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市電で帰ろうとしたら
しおりを挟む久しぶりにエスの家に顔を出す。
手ぶらもなにかと思い青い抱き枕を土産に持っていった。
が、
帰り道にうっかり抱き枕を持ってきてしまったことに気づき、さてどうしようか思案していると、丁度エスの家へ向かうという性格のほがらかで頭のかるそうな若い女にでくわしたので、かくかくしかじかで持っていってくれないかと打診すると、二つ返事で引き受けてくれた。
ありがたい。
少し歩いてからチラと振り返ってみると女はごく低い段差に足をとられてこけた。
大丈夫だろうか?
多分大丈夫だろう。
ほら、
エスの家から他のやつらが女に手を貸そうとやってくるし、女はヘラヘラ笑っているから。
さっぱり手ぶらになったところで今日は市電に乗って帰ろうとまた歩き出すと、
まあ、
昨今はどこでも区画整理だとかで、土ぼこりの道にガリガリ地面をけずる振動と、無骨な働く車共が私の歩く道をひんぱんに邪魔する。
簡易に作ってある立ち入り禁止の柵には、無造作にこの場所にはこれこれこういう店が新しくリニューアルオープンしますだの大型スーパーが開店しますだの書いてあり、
なんだかよそよそしい。
少し昔にはわずかな民家と何を生業にしているのかよくわからないセピア色にあせた会社、ポツリポツリと一見の客は入りにくそうな鮨屋やカラオケスナックや純喫茶があるきりの、いかにも冴えない裏路地であったのに。
今にして思えば私は、
そんなさびれ加減を愛してすらいたのだ。
なくなってからわかるような我ながら傲慢な想いであるのだが。
私の生家も数年前にまるで何も無かったかのようにさっぱり更地になってしまった。
借地暮らしの悲しさである。
掃除や諸々の手配は全て親兄弟にうっちゃっていたので数年後帰ったときに、
はたして私は本当にここで生まれ育ち、泣き、笑いしていたのだろうか?
もしかして私の見たただの長い夢だったのではないか、などと考えてしまい
勝手にしんと寂しい思いがした。
市電の走る大通りまでは
一本道のはずであるが工事だらけの剥き出し道を歩くうちに、なぜかティールームの前庭に入ってしまった。
突っ切ってベランダに出るも知らない場所だ。
おかしい。
なにをどうあるいたのか従業員用の休憩スペースと思われる別のベランダからちょいと下をみてみると、見慣れた古い木製の壁があった。
おお!
裏路地に入る目印の壁じゃないか!
私はなんとか大通りにでて、すっかり変わり果てた裏路地を覗き込もうとした。
が、
そこには4分の3ほど道を塞いだせいの高い漫画がぎっしり詰まった本棚がとおせんぼしている。
困った。人よりも太ましい私ではとてもではないが入ってゆけない。逡巡している私に
「もうし」
声のするほうをふり仰ぐと、ハリガネのようにやせほそった分厚いメガネをかけ、銀色のシルクハットをかぶり黄色い蝶ネクタイに緑のシャツ、目が痛くなるような赤いジャケットの男が、ニヤニヤ笑いを浮かべて私を上から覗きこんでいる。
「私に何か御用ですか?」
相手の背があまりに高いので、真上に顔をむける形になり首が苦しい。
「あなたはそこの横丁にお入りになりたいが、ご自身の太ましい体格が心配なのですね?」
不躾にも程があったがたしかにその通りなので私は肯定した。
「はい、おっしゃるとおりです。が、それがあなたと何の関係があるんです?」
私は少し意地悪く返した。私が太ましいのは純然たる事実であるが失礼な相手だ。これくらいの無礼は許されるだろう。
「いや、なに、私のガリガリとしたカタチとあなたの太ましいカタチを交換しませんか、という提案です」
と、男は言った。
「いいだろう」
私は即答する。
男はしゅるりと蛇が巻き付くような抱擁を私にした。
途端、
私の身体はしゅるしゅるとガリガリになり縦にも伸び、かわりに男のほうは風船が膨らむように肥えた。
「いやはや、素晴らしい。こちらもこれで大助かりというもの!それでは..........
また会うこともないでしょう、オーヴォアー」
急激に背の高さが前の半分ほどになった男は、ニヤニヤ笑いもそのままにぼよりぼよりと歩き去って雑踏にみえなくなった。
さて、
私はごく狭い裏路地の入り口をなんなくすり抜けることができた。
入ってすぐにおもいのほか空間がありキノコ型の歪んだ奇妙な腰掛けが3つほどあったので座る。
決して広くはない空間。
その先は人1人通るのがやっとな有様ではあるが、行き交うひとみなガリガリとハリガネのようないでたちなので、譲り合いさえすれば行くも帰るも可能なようである。
右も左も天井すらも本棚だ。
漫画がぎっしり詰まっていて息苦しいくらいだ。
どんなトリックなのか天井にも漫画が詰まっている。
そこだけ重力のむきが違うのか。
人をみるとみな無造作に天井に手を伸ばしてはパラパラと試し読み、また戻すことをしているので彼らの中では多少の力場の歪みはとっくに了解した事柄なのだろう。
私は立ち上がりさらに奥へと入ってゆく
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