上 下
1 / 1

ひどいわ、あなた

しおりを挟む
 
 ハンナは今はとても幸せだ。今日も愛する夫、ダニエルと夜の営みでお互いに愛し合っている。


「あなた、いいわ。もっと頂戴。あなたの愛をもっと……」


「本当にお前はおねだりさんだな。カワイイやつだな、お前は。よし、要望どおりたくさん可愛がってやるとするか」


「ああ、あなた……。いいわ、いいわ。もっと、もっと……」


 ハンナとダニエルはつい最近、結婚したばかりだった。要するに今の二人は新婚ということだ。


 新婚の男女ならば、動物のように体を求めあうのも納得がいく。


 そう、まさに今、二人は動物のようにお互いをむさぼりあっていた……。



 そして……



 二人の激しい愛し合いも終わり、夜も更けてきたころ……



「あなた、今日は本当に激しかったわ。私、もうクタクタよ」


「ああ、そうだな。今日はいつも以上に気合が入ってしまったようだ」


「ああ、それほど私のことを愛してくれているのね、ダニエル。私は嬉しいわ」


「……。それにしても今日は外の月がきれいだな」


「あ、ああ……。そうね。今日は満月だから外もいつもより明るく見えるわね」


 ダニエルはなにか少しだけ真剣な顔をしている。どうしたのだろうか。


「ダニエル? どうしたの。そんな怖い顔して」


「そうか、今俺は怖い顔をしていたのか……。そうか、そうか」


「どうしたのよ、ダニエル。いつものあなたじゃないわよ……」


「いつもの俺じゃない、か……。確かにそうだな」


 ダニエルは含み笑いを作り、私の顔を見つめてくる。


「今日はお前に話があってな……」



「話ですって……。なにか大事な話でもあるのかしら」


「ああ、大事な大事なお話がある。二人の今後に関わってくる大事な話がな……」



「ど、どういうことなの!?」


「正直に言うぞ」


「…………」



「俺はもうお前を愛することはできない。だからこの家を出ていこうと思う」



「な、なにを言っているのよ、ダニエル。あなたは正気なの??」


「ああ、いたって正気だよ、ハンナ。俺はお前をもう愛することができなんだ」


「どうして? 今日はあんなに激しく愛し合ったというのに。どうしてそんなひどいことを言うのよ?」


「ああ、今日が最後の日になると分かっていたから、存分にハンナの体を最後に楽しんでおこうと思ってな。ああ、最後の女と分かってヤルのはやはり格別だったなぁ……」


 ダニエルはにちゃぁといやらしい笑みを浮かべる。彼がそんな顔をしたことは今までで一度もなかった。


「何を言ってるのダニエル!! 冗談もいい加減にして頂戴!! これ以上ふざけたことを言うのならぶつわよ!!」


「ああ、そうか、そうか。俺はぶたれるのか。ああ、それは嫌だなあ」


「そうよ。私は嘘は言わないわよ。これ以上の戯言を言うのなら私はためらわずあなたをぶつ」


「それじゃあ、俺はぶたれたくないから、今すぐにこの家を出ていくことにするわ。じゃあな」


 ダニエルはそう言うと、簡易な服を身に着けてそそくさと部屋から出ていった。一度も後ろを振り返らずに……


「えっ……。ちょっと待って。今もしかして……ダニエルは本当に私の部屋から出ていったの??」


 私は急展開で彼がいなくなったことを、受け入れられないでいる。目の前にある現実が非現実としてしか考えることが出来ない。


「ダニエル!! ダニエル!! ダニエル……」


 私の目からは大量の涙があふれだしてくる。頭では彼が私を置いて出ていったことを理解できていなくても、体は分かっているようだ。涙が止まらない。どんどんと溢れてくる。



「ああああああああああああああああ」



 その日、私は絶望という言葉の意味を初めて知ることになった。

 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...