蜂蜜色の苦い恋人

橘 志摩

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25.気持ちの吐露と感情の告白と

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 キッチンには鍋を火にかける音と、野菜を刻む音が鳴っている。
 火加減を見つつ、蓋を開けると出汁の中に入れたお米が煮えていた。
 そこへ刻んだネギとキャベツを投入してから再び蓋をした。

 あまり濃い味付けでも風邪っぴきの身体には辛いだろう。
 味は薄めにと心がけて、溶き卵を用意する。

 後ろのベッドからモゾモゾと身じろぎする気配がして振り返ると、まだ寒いのか布団を身体に巻き付ける青葉の姿が見える。
 その姿が可愛く見えて、勝手に笑みが溢れた。

 火にかけた鍋が沸騰を知らせて、今度は卵をその中に投入する。
 後はまた煮立つのを待てばいい。

 火を弱めてから手を拭って、今だ眠る彼の横に向かい、腰をおろした。
 額にてを当てて熱を測るとまだかすかに熱い。
 だが熱は大分下がったようだった。

 額に貼っていた冷却シートはもう随分温くなっている。
 張り替えようとそれを外して新しいものを付けると、彼の睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が持ち上がった。

「………ごめん、おこしちゃった?」
「……陽菜さん……?」
「うん。ごめんね、勝手に上がっちゃって」
「……それは、いいんだけど、…夢かと、思ってた…」
「夢?」

 もぞもぞと動いて、布団から腕だけを出した青葉は額に触れていた私の手を握り締めてそのまま布団の上に置いた。
 瞼を閉じたのはまだだるいのだろう、はあと息をついてから握ったままの私の手の甲に頬をすり寄せた。

「…………青葉?」
「……どうして、来てくれたの、陽菜さん……」
「……黛さんがね、メールくれたの」
「…黛さん…?」
「そう。青葉が倒れたって。病院に運ばれて今は家にいるだろうって」
「……そっか……、あーだから………」

 何かを思い出したように彼は笑って、少しだけ咳をした。

「大丈夫?」
「…ん、平気、ごめん、心配かけて。…会社で熱が出て、帰れって言われたとき、さ」
「うん」
「黛さんが荷物届けてくれて、その時に、カギ、ポストに入れとけって。なんでだろうとは思ってたんだけど、熱で頭回んなくてさ、ただ言われたとおりにしたんだけど、こんなプレゼントもらえるとは思ってなかった」

 俺、彼女にひどいことしたのに、そう続けて、青葉はどこか自重したように笑う。
 その笑顔が痛々しくて、胸が痛んだが、今はその傷を気にしていても仕方ない。

 気持ちを切り替えて、握られていた手をそっと解いた。

「…陽菜さん? …帰るの?」
「帰らないよ。今日は、ここにいる」
「え?」
「…本当は、青葉がこんなことになってなくても、ここに来るつもりだったの。…青葉とちゃんと話したかったから」
「…陽菜さん…」

 驚いたように見開かれた瞳に苦笑がこぼれた。
 仕方ないだろう、私が彼と最後に会った時、私はこの人をひどく批判した。むしろ、今こうして私を受け入れてくれている方が奇跡みたいなものなんだ。

「でも、今は身体治すことだけ考えて。青葉がよくなるまで私はここにいるから」
「…っほ、本当に?」
「うん。こんな嘘つかない。…ね、ご飯食べれる? そろそろご飯食べて薬飲まないと、お粥作ったの。食べれるようならよそってくる」
「…もらう。ありがとう、陽菜さん」
「気にしないでいいから。…私が、したかっただけだから」

 青葉の看病できるのが私で嬉しい。
 そう付け加えてから、ベッドから離れた。
 頬が少しだけ熱い。我ながら照れくさいことを言ってしまったと、少しだけ思ったが、本音は本音だ。

 キッチンに戻るとお粥は出来上がっていて、火を止めてから茶碗によそってもっていった。
 青葉はそれを綺麗に平らげてくれて、薬を呑んでからまた横になった。

 帰らないといったことが彼を安心させたのか、また別なのか、青葉はあっさりと眠りに落ちて、穏やかな寝息をたてている。
 熱はだいぶ楽になったようで、呼吸に乱れもない。
 私も安堵して、食器を片付けた。

 時折冷却シートを変えたり、汗をぬぐったり、そうこうしているうちに夜の遅い時間になって、どこで寝ようかなどと考えていたとき、不意に目を覚ました青葉は一緒に寝ればいいと寝ぼけたような視線でそう言ってきた。

 一緒に寝るのは構わないが、彼は病人で、楽に寝れた方がいいだろうと遠慮したが、結局、「陽菜さんが隣に寝てくれない方が苦しい」と訴えられた言葉に折れた。

 普段より少し熱い身体と腕に包まれて、私もいつしか眠りに落ちていた。


 ◇◇◇◇◇


 窓から差し込む日の光でゆらゆらと揺蕩っていた意識が浮上する。
 瞼を持ち上げると目の前には瞼を閉じて寝息をたてている彼の姿。

 そっとその額に掌を当てると、あれほど高かった熱はすっかり下がっているようだった。

 そのことにホッと胸をなでおろしつつ、朝ごはんの用意でもしておこうと起き上がろうとしたが、抱きしめられている腕の力が強すぎて起き上がることはおろか、寝返りを打つこともできない。

 どうにかしてその腕の中から抜け出そうともがいていたら、さらに強く抱きしめられて、耳元でかすれた声が「どこいくの」と呟いた。

「…ごはん、つくろうと思ってただけ。青葉だって薬飲まないと」
「…まだ、大丈夫だよ。ここにいてよ、陽菜さん」
「青葉が治るまで帰らないってば。…話したいことだってあるって、言ったでしょう。聞いてもらえるまで帰らない」
「…陽菜さん…」
「それに昨日、言ったでしょ。早く治してって。じゃなきゃ困る」
「…うん」

 私の言葉に納得してくれたのか、漸く身体を開放してもらえた。
 少しふてくされたような表情がおかしくて、笑みがこぼれてしまう。
 ベッドから起き上がって、髪の毛をひとつにまとめつつ青葉に熱を測っててと体温計を渡すと、素直に受け取った。

 朝食の準備をしている間に体温計は仕事をしたらしい。
 熱下がったよと彼がキッチンまで顔をだして、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
 辛さから開放されたからだろうと思っていたのはどうやら間違いだったようだ。

 ぴったりと寄り添うように絶たれ、邪魔な事この上ない。
 ぶり返したら大変だから寝ててと言っても彼はいうことを聞いてはくれなかった。

「青葉!」
「もう平気だって。それより陽菜さんがいてくれるなら俺はくっついてたい」
「そういうことじゃなくて…! もう! いいから向こう行ってってば! 私だってお腹減ってるんだから」
「陽菜さん冷たい」
「冷たいとかそういう問題じゃない!」

 そこまで言って漸く離れた彼の姿に一つ息を吐く。
 会えない時間が長かったせいだろうか、彼は以前よりスキンシップが激しくなっているような気がして仕方ない。

 とりあえずはと手早く朝食を作り、二人でそれを食べて、彼に薬を飲ませてから漸く空気が落ち着いた。

 熱を測ってももう異常は見られない。
 ほっとしているところに、彼が後ろから抱きついてきて、心臓が大きく跳ねた。

「青葉!」
「……陽菜さんの話ってさ、…俺にとって、悪いこと?」

 問いかけてきた言葉はひどく静かで、だが、どこかおびえているようにも聞こえた。
 なんの前触れもなく問われたその質問に、やけに緊張してしまって少しだけ息苦しくなったが、それは息を呑むことで耐える。

 後ろから抱き寄せるように回った腕にふれて、ぎゅっと握ってから、私は口を開いた。

「…わかんない」
「え?」
「…私は私の答えを、ちゃんと出したけど。それが…青葉にとっていい知らせと思ってくれるかどうかは、わかんない」
「…陽菜さん…」
「…私は、青葉が好きって答え、出したよ。…だけど、青葉がそのことに喜んでくれるかどうかは、わからないの。…青葉は、私に好かれて、嬉しいって…、まだ、思ってくれる?」

 彼の服を握る腕に力がこもる。
 ぎゅっと瞼を瞑って、彼の答えをまっている私の耳元に、戸惑うような、驚いたような、息を飲む音が聞こえた。



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