上 下
17 / 23

トーナメント前日

しおりを挟む
 剣がぶつかり合う音が鍛錬場に響く。
 王国騎士団の精鋭、メンシスの騎士たちは最後の練習日を迎えていた。

「ずいぶんと技の応用が効くようになりましたが、どこでそのような闘い方を?」

 セオドアの剣がアリシアに迫る。身軽な動きでそれをかわし、鋭い突きをカウンターでくらわそうとすれば、すんでのところで避けられる。

「あ、えーと……自分なりに考えてみた結果、というか」

「……そうですか」

 最終戦の予行練習も兼ねて、アリシアはセオドアと模擬戦を繰り返していた。
 バーベナの夜間の指導もあって、彼とも互角に迫るほどに戦えるようになってきている。初めは赤子の手をひねるように負けていたことを考えると、この短期間で大きく成長しているのは間違いない。

 アリシアは一瞬の隙をつき、剣の切先で巻き込むようにしてセオドアの剣を跳ね飛ばす。副団長である彼の剣が飛んでいくのを見た騎士からは、歓声が上がった。

「さすがは王子」

「最終戦の試合も楽しみにしています!」

 そう憧れの目で見つめられると、少しむず痒い。互いに礼をして模擬戦を終えれば、黒い鎧を着たセオドアが近づいてくる。

 彼は少し屈むと、周りに聞こえないような声でアリシアに話しかけた。

「少々王子の剣としては荒っぽいですが。このレベルなら最終戦での『演技』も観客の目に耐えうるものになるでしょう」

「そうか! それならよかった。セオドア、ありがとうね。君の指導のおかげだよ」

 にっこりと笑いかければ、セオドアは微妙な顔をして首を傾げる。以前部屋にトーナメントの件を知らせに来た時もそうだったが、何かを疑われているような気がする。こちらの事情は彼に共有されているはずなので、疑われるようなことは何もないはずなのだが。

「でもセオドア、もしも、万が一君が負けたりしたら」

「王子はずいぶんと私を侮っておいでだ。ロベリアの騎士など問題になりません。事前に出場者についてはレベルも把握しています。全員蹴散らして見せましょう」

 セオドアは胸に手を当て、口元だけでにこりと笑う。いつも仏頂面なので、こういう顔を見たのは初めてだった。
 自分のこれまでの努力が彼にも認められたのかと思うと、心に温かいものが広がっていくのを感じる。

「ただひとつ心配事、というか、確認をしておきたいことが」

 彼はそう言うとアリシアの腕を掴み、鍛錬場の人気のない方へと誘導してく。他の騎士が豆粒のようになったところで、アリシアの顔を覗き込み、頬に手を置いた。

 ––––え。何?

 セオドアがなぜこんなことをするのか、理解ができず。アリシアはその場で固まった。

「まさかとは思いますが、あなた、もしかして……」

「ねえ、黒い鎧のあなた、離れてくださる?」

 ハスキーな女性の声が聞こえてアリシアは驚く。いつの間にか観覧席で見学していたバーベナが、鍛錬場に降りてきていたのだ。今日は髪色に合わせた銀色のドレスを着ている。散りばめられた七色に輝く鱗のような装飾が、太陽の光を浴びて輝いていた。

「バーベナ姫様。突然こんな場所へ降りて来られては困ります。怪我をされてしまいますよ」

 セオドアにそう警告されたバーベナだが、表情は険しく。腕を組み彼を睨んでいる。

「私の婚約者から手を離してくださいます?」

 そう言うなりバーベナは、セオドアをアリシアから引き剥がし、自分の腕の中に抱え込む。

「ちょ、ちょっとバーベナ姫……」

 アリシアの抗議の声などまったく聞かず。バーベナは相変わらずセオドアを睨みつけている。

「アラン王子は手に怪我を負っておいでです。私が手当をしますので、あなたは稽古に戻っていてくださいませ」

 セオドアはしばし押し黙っていたが、胸に手を置き膝を折ると、「仰せのままに」と言ってこの場を離れていった。
 呆然と彼の背中を見守っていたアリシアだったが。慌ててバーベナから離れ、彼の両肩に手を置く。

「なに? 突然どうしたの? 私怪我なんかしてないよ?」

 不機嫌を前面に押し出したような顔で、バーベナはアリシアを睨む。

「あいつはあんたが女ってこと知ってんの?」

「知ってる……と思うけど。私の事情については、共有されてるって聞いてるし」

「知っててのあの態度なんだ」

 そう言ってバーベナは、両手でパチンとアリシアの頬を挟む。

「いひゃ!」

「あんたさあ、隙ありすぎ。もうちょっと気をつけなよ! あんたは俺の婚約者なんだからな! 他の男に触らせんな!」

「えええ?」

 陽気で人懐っこいバーベナは、自分を仲間と認識していても、異性としては意識していないと思っていた。たとえ仲良し作戦のために触れ合う機会は多いとしても、そんなのはバーベナにとって朝飯前で女性となら誰とでもできることだと。

 ––––もしかして、これってヤキモチ?

 そう思ったら、ブワッと頬に熱が宿った。
 これを嬉しいと思えるのは、自分も彼を好きになり始めているからなのだろうか。






 ––––身代わり王子が、女……?

 バーベナにその場を追い出されるように出てきたセオドアだったが。二人の様子が気になり、隠れて会話を盗み聞いていた。

 自分がに困惑し、彼はしばらく、その場を動けないでいた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...