怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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5-1 夢の浮橋 side A

10 幻惑だったに違いない

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やめろStop!」

がちゃりと皿のふちに手を引っ掛けながら身を乗り出してすぐに反応したのは、息を呑んで動けなくなった純也じゅんやでも、その前に座った紀美きみでもなく、ロビンだった。
完全に英語だったのは咄嗟とっさだったからだろうか。
その凶悪と言っても過言ではない目つきの青が、純也じゅんやに突き刺さる。

「やめて、今すぐ」
「あ、はい……」

ロビンの声と皿の音に気を取られた間に、耳元の声は泡のように消えていた。
純也じゅんやのその様子を見て、安堵あんどなのかため息をついたロビンは座り直す。
そして、皿に引っ掛けたせいで焼き鳥のタレがついた袖口を直人なおとから渡されたおしぼりでぬぐいだした。
直人なおと直人なおとで、幾本いくほんか散らばった焼き鳥の串を拾い集めている。

「……ロビンがそう言うってことは、思い出すのは完全に悪手だねえ。さて、どうしようか」

想定の範囲内なのか、一連の事態に驚くことも慌てることもなく、紀美きみあごに指を添えて、軽く目を伏せた。
その右手に食べさしの砂肝の焼き鳥を握ってなければ、その物憂ものうげな表情はかなり絵になる。

「夢に現れるのはたぶんそう。けれど、今のロビンの判断から、現実でそれを明確に思い出す事がトリガー……今回の場合、受け入れることになる。んん、現状の拒絶が思い出さないことであるとするには、ここまでやつれてるのだから根拠が薄い? それなら現状はなんなんだ……?」

思考の整理を兼ねているのか、ぶつぶつとつぶやき、ゆらゆらと焼き鳥の串の先をわずかに揺らしながら、紀美きみが初めて眉間にシワを寄せた。
それを見ているしかなかった純也じゅんやが、ふと視線を感じて横を見れば、直人なおとが微妙な表情でこちらを見ていた。

「……高橋くん、詳しく話してもらっていい?」
「はい?」

突然のそんなフリに純也じゅんやは首をかしげてしまった。

「トラウマのこと。俺もちょろっと聞いただけだけど、今話してないのそれだけだし、今の紀美きみくんに必要なのは、きっと高橋くんについての前提情報だから」

そういえば、まだ全部は直人なおとにも話してはいない。

「ああ、それは、うん、申し訳ないけど、聞いておきたい。前提如何いかんで事態が変わるのは当然だからね」

直人なおとの発言を聞いた紀美きみは、そう言って聞く態度をかもし出しながら、砂肝をかじり出す。

「ええと、大学の頃の話に、なるのですが……」

どうしても心がにび色におおわれて、きしみ重くなるような感覚に襲われる。
さっきまで食べていた茄子なすの揚げびたしの味の名残なごりが、口中から急速に失われるのを感じた。
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