203 / 266
閑話2 蛍招き
3 不審者と行く怪異道中 2
しおりを挟む「さっき上げた例は顕著な平安期のものだけど、時代が下っても、一部地方で家に訪れる蛍が客人の先触れとされたのは、まず遊離魂の考え方と蛍が魂の表象とされたこと、この二つの延長線上と考えていい」
「……ええっと、つまりそのお客さんの霊が、本人より先に蛍としてやって来るってことですか」
「うん、そういう理屈。でも、その一方で家の中に入ってくる蛍は別の地域では不吉なものとされた。これは遊離魂ではなくて、蛍を死者の魂として見た時に死の穢れがそこにあるからだ。『伊勢物語』の四十五段の『ゆく蛍 雲の上まで 去ぬべくは 秋風吹くと 雁に告げこせ』も死者の魂を蛍に仮託している。日本の二十四節気には腐草為蛍と言って、蛍は腐った草から生じるものという考え方もあった。とはいえ、死者と蛍を結びつけるのに多大な影響を与えたのは、白居易の『長恨歌』、『夕殿に蛍飛んで思ひ悄然たり 秋燈を挑げ尽くして未だ眠ること能はず』という、楊貴妃の死後の宮殿を歌った箇所からだろうねえ」
するすると古典を引用する青年にびっくりする。
単純にこの人がインテリなのか、それとも霊能力者ってそういうことまで求められるのか。
そう思う奈月の視界の端を、ひゅるり、と蛍光の残像が走る。
目で追いそうになったのを堪えると、青年はにっこり笑った。
「そうそう、今は追っちゃダメ」
「は、はい……死んでる魂も、生きてる魂も蛍なんですね」
「うん。ところで、蛍の語源って、火を垂れるというところから、火垂るというふうになったと言われるんだよね」
ああ、と奈月は有名なアニメスタジオの、戦時中を舞台にしたアニメ映画のタイトルを思い出す。
確か、あれの表記はまさに火を垂れると書いて「火垂る」だったはずだ。
「『音もせで 思ひに燃ゆる 蛍こそ 鳴く虫よりも あはれなりけれ』、『声はせで 身をのみこがす 蛍こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ』。どちらも、蛍を詠みこんだ歌で、思ひの掛詞に燃える火を、その縁語として、燃ゆる、焦がすをそれぞれ使用してる。意味としてはどちらも、鳴く虫のように口に出すよりも、無言でその身に留めた思いを光らせる蛍の方こそ思いが強い、というものだけど」
この人に古文見てもらったら国語の成績上がるかもしれない。
そんな考えが奈月の頭を過ぎる。
「でも、蛍の光というのは、ルシフェリンとルシフェラーゼによる、熱を出さないタイプの化学反応によるものだ。なのに、その光は火に仮託される。どうしてそう考えられたんだろうね?」
「……昔の人的には、熱いより、光ることが火だったってことですか?」
月に照らされながら、少し嬉しそうに青年は微笑んだ。
火というのは、ものが燃えて起きるもの。
燃える、燃焼というのは、一般的に熱を伴いながら光り、そして燃えるもの自体はその熱によって大抵朽ちてしまうもの、だ。
そこから熱を取るならば、残るのは光だけになる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる