ブラインド・デイティング

春日あざみ

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暗躍

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 地下鉄の出口を出て、電子タバコを口に咥える。落ち着きのない自分の心を押さえ込むのに、ニコチンは一役買っていた。匂いがつかないというのは、加熱式タバコの利点だ。ヤニ臭さが残る洋服は好まないし、職業柄「いつもの匂い」が体に染み付いてしまうのは避けたい。体臭はできるだけ消しておきたかった。

 真新しいビルが立ち並ぶ虎ノ門のオフィス街。時代の先端をゆく近代的なデザインの小洒落た建築群とは対照的な、昭和の香りの残る雑居ビルの方へ足をすすめていく。

 パリッとしたスーツを着たサラリーマン、日本の政治を支える各省庁のエリートたち。一般的な職業人に比べれば、二段も三段も上の平均給与を稼ぎ出すであろう人間たちの雑踏の背景では、「原発反対」を叫ぶ草臥れた老人たちの声が響き渡る。

 軽食を分け合いながら、威勢よく自分達の正義をどでかい音量で叫ぶ年寄りたちを横目に、黙々と歩みを進めた。手書きらしき毛筆で、自分達の主張を書き殴った横断幕が、ガードレールにぴっちりと固定されているのが目に入る。

「うるせえなあ。原発止めて、その後どうすんだよ。日本国民全員で電気のない暮らしへ戻れってか? 代替案を考えてから叫べよな、全く」

 心の中で悪態をついたつもりが、口に出ていたらしい。男の言葉を聞いた老人の一人が、目を剥いてこちらへ向かってくるのが見えた。

(やべ、目立つなって言われてんのに。またババアに怒られる)

 まるで自分が言葉を発したことなど幻だったかのように、知らん顔をして小走りでその場を切り抜けた。余計な場所で顔を覚えられてはいけない。目立ってもいけない。だが、どうにも自分の性格は、忍者のように生きることには向いていないらしい。

 水彩絵の具で塗ったような色の、藍色の煉瓦の外壁が印象的なビルに到着した。両側から押し込められるような窮屈な幅の階段を登り、四階の事務所の扉を開く。

「おかえりぃ。えーと、今は杉原さんだっけ」

「首尾はどうだ」

「ちょっと、杉ちゃんスモールトークくらいスマートにこなしてよぉ」

「俺は無駄話は嫌いなんだよ」

 デスクチェアの上で足をぶらぶらさせながら、小学生くらいの可愛らしい女の子のナリをした女が頬を膨らませてむくれる。ピンク色の小花柄のワンピースをまとい、頭にリボンの髪飾りをつけたファッションを見て、悍ましいものを見たかのように顔を歪める。

「お前さ、いくら内勤だからって、派手すぎるだろ」

「うるさいなぁ。人の格好なんてほっといてよぉ。私は頭脳労働なんだからいいでしょぉ」

「その喋り方も癇に障る」

「出たでた、お得意のイライラ。ダメでしょぉ。イライラして仕事失敗したら、元も子もないよぉ」

 気だるそうにこちらを振り返った少女は、こちらが問い詰めるような不機嫌な顔をしていたためか、ちょっと怯んだ。そこまで威圧的な顔をしていたのかと多少反省すると、「可愛い女の子に向かって何て顔を」とかなんとか言いながら、カタカタと無機質なキーボードの音を奏でたあと、調査状況を画面に映した。

「A社の方はターゲットと関係を持てたけど、うまく餌には引っかかってくれないねぇ。江戸くんが頑張ってるけど、なかなか尻尾は掴めないみたい。美智子さんのやってるB社はまだ取り組み始めたばかりだし、目立った成果はないねぇ」

「そうか」

 まだ誰も成果を出せていないことは、好ましい状況ではない。だが、どこかほっとしている自分がいた。あれだけボスに息巻いて、自分だけ補助輪をつけられている今の状況が自分としても屈辱的で、なんとしてでも一番乗りで実績を上げたいという焦りがある。

「本丸は杉ちゃんのやってるC社なんだから、頑張んなよぉ。ターゲット、女の子なんでしょ。その高い顔面偏差値をキレッキレに活かすときでしょ」

「……」

「あれ、私またなんかまずいこと言っちゃったぁ?」

 どうやら、顔に出ていたらしい。肺の奥から全ての息を吐き切るような、深いため息を吐く。するとポケットの中で、誰かからのメッセージを告げる短い震動音が響いた。真新しいスマートフォンをそこから取り出すと、緑色のメッセージ通知が画面に出ていた。

『午後七時、また例の店で』

 「笹嶋」からの指令に、スマートフォンを握る手に力が入る。今度こそ失敗することはできない。自分の価値を示すためにも。––––そして。

(さあ、第二ラウンドの始まりだ)


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