今夜、西海岸のコンドミニアムで

春日あざみ

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忘れられない日

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 その日あなたは、いつものように私を自分のコンドミニアムに誘った。また部屋の仲間たちとのパーティーだと思っていた私は、人数分の差し入れを買って、何も考えずに迎えの車に乗る。

 部屋の中に入り、ご飯の支度をして、食事を終えて。住人が帰って来ないということに気がついたのは、九時を過ぎたところだった。

 あなたはじっと私の顔を見つめる。その視線には、ただの友人に向けるものではない、ただならぬ何かがあった。そうしてようやく、赤く染まった頬や、甘くとろけるような表情をまじまじと見て、私はあなたが何を望んでいるのかを知った。

 あなたの美しい黒く澄んだ瞳には、私が映っていた。それを見て、私は自分の平凡な容姿を呪い、絹のように白い肌や整った顔立ちをもつあなたに顔を背けて、こう言った。

「きっとあなたにはもっといい人がいるよ、私みたいなのじゃなくて」

 自虐気味にそう言うと、あなたは私の手をそっと取り、まるで生まれたてのひよこに接するように、優しく優しく包み込む。

 そして、群像劇の樹木のような地味な女に向かって、あなたはまっすぐに、囁くような声でこう言ったのだ。

「You are so beautiful 」

 初めて自分に向けられたスポットライトの眩しさに、あまりに優しいその声に、私は彼の手から自分の手を引き抜き、顔を覆った。映画の中の主人公に向けられるようなその一言に驚き、私を舞台に引き寄せようとするあなたを見て、心臓は破裂しそうなぐらいにピッチを上げる。

 多分きっと、いつかそんなふうに自分を愛してくれる人に巡り会うことを夢見ていたのかもしれない。熱を帯びる心と、頬を伝う何かは、たぶんステージの眩しさだけのせいじゃない。

 良き友人は、まごうことなく男だった。どんどん狭められるパーソナルスペースを、戸惑いながらただ眺めていた。

 嫌がっていないことを注意深く観察しながら、あなたは私の唇に、そっとキスをした。二度目ははじめより少し強く、そして次はさらに深く。何度も何度も分け入ってくるあなたのせいで、コンドミニアムを出るための台詞は、どこかへ行ってしまった。

 真っ赤になって恥ずかしがる私を見て、あなたは満足げに微笑む。そして、もう一度、触れるだけのキスをして、少し意地悪そうな顔をする。

「俺の専攻はね、生理学なんだ。だから、どういう風にしたら『いい』のか、よく知っているよ」

 言葉の意味を理解して、私は固まり息を飲む。でも心の準備ができぬまま、あなたがボーダーラインを越えてきても、拒むことはできなかった。
 だって、そんなとんでもないセリフを放ったあなたの手も、小さく震えていたから。

 真っ向勝負で向けられた恋情に、押しつぶされるように溶けて、長い長い西海岸の夜は過ぎていった。


 あの夜から何年たっただろう。永遠に続くと思われたあなたとの恋は、価値観の違いや、生き方の違い、いろんなものでぐちゃぐちゃになって、音もなく崩れ去った。

 でも、今でもたまに思い出す。あとにも先にも、私なんかのことを捕まえて、「あなたは綺麗だ」なんて。きっとそんなことを言うのは、あなたくらいだから。
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