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座敷わらし、ヒモ認定される

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 響のおすすめの美容室は、ハルキが買い物をしていたセレクトショップからそう遠くない場所にあるらしい。早速購入したもののうち、ジーンズとロゴの入ったシンプルなシャツに、足首まである高さのあるスニーカーという一番カジュアルめな洋服を着てハルキは外へ出た。

「ぼ……僕は座敷わらしの三枝ハルキ。最近東京に出てきたんだ。だからこの街の勝手がよくわからなくて」

「座敷わらしって、基本は家に住み着くもんだろ。なんでまた東京まで出てきたんだよ」

「……ちょっと気になる人ができて、ついて来ちゃったんだ」

「モジモジしながら言うなよ、気持ち悪い。しかし、座敷わらしに好かれるとは幸せ者だなあ、そいつは」

「えへへ、とても綺麗な人なんだ」

「ふーん。一目惚れってわけか。まあ頑張れよ。俺はホストクラブに勤めててな。これから行く店は俺の行きつけで。よく新入りのやつを紹介してんだ」

 一目惚れ、と呼んでいいかもわからない状態ではあるのだが。ハルキはとりあえずの返答として、響の言葉に曖昧に微笑んだ。

「ホストクラブに勤めてるなんて、すごいねえ。あやかしも人間に混じって働いていたりするんだねえ」

「まあな」

 そんな話をしているうちに、黒を基調としたシックな店構えの美容室の前に着いた。扉を開けてくれた男性の美容師は、親しげな笑顔を響に向ける。

「響さん、いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。お店の新人さんですか?」

「いや、こいつはまあ、同じ穴のムジナっていうか。同郷のダチ、みたいな感じかな」

 挨拶もそこそこに、ハルキはあれよあれよという間に席に座らされ、ケープをかけられた。

「うわ、なんか、こんなふうに髪の毛を切られるの、ものすごくひさしぶりだなあ」

 響はハルキの隣の席に陣取り、手近にあった雑誌を読み始めた。アパレルショップのマネキンのように最先端の流行を身に纏った美容師は、銀色のこんがらがった髪の毛をいじりながら、確認するように尋ねてくる。

「前回切られたのはだいぶ前なんですか? だいぶ伸びてますね。うわ、ここ、髪の毛どうしが絡まって団子になってるな……でもその割には髪色は落ちてないなあ」

「最後に切ったのはいつかなあ。七歳くらいだった気がするよ」

 ハルキの答えに、彼はギョッとする。

「え……?」

 動揺を顔に出したのが不味かったと思ったのか、彼は取り繕うように笑顔を作ると、会話を続けようと口を開く。

「あ、えーと……もしかしてお母様がお家で切られてたとか?」

「うーん、ずっと部屋に縛り付けられているような状態だったからねえ……そもそも、髪を切るっていう発想がなかったっていうか。連日やってくる人の悩みを聞きながら、暇な時は近くの部屋を覗き見して。あ、あと部屋の中に二十体くらい座敷わらしの人形があったからね、それをいじったり、ぼーっと見つめたり」

 真面目に返答したのだが、何も反応が返ってこない。不思議に思ってハルキは顔を上げる。

 美容師は目を丸くしたまま絶句していて、響は吹き出していた。美容師の顔はちょっとばかり色味を失っていて、ポツリと「そうですか……」とだけ言ってそのまま黙り込んでしまった。

 響が常連だと言うから、てっきりあやかしの存在を理解している人だと思ったのだが。そうではなかったらしいということに、ようやくハルキは気がついた。
 店を出る時、美容師は心配そうな笑顔で「社会復帰、応援してますから!」と言いながら、両手を顔の前で握りしめていた。どうやら、引きこもり且つ複雑な家庭環境の青年だと誤解されてしまったようだ。



「おかげでだいぶスッキリしたよ、ありがとう」

 通りがかりのお店のガラス窓に映る自分の姿を見て、ハルキはウキウキした。髪型ひとつで男前度がグッと上がった気がする。

「見違えたぜ。あそこの店いいだろ。もし気に入ったんなら通ってくれよな」

「うん! あ、でもさっき、美容師さんに悪いことしちゃった。響さんが服屋さんの時に正体を見せたのを見て、てっきり響さんが常連のお店は、あやかしの存在も知ってるものだと思っちゃって。そうじゃないんだねぇ」

「人間は得体の知れないものをおそれるからなあ。俺の正体を知ってるのは、基本的には同じあやかしだけだ。店で正体を見せた時も、店員がこちらを見ていないタイミングで見せてたんだよ」

「そうだったのかあ」

「人間は人間、あやかしはあやかしと付き合うのが一番だよ。俺は人間と情は交わさない。どうせ心からわかりあうことはできないからな。お互いに利のある関係しか結ばないようにしてんだ。まあ、他のあやかしはどうか知らねえけど」

 響は人間が経営するホストクラブでナンバーワンを守り続けているらしい。元来、「恩志の狐」というのは人を化かして悪さをしていたあやかしだそうなので、女性を魅了して売り上げを立てる今の仕事は性に合っているようだ。働かないかと言われたが、思ったことをすぐ口に出してしまう自分では務まらないと思い、ハルキは断った。

「でもお前さ、今女のところに居候してんだろ? 一切仕事しねえわけにはいかないだろ。だいたいさっき話してた感じだと、思いが通じ合ってるってわけでもなさそうだし」

「うう、そりゃまあそうなんだけど。あ、でも、僕座敷わらしだから! 家主に幸せのご利益はあるはずだし!」

「それって、目に見えるほどなんかすごいことが起こんのか? 宝くじが当たるとか、急に社長になれるとか」

「……今の僕の力だと、怪我とか病気をしづらくなる、くらいかな……。神社のお守りレベルの効果って感じ」

「座敷わらしの効力って言うにはささやかすぎるだろ、それ」

「うっ」

 響は意地悪そうな笑みを浮かべて、ハルキの眼前に自分の顔を近づける。

「お前みたいに女の家に寄生して、ただただ私財を食い荒らすやつのことを、人間の世界ではなんて言うか知ってるか?」

「え、知らない」

「『ヒモ』だよ。女がお前のことを好きなんならともかく、働きもせず、家事もせず、ダラダラしてたら、すぐに追い出されるぞ」

「ヒモ! なんか響きがイヤ! うわー、やばいじゃん、僕!」

 「人を幸せにする」のが売りの座敷わらしが、私財を食い荒らすヒモに成り下がるなんて。いくら力が極限状態だからといって、「ヒモ」の座敷わらしなんてあり得ない。

「ぼ、僕、仕事を探す!」

 ––––とにかく定職につかなきゃ。でも、僕ができる仕事ってなに……?

 悦子と恋愛する以前のステージに自分がいることに、ようやく気づいたハルキだった。
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