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座敷わらし、響を頼る
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アートネイルの施された指先が、スマホの画面をタップする。映し出された女性起業家のソーシャルアカウントは、スーツを着て業界人とシャンパンを手にするパーティーの写真や、イベントでの登壇シーン、海辺のリゾートでくつろぐ様子を写した写真などで彩られていた。
「いいねえ。楽しそうで」
突然会社を売って、そのあともいろいろあって、しばらくはおとなしくしていたはずなのに。最近また派手な生活に戻り始めた。
––––結婚しなくたって、幸せそうじゃん。なんだよ、結婚相手が見つからないって。贅沢言ってるから見つかんないんだっての。性格もキッツイんだし、そこそこの男で妥協してさっさと結婚すればいいのに。
インターホンが鳴る。スマホの画面を閉じて、急いで応答すると、高いスーツに身を包んだ婚約者の姿が画面に映った。
「淳! ちょっと待ってて」
急いでエントランスの扉を開く。最後の身だしなみのチェックをしてから、玄関で彼を待った。
絶対に結婚で失敗をしたくなくて、ようやく手に入れた超エリート商社マンの彼氏。一生懸命いい彼女を演じて、ようやく婚約まで漕ぎ着けた。結婚式までの間に下手なことをして、嫌われてはいけない。彼に好かれる彼女でいるために細心の注意を払わなければ。
「ごめん、鍵忘れた。ただいま」
「お帰りなさい。晩御飯できてるよっ」
鞄を受け取り、部屋まで運ぶ。彼が脱ぎ散らかした革靴を玄関に揃え、急いで部屋に戻った。
「なあ、お前、仕事は?」
「えっ」
「婚約決めるとき、話し合ったじゃん? 専業主婦になって欲しいって」
「あ……」
「まだ会社に話してないの? 辞めること」
彼の責めるような目つきにたじろぎ、視線を床に落とす。
「実はさ、昨日……」
落ち着きなく、大ぶりのダイヤがついた婚約指輪をいじりながら、言葉を紡ぐ。
––––ちゃんと言わなきゃ。だってやっぱり、私。
「店長、やらないかって言われて……」
「おい」
「えっと、あの……」
「俺の年収は、お前の年収の何倍だ? アパレルショップの店長になんかなったって、たかが知れてるだろ。お前が家庭に入って、俺のサポートをした方が効率がいいんだよ。ちょっと考えればわかることだろ」
両手をぎゅっと握り締める。俯き、言葉を飲み込む。
「そ、そうだよね。淳の言う通りにする」
少しくらいの不満は我慢しなければならない。自分が仕事で積み上げてきた信頼も、評価も。そんなものは捨てなければならない。
これで、いいのだ。彼の言う通りにして結婚まで辿り着けたら、幸せになれるのだから。
◇◇◇
「響兄さん……聞いて、僕の悩みを聞いて……」
「まったく、スマホでの初呼び出しが恋愛相談かよ。勘弁してくれよ。あと、兄さんはやめろって」
「だってえ。今僕が悩みを相談できる相手、響さんしかいないんだもん……」
「……しょうがねえなあ」
頼られると悪い気はしないらしい。響は鼻の先を指で擦りながら、満更でもない顔をした。
ハルキは自分の思いの丈を誰かに聞いて欲しくて、響に連絡をしていた。
待ち合わせは代々木上原のカフェ。あやかし同士なので、別に食事はなくてもいいのだが。響は休日にこういう場所に来るのが趣味みたいなものらしい。
ハルキにはいまいちわからな買ったが、響曰く、ケーキに絵を描くように描かれたベリーソースや、華奢な花の装飾、果汁がキラキラと光るカットフルーツなんかが真っ白なお皿に乗っている様とか。そういう小洒落たデザートを食しながら嗜むコーヒーが最高なのだそうだ。
真っ昼間からあやかしの男二人でカフェ、というのもなんだか地獄のようなひどい絵面だけど。
「で、なんだよ。相談って」
「僕ってさ、魅力ないのかな……」
「愚痴は聞かねえぞ。具体的に話せよ」
「えええ。見捨てないで……そして愚痴も聞いて……僕には響さんしか頼る相手がいないんだよう」
「めんどくせえ男だなぁ……お前。まあいいや、なにがあったんだよ」
響はタイトなジーンズに包まれた長い足を組み、椅子に寄りかかるような格好で続きを促した。金色の髪は風に揺れていて、男前度を増している。真っ黒な真新しいカットソーもよく似合っているし。隣のテーブルの女性が、熱い視線を彼の方に向けているのが見えた。
「最近さあ、悦子さんと、なんとなくいい感じの雰囲気になってはきてさあ。彼女が落ち込んであげてる時はハグしたり、僕が落ち込んでる時はハグしてくれたり……」
「ハグだけか。ヘタレめ」
「なっ……お、おでこにもキスしたよ? 僕から」
「小学生かお前は。もう一緒に住んで一ヶ月以上経つだろ? 逆になんでそんなに進展がねえんだよ」
「え、悦子さんから熱烈なキスをしてもらったことだって……」
「素面でか」
「泥酔してた」
「だろうな」
キスまでの経緯を淡々と確認され、ハルキは絶望的な気分になった。
––––やっぱそうだよね。あれは単に酔っていたんだ。翌日さっぱり覚えていなかったし。
ハルキは響に最後の砦を崩されて、項垂れながら主題を切り出した。
「甘い雰囲気になると、結婚相手探しの話を出されるんだよ……。僕としては、それが理解不能で」
響は、かわいそうなものを見るような目で僕のことを見た。
「……あれだな、お前はきっと、悦子って女にとって、ちょうどいい抱き枕なんだな」
「抱き枕って、どゆこと?」
「辛い時に近くにいて、慰めてくれる。そういう都合のいい存在なんだよ、今のお前は。お前と結婚とかって話になってくると、生活力はないし、ヘタレだし、親にも誇れるような相手じゃないしで、いろいろ問題があるんだろ。そもそもお前、あやかしだし。しかも座敷わらしだし。若い男と生活をともにしてるっていうのとは、やっぱり感覚が違うんだろうな。人間の恋愛対象になるにはハードルが高いんだよ」
ハルキはあんぐりと口を開けていた。そういうことなのか。ショックだが、響の言うことは、的を得ている気がする。結婚相手探しを急かされる理由も、そうだと考えると腑に落ちた。
「……やっぱあやかしじゃあ、ダメかなあ」
「引っかかったのそこかよ。あやかしだろうが、お前が頼り甲斐のある男になれば変わるかもしれねえよ? 妖術を見せつけるとか、あやかしならではの魅せ方もあるだろ」
「ああ……。僕はその手は使えないんだ。旅館にいた時に、力を使い切ってしまって。あともう一回力を使ったら、この世から消えてしまうんだよ。前も言ったけど、神社のお守り程度の効力が関の山なんだ。だから、あやかしならではの魅力をアピールするっていうのは、僕には無理なんだよねえ……」
「はあああ? なんだそりゃ」
さっきまでそっくり返って話を聞いていた響さんは、急に飛び起きてテーブルに手をついた。
「いやいやいや、ちょっと待て。消える? お前が?」
「うん。そもそも『座敷わらし』なのに、こんな姿になっちゃったのも、力を失い始めたからなんだよ。形をうまく保てなくなっちゃって」
「あやかしが消える原因にはさまざまあるが……。陰陽師に調伏されるとか、他のあやかしに食べられるとか。人を幸せにする力を使い果たして消える……座敷わらしが? 妙だな」
「そんなに変かな」
「……気になるからちょっと調べてみる。まあともかく、お前は、男を磨け! で、結婚相手探しはうまくいってんのか?」
「いやあ、それが……。この間の金曜日に初回の進捗報告をしたんだ。とりあえず、夢見るミュージシャンの卵とか、秒速で一億円稼ぐ起業家とか、村づくりをするアイドルとか、いろいろ紹介したんだけど」
「……ずいぶんとバラエティに富んでるな……。っていうかひとり目はいいとして、あとの二人はどっから探してきたんだよ。で、彼女は?」
「クセが強すぎるって言われた」
「だろうな。まったく……。それに関しては手伝ってやるか。ハルキ、お前今度酒奢れよ。とびきりいいやつ。店出るぞ」
そう言うと響は、席を立って僕の分までお会計を済ませてくれた。お礼を言いながら彼のうしろをついていくと、あっという間に景色が代々木公園に変わっていた。数歩しか歩いていない気がしたのに。なにか術でも使ったんだろうか。
「この辺りが良さそうだな」
響は帽子を被ったように青々と葉を茂らせた大樹の前に立った。周りに人がいないことを確認すると、彼は正面に腕を突き出し、手のひらを上に返した。あたりが急に暗くなったかと思うと、ぼんやりとした紫色の光の玉のようなものが手のひらの上に浮きあがり、その玉から次々と四方へ光の矢のようなものが飛んでいく。
「え、響さん、なにしてるの? それ」
驚いて響に問うと、彼は得意げな顔で答える。
「各地に流れている俺の仲間に連絡をとってんだよ。人を探すには頭数が必要だろ。お前がひとりでやったら永遠に見つからない気がしてきてな」
響の手から光の球が消えてしばらくして、公園の向こうのほうからなにやらぴょんぴょんと駆けてくる影が見えた。しかも複数。公園を散歩している人々には姿が見えていないようで、誰もその影には気がつかないようだった。
「響さん、お呼びですか」
目の前に次々到着したのは、黄金色の美しい毛並みを持つ狐たちだった。尻尾がもふもふとしていて、とっても触り心地が良さそうだ。数えてみると、一匹、二匹、三匹……五匹もいる。
あやかしとしての格の違いを、ハルキは見せつけられた思いだった。とてもじゃないが、響のように、遠方にいる他の座敷わらしを呼び寄せたりはできない。
「俺のダチのこの坊ちゃんがさ、意中の女のために結婚相手候補を探したいらしい」
「……意中の女性の結婚相手……? それはどういったご依頼でございましょう?」
狐たちは皆一様に首を傾げた。
「ああ、ややこしいよな……。ハルキ、お前説明しろ。探したい相手の条件も含めて」
「あ、ありがとう……響さん、狐さん……!」
ハルキは彼らに、悦子の好みに合いつつ、結婚相手としてはダメなポイントを併せ持つ男性を探し出してほしいという、ややこしい作戦の要旨を説明した。彼らは首を傾げつつも、理解はしてくれたようで、見つけた際は僕の勤めるお店にその人物を連れてきてくれるらしい。これは心強い。
早速探しに出かけると、狐たちが四方に散ったあと。ハルキは改めて響に頭を下げた。
「響さん、本当にありがとう。助かります。響さんにお酒を奢るのはもちろんだけど、あの狐さんたちにもお礼がしたいなあ。なにが喜ぶと思う?」
狐たちへのお礼か、とハルキが言った言葉を反芻しつつ、響はポン、と手を打った。
「ああ、あいつらは基本的に地方に住んでいるからな。東京のお持ち帰りグルメでも持たせてやりゃ、喜ぶだろ。あやかし向けのネット通販はあんまり充実してないからなあ。喜ぶと思うぜ」
「……案外、俗なものが好きなんだねえ。狐さんたち」
「そりゃ俺たちは食べなくても生きていけるけどさ。目に美しく、食べて美味しいものっていうのは、人あやかし問わず心を満たしてもらえるだろ」
「なるほど」
悦子がたまに「デパ地下グルメ」を買って帰ってきてくれることがあるが。綺麗に盛り付けられた食べ物は、御飯時の話題にもなるし、見ているだけでも楽しくて、贅沢をしているような、満たされた気分にもなる。
お腹をいっぱいにするだけが「食事」の目的じゃいんだな、と、響の言葉に頷いたハルキだった。
「いいねえ。楽しそうで」
突然会社を売って、そのあともいろいろあって、しばらくはおとなしくしていたはずなのに。最近また派手な生活に戻り始めた。
––––結婚しなくたって、幸せそうじゃん。なんだよ、結婚相手が見つからないって。贅沢言ってるから見つかんないんだっての。性格もキッツイんだし、そこそこの男で妥協してさっさと結婚すればいいのに。
インターホンが鳴る。スマホの画面を閉じて、急いで応答すると、高いスーツに身を包んだ婚約者の姿が画面に映った。
「淳! ちょっと待ってて」
急いでエントランスの扉を開く。最後の身だしなみのチェックをしてから、玄関で彼を待った。
絶対に結婚で失敗をしたくなくて、ようやく手に入れた超エリート商社マンの彼氏。一生懸命いい彼女を演じて、ようやく婚約まで漕ぎ着けた。結婚式までの間に下手なことをして、嫌われてはいけない。彼に好かれる彼女でいるために細心の注意を払わなければ。
「ごめん、鍵忘れた。ただいま」
「お帰りなさい。晩御飯できてるよっ」
鞄を受け取り、部屋まで運ぶ。彼が脱ぎ散らかした革靴を玄関に揃え、急いで部屋に戻った。
「なあ、お前、仕事は?」
「えっ」
「婚約決めるとき、話し合ったじゃん? 専業主婦になって欲しいって」
「あ……」
「まだ会社に話してないの? 辞めること」
彼の責めるような目つきにたじろぎ、視線を床に落とす。
「実はさ、昨日……」
落ち着きなく、大ぶりのダイヤがついた婚約指輪をいじりながら、言葉を紡ぐ。
––––ちゃんと言わなきゃ。だってやっぱり、私。
「店長、やらないかって言われて……」
「おい」
「えっと、あの……」
「俺の年収は、お前の年収の何倍だ? アパレルショップの店長になんかなったって、たかが知れてるだろ。お前が家庭に入って、俺のサポートをした方が効率がいいんだよ。ちょっと考えればわかることだろ」
両手をぎゅっと握り締める。俯き、言葉を飲み込む。
「そ、そうだよね。淳の言う通りにする」
少しくらいの不満は我慢しなければならない。自分が仕事で積み上げてきた信頼も、評価も。そんなものは捨てなければならない。
これで、いいのだ。彼の言う通りにして結婚まで辿り着けたら、幸せになれるのだから。
◇◇◇
「響兄さん……聞いて、僕の悩みを聞いて……」
「まったく、スマホでの初呼び出しが恋愛相談かよ。勘弁してくれよ。あと、兄さんはやめろって」
「だってえ。今僕が悩みを相談できる相手、響さんしかいないんだもん……」
「……しょうがねえなあ」
頼られると悪い気はしないらしい。響は鼻の先を指で擦りながら、満更でもない顔をした。
ハルキは自分の思いの丈を誰かに聞いて欲しくて、響に連絡をしていた。
待ち合わせは代々木上原のカフェ。あやかし同士なので、別に食事はなくてもいいのだが。響は休日にこういう場所に来るのが趣味みたいなものらしい。
ハルキにはいまいちわからな買ったが、響曰く、ケーキに絵を描くように描かれたベリーソースや、華奢な花の装飾、果汁がキラキラと光るカットフルーツなんかが真っ白なお皿に乗っている様とか。そういう小洒落たデザートを食しながら嗜むコーヒーが最高なのだそうだ。
真っ昼間からあやかしの男二人でカフェ、というのもなんだか地獄のようなひどい絵面だけど。
「で、なんだよ。相談って」
「僕ってさ、魅力ないのかな……」
「愚痴は聞かねえぞ。具体的に話せよ」
「えええ。見捨てないで……そして愚痴も聞いて……僕には響さんしか頼る相手がいないんだよう」
「めんどくせえ男だなぁ……お前。まあいいや、なにがあったんだよ」
響はタイトなジーンズに包まれた長い足を組み、椅子に寄りかかるような格好で続きを促した。金色の髪は風に揺れていて、男前度を増している。真っ黒な真新しいカットソーもよく似合っているし。隣のテーブルの女性が、熱い視線を彼の方に向けているのが見えた。
「最近さあ、悦子さんと、なんとなくいい感じの雰囲気になってはきてさあ。彼女が落ち込んであげてる時はハグしたり、僕が落ち込んでる時はハグしてくれたり……」
「ハグだけか。ヘタレめ」
「なっ……お、おでこにもキスしたよ? 僕から」
「小学生かお前は。もう一緒に住んで一ヶ月以上経つだろ? 逆になんでそんなに進展がねえんだよ」
「え、悦子さんから熱烈なキスをしてもらったことだって……」
「素面でか」
「泥酔してた」
「だろうな」
キスまでの経緯を淡々と確認され、ハルキは絶望的な気分になった。
––––やっぱそうだよね。あれは単に酔っていたんだ。翌日さっぱり覚えていなかったし。
ハルキは響に最後の砦を崩されて、項垂れながら主題を切り出した。
「甘い雰囲気になると、結婚相手探しの話を出されるんだよ……。僕としては、それが理解不能で」
響は、かわいそうなものを見るような目で僕のことを見た。
「……あれだな、お前はきっと、悦子って女にとって、ちょうどいい抱き枕なんだな」
「抱き枕って、どゆこと?」
「辛い時に近くにいて、慰めてくれる。そういう都合のいい存在なんだよ、今のお前は。お前と結婚とかって話になってくると、生活力はないし、ヘタレだし、親にも誇れるような相手じゃないしで、いろいろ問題があるんだろ。そもそもお前、あやかしだし。しかも座敷わらしだし。若い男と生活をともにしてるっていうのとは、やっぱり感覚が違うんだろうな。人間の恋愛対象になるにはハードルが高いんだよ」
ハルキはあんぐりと口を開けていた。そういうことなのか。ショックだが、響の言うことは、的を得ている気がする。結婚相手探しを急かされる理由も、そうだと考えると腑に落ちた。
「……やっぱあやかしじゃあ、ダメかなあ」
「引っかかったのそこかよ。あやかしだろうが、お前が頼り甲斐のある男になれば変わるかもしれねえよ? 妖術を見せつけるとか、あやかしならではの魅せ方もあるだろ」
「ああ……。僕はその手は使えないんだ。旅館にいた時に、力を使い切ってしまって。あともう一回力を使ったら、この世から消えてしまうんだよ。前も言ったけど、神社のお守り程度の効力が関の山なんだ。だから、あやかしならではの魅力をアピールするっていうのは、僕には無理なんだよねえ……」
「はあああ? なんだそりゃ」
さっきまでそっくり返って話を聞いていた響さんは、急に飛び起きてテーブルに手をついた。
「いやいやいや、ちょっと待て。消える? お前が?」
「うん。そもそも『座敷わらし』なのに、こんな姿になっちゃったのも、力を失い始めたからなんだよ。形をうまく保てなくなっちゃって」
「あやかしが消える原因にはさまざまあるが……。陰陽師に調伏されるとか、他のあやかしに食べられるとか。人を幸せにする力を使い果たして消える……座敷わらしが? 妙だな」
「そんなに変かな」
「……気になるからちょっと調べてみる。まあともかく、お前は、男を磨け! で、結婚相手探しはうまくいってんのか?」
「いやあ、それが……。この間の金曜日に初回の進捗報告をしたんだ。とりあえず、夢見るミュージシャンの卵とか、秒速で一億円稼ぐ起業家とか、村づくりをするアイドルとか、いろいろ紹介したんだけど」
「……ずいぶんとバラエティに富んでるな……。っていうかひとり目はいいとして、あとの二人はどっから探してきたんだよ。で、彼女は?」
「クセが強すぎるって言われた」
「だろうな。まったく……。それに関しては手伝ってやるか。ハルキ、お前今度酒奢れよ。とびきりいいやつ。店出るぞ」
そう言うと響は、席を立って僕の分までお会計を済ませてくれた。お礼を言いながら彼のうしろをついていくと、あっという間に景色が代々木公園に変わっていた。数歩しか歩いていない気がしたのに。なにか術でも使ったんだろうか。
「この辺りが良さそうだな」
響は帽子を被ったように青々と葉を茂らせた大樹の前に立った。周りに人がいないことを確認すると、彼は正面に腕を突き出し、手のひらを上に返した。あたりが急に暗くなったかと思うと、ぼんやりとした紫色の光の玉のようなものが手のひらの上に浮きあがり、その玉から次々と四方へ光の矢のようなものが飛んでいく。
「え、響さん、なにしてるの? それ」
驚いて響に問うと、彼は得意げな顔で答える。
「各地に流れている俺の仲間に連絡をとってんだよ。人を探すには頭数が必要だろ。お前がひとりでやったら永遠に見つからない気がしてきてな」
響の手から光の球が消えてしばらくして、公園の向こうのほうからなにやらぴょんぴょんと駆けてくる影が見えた。しかも複数。公園を散歩している人々には姿が見えていないようで、誰もその影には気がつかないようだった。
「響さん、お呼びですか」
目の前に次々到着したのは、黄金色の美しい毛並みを持つ狐たちだった。尻尾がもふもふとしていて、とっても触り心地が良さそうだ。数えてみると、一匹、二匹、三匹……五匹もいる。
あやかしとしての格の違いを、ハルキは見せつけられた思いだった。とてもじゃないが、響のように、遠方にいる他の座敷わらしを呼び寄せたりはできない。
「俺のダチのこの坊ちゃんがさ、意中の女のために結婚相手候補を探したいらしい」
「……意中の女性の結婚相手……? それはどういったご依頼でございましょう?」
狐たちは皆一様に首を傾げた。
「ああ、ややこしいよな……。ハルキ、お前説明しろ。探したい相手の条件も含めて」
「あ、ありがとう……響さん、狐さん……!」
ハルキは彼らに、悦子の好みに合いつつ、結婚相手としてはダメなポイントを併せ持つ男性を探し出してほしいという、ややこしい作戦の要旨を説明した。彼らは首を傾げつつも、理解はしてくれたようで、見つけた際は僕の勤めるお店にその人物を連れてきてくれるらしい。これは心強い。
早速探しに出かけると、狐たちが四方に散ったあと。ハルキは改めて響に頭を下げた。
「響さん、本当にありがとう。助かります。響さんにお酒を奢るのはもちろんだけど、あの狐さんたちにもお礼がしたいなあ。なにが喜ぶと思う?」
狐たちへのお礼か、とハルキが言った言葉を反芻しつつ、響はポン、と手を打った。
「ああ、あいつらは基本的に地方に住んでいるからな。東京のお持ち帰りグルメでも持たせてやりゃ、喜ぶだろ。あやかし向けのネット通販はあんまり充実してないからなあ。喜ぶと思うぜ」
「……案外、俗なものが好きなんだねえ。狐さんたち」
「そりゃ俺たちは食べなくても生きていけるけどさ。目に美しく、食べて美味しいものっていうのは、人あやかし問わず心を満たしてもらえるだろ」
「なるほど」
悦子がたまに「デパ地下グルメ」を買って帰ってきてくれることがあるが。綺麗に盛り付けられた食べ物は、御飯時の話題にもなるし、見ているだけでも楽しくて、贅沢をしているような、満たされた気分にもなる。
お腹をいっぱいにするだけが「食事」の目的じゃいんだな、と、響の言葉に頷いたハルキだった。
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