160 / 266
5-1 夢の浮橋 side A
10 幻惑だったに違いない
しおりを挟む
「やめろ!」
がちゃりと皿の縁に手を引っ掛けながら身を乗り出してすぐに反応したのは、息を呑んで動けなくなった純也でも、その前に座った紀美でもなく、ロビンだった。
完全に英語だったのは咄嗟だったからだろうか。
その凶悪と言っても過言ではない目つきの青が、純也に突き刺さる。
「やめて、今すぐ」
「あ、はい……」
ロビンの声と皿の音に気を取られた間に、耳元の声は泡のように消えていた。
純也のその様子を見て、安堵なのかため息をついたロビンは座り直す。
そして、皿に引っ掛けたせいで焼き鳥のタレがついた袖口を直人から渡されたおしぼりで拭いだした。
直人は直人で、幾本か散らばった焼き鳥の串を拾い集めている。
「……ロビンがそう言うってことは、思い出すのは完全に悪手だねえ。さて、どうしようか」
想定の範囲内なのか、一連の事態に驚くことも慌てることもなく、紀美は顎に指を添えて、軽く目を伏せた。
その右手に食べさしの砂肝の焼き鳥を握ってなければ、その物憂げな表情はかなり絵になる。
「夢に現れるのはたぶんそう。けれど、今のロビンの判断から、現実でそれを明確に思い出す事がトリガー……今回の場合、受け入れることになる。んん、現状の拒絶が思い出さないことであるとするには、ここまで窶れてるのだから根拠が薄い? それなら現状はなんなんだ……?」
思考の整理を兼ねているのか、ぶつぶつと呟き、ゆらゆらと焼き鳥の串の先を僅かに揺らしながら、紀美が初めて眉間にシワを寄せた。
それを見ているしかなかった純也が、ふと視線を感じて横を見れば、直人が微妙な表情でこちらを見ていた。
「……高橋くん、詳しく話してもらっていい?」
「はい?」
突然のそんなフリに純也は首を傾げてしまった。
「トラウマのこと。俺もちょろっと聞いただけだけど、今話してないのそれだけだし、今の紀美くんに必要なのは、きっと高橋くんについての前提情報だから」
そういえば、まだ全部は直人にも話してはいない。
「ああ、それは、うん、申し訳ないけど、聞いておきたい。前提如何で事態が変わるのは当然だからね」
直人の発言を聞いた紀美は、そう言って聞く態度を醸し出しながら、砂肝を齧り出す。
「ええと、大学の頃の話に、なるのですが……」
どうしても心が鈍色に覆われて、軋み重くなるような感覚に襲われる。
さっきまで食べていた茄子の揚げ浸しの味の名残が、口中から急速に失われるのを感じた。
がちゃりと皿の縁に手を引っ掛けながら身を乗り出してすぐに反応したのは、息を呑んで動けなくなった純也でも、その前に座った紀美でもなく、ロビンだった。
完全に英語だったのは咄嗟だったからだろうか。
その凶悪と言っても過言ではない目つきの青が、純也に突き刺さる。
「やめて、今すぐ」
「あ、はい……」
ロビンの声と皿の音に気を取られた間に、耳元の声は泡のように消えていた。
純也のその様子を見て、安堵なのかため息をついたロビンは座り直す。
そして、皿に引っ掛けたせいで焼き鳥のタレがついた袖口を直人から渡されたおしぼりで拭いだした。
直人は直人で、幾本か散らばった焼き鳥の串を拾い集めている。
「……ロビンがそう言うってことは、思い出すのは完全に悪手だねえ。さて、どうしようか」
想定の範囲内なのか、一連の事態に驚くことも慌てることもなく、紀美は顎に指を添えて、軽く目を伏せた。
その右手に食べさしの砂肝の焼き鳥を握ってなければ、その物憂げな表情はかなり絵になる。
「夢に現れるのはたぶんそう。けれど、今のロビンの判断から、現実でそれを明確に思い出す事がトリガー……今回の場合、受け入れることになる。んん、現状の拒絶が思い出さないことであるとするには、ここまで窶れてるのだから根拠が薄い? それなら現状はなんなんだ……?」
思考の整理を兼ねているのか、ぶつぶつと呟き、ゆらゆらと焼き鳥の串の先を僅かに揺らしながら、紀美が初めて眉間にシワを寄せた。
それを見ているしかなかった純也が、ふと視線を感じて横を見れば、直人が微妙な表情でこちらを見ていた。
「……高橋くん、詳しく話してもらっていい?」
「はい?」
突然のそんなフリに純也は首を傾げてしまった。
「トラウマのこと。俺もちょろっと聞いただけだけど、今話してないのそれだけだし、今の紀美くんに必要なのは、きっと高橋くんについての前提情報だから」
そういえば、まだ全部は直人にも話してはいない。
「ああ、それは、うん、申し訳ないけど、聞いておきたい。前提如何で事態が変わるのは当然だからね」
直人の発言を聞いた紀美は、そう言って聞く態度を醸し出しながら、砂肝を齧り出す。
「ええと、大学の頃の話に、なるのですが……」
どうしても心が鈍色に覆われて、軋み重くなるような感覚に襲われる。
さっきまで食べていた茄子の揚げ浸しの味の名残が、口中から急速に失われるのを感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる