Eternal Dear 9

堂宮ツキ乃

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2章

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 アジト内の麓の部屋。あの後彼女は零に運ばれてベッドに横たわった。そばで零がずっと見守っている。その表情は何よりも麓が心配で気が気でない、というもの。膝の上で組んだ手に力がこもった。

「…平気ですから。部屋に戻って下さい」

「麓殿…! 何があったのだ…」

 目覚めた麓が声を発し、零は腰を浮かせた。そんな彼に近づくなとでも言うように弱々しく手を上げてみせる。

「何もありませんから」

「どこも平気には見えぬ。肌が青白いぞ」

 零はいたわるように目を細め、麓の手を握った。もう冷たいとは思わない彼の手。優しい手つきでふれられると頑なにしている心がとけそうだった。麓は必死に警戒心を強め、零の手を弱々しく払う。

「…大丈夫ですから。お気になさらず」

 しかし彼は麓からはなれることはなく、彼女の頬をそっとなでた。壊れ物を扱うように優しく。

「…強がらなくていい。私はそなたのことが心配なだけだ。つらい時は頼るといい」

 零はゆっくり笑むと麓の前髪をかき分け、頭をなでる。

「…そなたは以前とは変わった。美しさに磨きがかかったようだ」

 どう反応したらいいか分からず麓は零から顔をそらそうとしたが、零は麓の頬に手を当てて動きを止める。無理矢理動けば彼の手に頬がめりこみそうなので、麓はおとなしくじっとした。赤い瞳と紅梅色の瞳がぶつかる。

「────そなたには好いている相手がいるのか?」

「いきなりなんですか…」

「以前、”恋をすると綺麗になる”と聞いたことがあるのだ」

 零は麓の瞳の奥をのぞきこむように見つめていた。心の奥を見透かそうとするような視線。麓の脳裏に凪が浮かんだ。

「やはり…いるのか? そなたは天神地祇の紅一点であるし、迫られることがあるのではないか?」

「…ありません」

「そうか。ヤツらはそなたの魅力を分かっていないのだな。私がそなたのような女子おなごに出会えたのは実に100年ぶりくらいだ」

 女。100年ぶりくらい。その2つのワードを聞くと麓には思い当たる人物がいる。遠い目をした零に、気づけば麓は自分から口を開いていた。

「それって…雷さんですか?」

「そうだ。よく分かったな。…天神地祇だから当たり前と言えば当たり前か。凪殿や蒼殿がいるから」

 何気なく話す零。反対に麓の心は締め付けられていく。”雷”という名前を出すのも心苦しかった。

「雷殿はじゃじゃ馬で戦闘能力も高いが時々娘らしいところが見受けられる。好きな男の前ではたちまち借りてきた猫のようになるのがかわいらしかった。それを見た凪殿がつまらぬそうにしているのもおかしくてたまらない…」

 零はニヒルに笑んだ。麓は今度こそ零に背を向ける。目の前の壁の葉ながら模様をにらんでいるとにじんできた。さっきまで零にふれられていた頬に熱いものが伝わった。

「凪さんのこと、バカにしないでください。あの人は好きな人を取り戻すためにここで戦っているんです。その人と結ばれるかなんて分からないのに…」

 自分でも驚くほど張りのある凛とした声だった。涙を流しているというのに、声は弱くなったりか細くならなかった。

 少しでも強くなれたのだろうか。入学したての頃よりも。



 麓が背を向けて寝入った頃、零はアジトの広間の玉座で頬杖をついていた。

 彼女の部屋に行った後にアジト内を歩くと物足りなさに襲われる。白と黒しかない周囲。今まではそんなことを感じたことはないのに。むしろこれでいいと満足していた。

 それだけ彼女の部屋を飾り立てることができたということだろうか。麓の部屋を設計した者や装飾した者たちも活き活きとしていた。そんな表情は見たことがなかった。

(どうしたらいいものか…か弱い体を持ちながら意志が固い娘。簡単には堕とせなさそうだ。想い人がいるようだしな)

 零は麓の反応を見逃さなかった。一瞬だけ息を呑み、わずかに目を見開いて動きを止めたことを。頬を染めるということはなかった。青白くなってしまった肌が血の気を取り戻さなかったということは、彼女には叶わない相手なのか。

 相手は誰なのか。やはり身近な天神地祇の中の1人か。おとなしい彼女はきっと、優しく包み込んでくれる穏やかな人を好んでいると思う。荒っぽい凪や腹黒な蒼は眼中に無いだろう。

(私は────どうであろう…)

 彼女には散々拒絶されている。それでも零はめげない。彼女を手に入れないと気が済まなさそうだった。

 やっと出会えた女だとすら思った。手の内に入ったらどんなに優越に浸れるだろう。

 麓のことを考えると安らかな気持ちになる。特に麓がまだ零の正体を知らなかった頃のこと。

 初めて会った時は雨だった。雨の中の零に彼女は自身の折り畳み傘を貸してくれた。

 それから時々学園に侵入して彼女に会った。彼女の笑顔を見るその度に自分の黒い部分が癒されていくような気がした。

 重くなってきたまぶた。玉座でリラックスしているといつも睡魔に誘われる。麓が来てからはかなり。



 零が今夢の中にいると分かったのは、アジトにはないはずの草原が足元に広がっていたから。風でそよそよと揺れている。

『神様』

 後ろから聞こえた声に振り向くと、いつの日かにも見た、夢の中の少女だった。

 薄紫の髪を横で高く束ね、橙色の花を一輪、手にしてほほえんでいる。彼女の髪もやわらかく揺れている。

 以前見た時よりも彼女は成長していた。子どもらしいまんまるな瞳は落ち着いた光を宿している。

『また悪いことしたの?』

 悪いこと────? 零は首をかしげたが彼女に気にした様子はなく、1人で続ける。まるで零を透かして別の人物と話しているかのように。

『悲しんでる人、いっぱいいるよ…?』

『他人なんざ知らん』

 しわがれた声。それは零のものではない。しかしそれは零が発している物だった。零は知らない声を発する自分の喉に嫌悪し、両手で掴んだ。

 汚い。零は顔をゆがませた。自分は美しい者を愛している。そしてまた自分も美しい存在だ。

『神様は本当にそれでいいの? 遊んでいるみたいに楽しいの?』

『せや。ガキには到底理解できんお遊びや。…こんなん聞いてどうするん? ”お願いだからやめて”なんて、この”神様”にお祈りするんか? ん?』

 零の意識とは反対にしわがれた声と慣れない口調で言葉が紡がれていく。彼は額に汗を浮かべた。いらただしい。こんな夢、早く終わらせてしまいたい。

 少女は相変わらず零の様子を気に留めることなく、明るい表情で花を胸に寄せた。

『そういうわけじゃないよ。確かにこれは以上、都に災厄が降りかかるのは嫌だけどね…。でも、あたしは負けないよ』

「ん…?」

『どれも怖いよ。避けられるなら避けたいよ。皆はどこかのお山の12人の巫女にお願いするって言ってたけど…それでも私は行かない』

「人間の考えることはよう分からんわ」

『いつかきっと分かるよ。人間のしなやかな強さを────』

 彼女は人間だ。精霊独特の美しさはない。それでも美しいと認めてしまう自分がいた。

 それは少女の心。

 純粋な考えは麓と似ている気がしないでもない。髪色も長さも違うが、段々と少女と麓が重なっていくようにも────。



「…様! 零様!」

 部下の声で目覚めた零は、ずり落ちていた体を起こして玉座に座り直した。同時に部下は零と距離をとって膝間づいた。

 彼の黒装束はところどころ切れている。敵に切られたのか。よく見ると髪の毛も暴れている。連日の戦闘の疲労も顔に刻まれていた。零は目をこすって報告を待った。

「朗報にございます。天神地祇が残り3人となりました」

 その言葉で零は肘置きの上で頬杖をつき、片頬を上げて満足そうに笑む。

 やはり天神地祇よりもの方が上だったのだ。実力も人数も。

 能力が高い精鋭ぞろいと言っても所詮は少人数。多勢のこちらに勝てるはずがない。

「よくやった。引き続きヤツらを徹底的にやれ」

「はっ」

「だが…凪殿には手加減するように。ヤツは残っているだろう?」

「えぇ、お察しの通りです。後は黒髪の拳銃使いと水色の髪の者です」

 部下は”まだ戦闘は続いておりますので”と短く告げて頭を下げ、零の前から立ち去った。

 零は姿勢を崩し、目を細めた。

「ほう…彰殿に蒼殿。やるな」

 意味ありげにつぶいた零は懐から小さな巾着を取り出し、その中から鍵を出した。赤い肘置きの下にある鍵穴に差し込んで回す。

 すると隣の肘置きの下にある棚がわずかに飛び出た。

 中には緑と青と黄色の3つの玉が、小さなクッションの上に乗せられている。玉はそれぞれ自ら光を放ってゆらめいている。玉が生きているように。

 これこそが精霊の魂の結晶。

 地震の精霊、ふるえ

 雨の精霊、しずく

 雷の精霊、雷。

 3人とも世代は違うがいずれも”天”で能力の高い精霊で、能力は並の者よりも高い。その分も結晶も美しく輝く。

 零はその3つを掴んで巾着の中に収めて懐へ戻した。

「…凪殿だけは私が殺る。あの男だけは、な」

 彼は立ち上がった。それは何か起こる前触れでもある。
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