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7章

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「チャ…チャラ男!?」

「へうっ!?」

「店ででけー声出すなー」

「いやだってあの志麻ちゃんが…娘が…」

「相手の正体だけで動揺しすぎだろおっさん…」

 志麻が彼氏できましたよ報告をした別の日。彼氏の正体を話していた。

 その日も昼休憩でカフェに訪れていた杉村の反応だ。辻本は落ち着いてコーヒーを飲んでいた。

「まぁまぁ杉村さん…。ここは喜ぶ所でしょ、大事な娘にいい相手が見つかったんだから。夜の人だから、なんて偏見持たない」

「そ、それはそうだけど…つじもっちゃんよく落ち着いてるね…」

「志麻ちゃんが大事だからこそ、ね。でもまぁ…もし志麻ちゃんを泣かすようなことしたら────タコ殴り一択だな」

「辻本さん過激派かよ」

 慶司は杉村の分のコーヒーを注ぎながら頬を引くつかせた。これはどう見ても辻本の方が志麻ガチ勢だ。

「そっか、そうだよな…。俺も現実見よっと。志麻ちゃんおめでと!」

「ありがとうございまーす」

 志麻は照れ笑いを浮かべながら食器の片付けに入った。

「…に、しても。慶司残念だったな。嫁さん候補がいなくなって」

「なんじゃそりゃ。元々そんなモンないし、あってもアイツを入れる気はないね」

「またまたそんな強がっちゃって~。志麻ちゃん要領いいし気がきくし可愛いじゃん」

「いやいや。アイツ、テンパるとひたすら焦ってミス多いぞ?」

「そうなの?」

 慶司は近くの布巾で濡れた手を拭うと、袖をまくった。

「おう。それに料理は大してできないしムダに用心棒になるし…」

「用心棒? それはいいとこじゃね? …いや待ってそれどゆこと?」

「あーアイツ、アニメの見すぎで普通と動きが違うんだよな。この前、店の入り口でふらついてる怪しいおっさんがいてよ。通りかかった女子高生2人に急に絡みやがって、警察でも呼ぼうかと思ったらアイツ真っ先に店から出やがって。しかも俺の手伝いを放り出してな。そんでおっさんの手を振り払って女子高生を店の中に避難させてた」

 なんでもないかのように話す慶司のことを、杉村と辻本はギョッとした顔で固まった。

「そ、そんな志麻ちゃん強気なんだな…。ただ可愛いだけじゃない…」

「残念。まだ終わらんぞ」

「え」

「今度はおっさんが店の中に入ろうとしてな。俺に警察呼べってアイツは怒鳴って、おっさんの動き阻止して外に追い出した。こっからは見てた女子高生に聞いたんだけど、どうもアイツは抱きしめられそうになって肘打ちをくらわせたんだってよ。それだけで終わらんから飛び蹴りでみぞおちをくらわせたってさ」

「お、おう…」

 話が終わる頃には2人の顔は青ざめていた。慶司に反撃するところなら見たことあるが、そんなに動けることは知らなかった。

「マジか…。そんな強いコだったのか…」

「アニオタなのはツッコまないんかい」

「そこはいい! 今ツッコむとこ違う!」

「別ににいいけど。そっからすぐ警察が来て、気絶したおっさん回収していったんだけど。アイツはひたすらかわいこぶって、ワケわからず殴ったら気絶したって正当防衛風にほざいてた。抜かりないヤツだ…」

「志麻ちゃんを見る目が変わりそうだ…」

 男3人は、食器洗いから戻ってきた志麻のことを、恐れながら見た。



「もー。杉村さんと辻本さんになんてこと話すんですか。しかも誤解を招きそうな表現つきで…」

「いいじゃんか。か弱い女子高生を守ったヒーローなんだからよ。おかげであの2人、ちょこちょこ来るようになったしよ」

「プチ常連ゲットやった~…ってそういう観点じゃないでしよ!」

「あーもうはいはいわかった」

 その日の営業を終え、片付けをしていた。話題は、会計を済ませて帰る時の杉村と辻本の様子。

 志麻は暴露されたことを初めて聞き、テーブルを拭いていた台拭きを、カウンター内の慶司に投げつけた。

 あっさりと受け取られたそれは、慶司が手元の流し台でジャバジャバと洗う。

 志麻は各テーブルのナプキン、トイレ内の洗面所のつまようじや歯間ブラシを補充した。

 洗面所の用意は志麻が提案したものだ。彼女が以前訪れた、女性店員で営まれているカフェがそうなっていた。きっとデート中に訪れたカップルのためだろう。これはいい! と思い出して真似させて頂いた。

(私も気をつけなきゃ…。彩葉とのデート中…)

 洗面所で自分を見つめ、彼女は1人で顔を赤くした。

 ぶっちゃけ、夜の仕事をしている彼とのデートは難しいが。慶司にも言われたばかりだ。

(ま、まぁこれからだよね…)

 鏡の前で両手で頬をパシッと叩き、トイレを出た。
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