ゆっくりと吐く。ようやく家に戻る気になれたことを知り、誰もいない暗闇へと続く扉を開けるために歩き出す。手早く風呂に入って寝よう、そんなことを自身に言い聞かせながら。
 
 目が覚めたのは朝陽も山に遮断されているまだ薄暗い四時半。会社に行かなければ。思うほどに却って気怠さばかりが募り、布団が底なし沼のように感じられ益々抜けだけなくなっていく。仕事に行くぞと気持ちを奮い立たせ、倦怠感に覆われた重い身体を無理やりに起こし、何とかそこから抜け出そうとする。
 頭が眠っている中、身体だけを動かし身支度をし、昨晩の残り物を少しばかり口に詰め込みながら、電車に乗るため家を後にした。
 眠いという言葉が非現実的な音として繰り返されている。未だ起きていない頭の中は身体とは裏腹に、ほどよく走り終わった直後の感覚に似て妙に軽い。意識も薄らとしている。最中、アスファルトに生えた一本の植物が視野の片隅に入った。普段なら気にも留めないものに気がいくことに嫌気がさす。恰も懸命に生きているかのように写ったからである。道の脇に生える雑草にすら共鳴してしまう程なのかと思いながら、駅に入り見知らぬ人を収め揺れ動くそれに乗り込んだ。
 会社に着いた時には意識も既に覚めていた。毎日にどれだけ疲れていても、不思議とこの時だけはいつもやる気に満ちている。
 作業着に着替え、仲の良いとは言い難い先輩方に挨拶をする。相手は軽く頷くだけで声は発さない。無視されていないということが、自尊心を完全には潰しておらず、この会社を未だ辞めず続けられているのはそのおかげかもしれないと思いながら仕事に手をつける。  
 この職場は割と長く続いている方だった。人間関係が上手く築けられない故にどこの職場へ行ってもひと月ともたない。友達は愚か、家族すらいない。人との関係において、たったの一度も長い付き合いができた試しがない。人との距離の深め方が分からないのである。 
 寂しくない訳では無い。しかし、これが抜け出さない現実ということくらいはわかっているつもりだ。ふとした時に湧いてでる悲痛な其れは今でも耐え難い。やはり人と仲良くしたいという気持ちは消えないのだろう。
 
 空は雲ひとつない澄んだ青。裏腹な飢えた心は手に入れたいと言わんばかりに、晴れ渡ったそれを見上げ大きく息を吸う。
 先輩から発せられる、お前は会社にとって不必要、その言葉が矢となって心に降り注ぐ。理想から遠くかけ離れてしまっている現実で荒んだ心をさらにかき回す。
 
 一日の終わり、昨晩と同じ場所。光の照らす月の下で疲れ果てた心に白く柔らかい煙を入れ、物思いに耽る。迷い込んだ迷路の出口を探るように。
 皮肉にも光は心を安堵させる。照らされるが為にもがき苦しむというのに。
 何かを求めることで光を感じるならば、いっそ何も求めなければいい。同時に、それは中身の無い空っぽの人生を指すようにも感じてしまう。そこに本当の寂しさがある気がして止まない。
 月夜。静けさの中、アスファルトの上に今にもはち切れそうなくらいに膨らんだ不要物がひとつ。風に煽られ、走り行く車に翻弄されている。しかし、そのゴミはただ転がっているだけではなく、光の方へと抗っているようにも見えた。
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