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美しい雨
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街灯に照らされながら歩く。目に入る全ては色を失くしてしまったかのようだ。
そんな中でも、放たれた信号の赤い色は自ずと今の心に届く。足を止め、鋭い眼光をした車が目前を通り過ぎる。刹那、意識が少し遠のく感覚を覚えた。あまりに強い光が眼というフィルターを通じて脳にまで達し、一瞬麻痺させたのだろう。
その時、つい最近目にした光景が鮮明な画像と化して頭の中で呼び起こされた。
昼の頃。若干青みがかった、まだ辺りは明るい中で暗さを匂わすような赤黒い液体の水たまり。作り出した女性はその上に横たわり斜め前方にトラックが横転している。どちらの姿も抉れていた。微動だにしない、然るべき色に染まった服の女の人は一体誰だったろうか。
意識が現実へと引き戻され、同時に真新しい記憶の全てが蘇る。全身の力が抜け視界が撓み始める。
気付けば少しばかりの間に全身に汗をかいており、呼吸は浅く足元も覚束無くなっている。遂には滝のように涙が溢れ出てきた。そしてこの涙を嫌った。頬を流れるそれはまだ受け入れられずにいる、あの横たわる女の人が誰なのかを、また、苦しく辛い現実というものを強引に心の奥にまで知らせにくるからである。
妻が事故で死んだ。それは、子を孕んだことを知り二人で幸せを分かち合っている最中のことであった。
たったひとつの出来事で突如世界が色褪せてしまった。
少し前なら潤い満たされていた心も今は乾き切っている。そこに不満というものは一切感じず、ただ虚しさだけがあった。
あれから何日がたったろうか。相変わらず毎晩のように泣き崩れている。眠るために入ったはずの布団も結局のところ溢れ出るそれを拭う為だけにあるようだ。
ここ数日雨が降り続いている。それは今の自分の心をそのまま表しているかのようだった。
ある日、そんな自分を見兼ねてか友人の和也が家を訪ねてきた。
「お前、最近ちゃんと仕事行ってるか?」
僕は下を向いて小さく呟く。
「いや、今はちょっと。」
「仕事には行け。」
その言葉に口を尖らせ、元気がない割には強い口調で返す。
「そんな状態じゃないんだよ。」
本来なら落ち込んでいる時に優しくしてくれるのが友というものではないのか。心の中で反発する。和也はさらに言う。
「いつまでそうしているつもりだ。」
いつまでって、それは――正直困惑した。これからどうすれば良いのか分からない。もっと言えば、生きる意味すら失ったように感じている今の僕にとっては、先のことなんて、もうどうでもよかった。真っ暗な狭い部屋に閉ざされたような将来のことなんて――。
そんな心境を見抜いてか、和也は言う。
「俺には家族がいる。だからお前のその苦しみというのを解ってやることは出来ない。けどな、分かち合えないからこそぞんざいな言葉で厳しく言ってやることはできる。それはお前を大事な友として思っているからだ。このことだけは忘れないでほしい。」
友人はそう言って玄関の扉を開け家から出て言ってしまった。一人になった空間に寂しさを覚える。その寂しさの中に、温かな何かを感じた。
家族。それは僕の心にとって家そのものだった。あの日以来、その屋根は失くなり、降り続ける雨はさらにこの心を濡らしていた。
今、上を見上げれば雨は何かに防がれて僕を濡らすことはなかった。気付けば降り続いた雨はやがて心に潤いを与えていた。
「ありがとう」
今日は確か夜勤だったはずだ。作業着に着替え、久々にその場所へと向かった。
街灯に照らされながら歩く。信号は今の僕にとっては然るべき色を放ち、今度は歩を進めさせた。
長らく降り続いた雨。濡れた路面はありとあらゆる光を反射させ、いつか色褪せて見えていた街並みも今は美しく色鮮やかに輝いている。
そんな中でも、放たれた信号の赤い色は自ずと今の心に届く。足を止め、鋭い眼光をした車が目前を通り過ぎる。刹那、意識が少し遠のく感覚を覚えた。あまりに強い光が眼というフィルターを通じて脳にまで達し、一瞬麻痺させたのだろう。
その時、つい最近目にした光景が鮮明な画像と化して頭の中で呼び起こされた。
昼の頃。若干青みがかった、まだ辺りは明るい中で暗さを匂わすような赤黒い液体の水たまり。作り出した女性はその上に横たわり斜め前方にトラックが横転している。どちらの姿も抉れていた。微動だにしない、然るべき色に染まった服の女の人は一体誰だったろうか。
意識が現実へと引き戻され、同時に真新しい記憶の全てが蘇る。全身の力が抜け視界が撓み始める。
気付けば少しばかりの間に全身に汗をかいており、呼吸は浅く足元も覚束無くなっている。遂には滝のように涙が溢れ出てきた。そしてこの涙を嫌った。頬を流れるそれはまだ受け入れられずにいる、あの横たわる女の人が誰なのかを、また、苦しく辛い現実というものを強引に心の奥にまで知らせにくるからである。
妻が事故で死んだ。それは、子を孕んだことを知り二人で幸せを分かち合っている最中のことであった。
たったひとつの出来事で突如世界が色褪せてしまった。
少し前なら潤い満たされていた心も今は乾き切っている。そこに不満というものは一切感じず、ただ虚しさだけがあった。
あれから何日がたったろうか。相変わらず毎晩のように泣き崩れている。眠るために入ったはずの布団も結局のところ溢れ出るそれを拭う為だけにあるようだ。
ここ数日雨が降り続いている。それは今の自分の心をそのまま表しているかのようだった。
ある日、そんな自分を見兼ねてか友人の和也が家を訪ねてきた。
「お前、最近ちゃんと仕事行ってるか?」
僕は下を向いて小さく呟く。
「いや、今はちょっと。」
「仕事には行け。」
その言葉に口を尖らせ、元気がない割には強い口調で返す。
「そんな状態じゃないんだよ。」
本来なら落ち込んでいる時に優しくしてくれるのが友というものではないのか。心の中で反発する。和也はさらに言う。
「いつまでそうしているつもりだ。」
いつまでって、それは――正直困惑した。これからどうすれば良いのか分からない。もっと言えば、生きる意味すら失ったように感じている今の僕にとっては、先のことなんて、もうどうでもよかった。真っ暗な狭い部屋に閉ざされたような将来のことなんて――。
そんな心境を見抜いてか、和也は言う。
「俺には家族がいる。だからお前のその苦しみというのを解ってやることは出来ない。けどな、分かち合えないからこそぞんざいな言葉で厳しく言ってやることはできる。それはお前を大事な友として思っているからだ。このことだけは忘れないでほしい。」
友人はそう言って玄関の扉を開け家から出て言ってしまった。一人になった空間に寂しさを覚える。その寂しさの中に、温かな何かを感じた。
家族。それは僕の心にとって家そのものだった。あの日以来、その屋根は失くなり、降り続ける雨はさらにこの心を濡らしていた。
今、上を見上げれば雨は何かに防がれて僕を濡らすことはなかった。気付けば降り続いた雨はやがて心に潤いを与えていた。
「ありがとう」
今日は確か夜勤だったはずだ。作業着に着替え、久々にその場所へと向かった。
街灯に照らされながら歩く。信号は今の僕にとっては然るべき色を放ち、今度は歩を進めさせた。
長らく降り続いた雨。濡れた路面はありとあらゆる光を反射させ、いつか色褪せて見えていた街並みも今は美しく色鮮やかに輝いている。
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