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5章
6
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古城に個人的に好かれたかったのだけど。
その思いは虚しくも届かなかったらしい。もしくは気づかないフリか。
どっちにせよ、自分は選ばたいと思ってはいけない。
古城にはもう、運命の相手がいる。
志麻は彼の手を取って距離を取った。
「あ、ごめん…つい」
「大丈夫です。嫌じゃなかったから」
不安げに表情を戸惑わせた古城を安心させるように首を振る。
「古城さん。余計なおせっかいですけど…有栖川さんのこと、はっきりしてあげて下さい。姉御は待ってますよ」
そして数歩離れ、頭を下げた。これ以上笑顔を保とうとしたらまた涙がこぼれそうだ。2回目は見られまいと、志麻はかすかにほほえんだ。
「長い間、ホントにお世話になりました。どうかお幸せに────」
「ミタちゃんもだよ!」
「…え?」
「ミタちゃんも幸せにしてもらいなよ! 俺なんかと違って好きだってストレートに言える人に!」
「はは! 古城さん最後までイタい!」
思い切り笑ってしまえ。そんな餞別の言葉、泣いてしまうに決まってる。
志麻は軽く会釈だけして背中を向けて歩きだした。
(あたしはもう、充分幸せですよ…。皆にかわいがってもらえて愛されて────)
カランコロンと音がしてドアが開く。
辻本はコートの襟をしっかりと立てていた。
3月に入ったが寒さはまだ厳しい。
午後6時。カフェ『慶』はもう閉店時間だが、この日は特別に営業中だ。
辻本の妻が今夜は同窓会で、それだったらここで晩ごはんを食べていけばいいと、昼間に慶司が提案したのだ。それを聞いていた志麻も参加するといって残業を決めた。
「…ごめんな慶司────」
カウンターの中にいる青年に謝るように顔の前で手を出したら、彼は唇に人差し指を当てて視線をカウンター席の隅に向けた。
「志麻ちゃん?」
ささやくような声で問うと、慶司はグラスを拭きながらうなずいた。
視線の先には、カウンターテーブルに突っ伏して眠っている志麻の姿があった。
「今日は客が多かったからな…。さすがのコイツでも疲れてんだろ。最後の客が帰ってからずっとこうだ。しょうがないヤツだな…ったく……」
口は悪いが声の調子と表情が優しい。
傍から見たら恋人同士に見える。
辻本はイスにバッグを置き、コートを脱いで背もたれにかけようとして────思い直して志麻の元へ静かに歩み寄り、彼女の肩にかけてやった。
その時、わずかに彼女の口角が上がった気がした。表情もおだやかだ。
(…夢でも見てる?)
静かに寝息を立てている彼女の頭をよしよしとなでた。
一部始終を見ていた慶司は口の端を上げる。
「なんだよお父さん発揮してんじゃん」
「可愛い娘だからな。風邪ひかせちゃダメだろ」
「いやいや。三田園さんはそんなヤワじゃないだろ」
「お前な…」
変わらない慶司の憎まれ口に呆れつつ乾いた声で笑った。
その思いは虚しくも届かなかったらしい。もしくは気づかないフリか。
どっちにせよ、自分は選ばたいと思ってはいけない。
古城にはもう、運命の相手がいる。
志麻は彼の手を取って距離を取った。
「あ、ごめん…つい」
「大丈夫です。嫌じゃなかったから」
不安げに表情を戸惑わせた古城を安心させるように首を振る。
「古城さん。余計なおせっかいですけど…有栖川さんのこと、はっきりしてあげて下さい。姉御は待ってますよ」
そして数歩離れ、頭を下げた。これ以上笑顔を保とうとしたらまた涙がこぼれそうだ。2回目は見られまいと、志麻はかすかにほほえんだ。
「長い間、ホントにお世話になりました。どうかお幸せに────」
「ミタちゃんもだよ!」
「…え?」
「ミタちゃんも幸せにしてもらいなよ! 俺なんかと違って好きだってストレートに言える人に!」
「はは! 古城さん最後までイタい!」
思い切り笑ってしまえ。そんな餞別の言葉、泣いてしまうに決まってる。
志麻は軽く会釈だけして背中を向けて歩きだした。
(あたしはもう、充分幸せですよ…。皆にかわいがってもらえて愛されて────)
カランコロンと音がしてドアが開く。
辻本はコートの襟をしっかりと立てていた。
3月に入ったが寒さはまだ厳しい。
午後6時。カフェ『慶』はもう閉店時間だが、この日は特別に営業中だ。
辻本の妻が今夜は同窓会で、それだったらここで晩ごはんを食べていけばいいと、昼間に慶司が提案したのだ。それを聞いていた志麻も参加するといって残業を決めた。
「…ごめんな慶司────」
カウンターの中にいる青年に謝るように顔の前で手を出したら、彼は唇に人差し指を当てて視線をカウンター席の隅に向けた。
「志麻ちゃん?」
ささやくような声で問うと、慶司はグラスを拭きながらうなずいた。
視線の先には、カウンターテーブルに突っ伏して眠っている志麻の姿があった。
「今日は客が多かったからな…。さすがのコイツでも疲れてんだろ。最後の客が帰ってからずっとこうだ。しょうがないヤツだな…ったく……」
口は悪いが声の調子と表情が優しい。
傍から見たら恋人同士に見える。
辻本はイスにバッグを置き、コートを脱いで背もたれにかけようとして────思い直して志麻の元へ静かに歩み寄り、彼女の肩にかけてやった。
その時、わずかに彼女の口角が上がった気がした。表情もおだやかだ。
(…夢でも見てる?)
静かに寝息を立てている彼女の頭をよしよしとなでた。
一部始終を見ていた慶司は口の端を上げる。
「なんだよお父さん発揮してんじゃん」
「可愛い娘だからな。風邪ひかせちゃダメだろ」
「いやいや。三田園さんはそんなヤワじゃないだろ」
「お前な…」
変わらない慶司の憎まれ口に呆れつつ乾いた声で笑った。
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