Eternal Dear 9

堂宮ツキ乃

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6章

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 天神地祇は帰る場所へと戻ってきた。

 出迎えた寮長は今までになく泣いた。アマテラスは事後処理のために”天”に残るようだ。

 一同は晩御飯を終えて就寝時間になると、それぞれの部屋に戻った。凪の天敵であった彰は引き続き風紀委員寮に滞在しているが、2人の間にいざこざが起きることはなかった。長い戦いの間でお互いに変わったこともあるのだろう。

 何はともあれ、風紀委員寮は久しぶりに笑顔に包まれた。



 麓は自室でリラックスしながら読書していた。

 ゆっくりと湯舟につかり、着慣れた寝巻きとここに来てから買った打掛をまとう。こちらに帰ってきて今までの生活リズムに戻ると、すぐに体の調子がよくなった気がする。こんな風に体を長いこと起こしていられるのは久しぶりだ。

 ページをめくるとノック音がし、返事をした。寮長かと思ったら顔をのぞかせたのは凪だった。

「ど…どうされました!?」

 飛び上がった麓はわなわなと震え、胸が高鳴り始めるのを感じた。凪のことを見るだけでもドキドキして見つめていられなくなる。

「悪ィなこんな時間に。ちょっといいか?」

 凪を部屋に招き入れ、テーブルを挟んで座った。麓は正座し、凪はあぐらをかいている。

 2人でこうして話すのは久しぶりだ。最後に話した時は気まずく終わってしまったから。

「体調はどうだ?」

「とてもいいです。やっぱり好きな場所にいられるのはいい薬です」

「そっか。よかった…」

 凪は時々視線をそらしたり、足を組み直している。緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。

 彼は頬を人差し指の先でかきながらポツリとつぶやいた。申し訳なさそうにうつむいている。

「えっと…いろいろとすまなかった。ごめん。おめーにだけ今回のこと詳しく話していなかったり…変な態度取ったり」

「大丈夫です。もう気になさらないでください」

 麓としてはあの凪が弱音を吐く姿を見ることができたから充分だ。彼に無理して強がっていてほしくない。

「それと…」

 凪は手を下ろして顔を上げると、少しだけ厳しい顔をした。

「おめー、禁断の技を使ったんだって?」

「うっ…」

「おめーのクラスメイトとかアイツらから聞いた。忙しくておめーに直接言う暇がなかった。まずは、俺のことを助けてくれてありがとう」

「いえ! 本望です…」

「使わない約束じゃなかったっけ」

「はい…」

 問いただす凪の声と目。こんな状況で黙っていられるわけがない。麓は頭を下げて平謝りをした。

「ごめんなさい…」

「うん」

 うなずいただけの彼。顔に厳しさはなかった。本気で怒り出すかと思いきや、そうではなかったらしい。小さじ一杯分、安心した。あの時凪を助ける道を選んで本当によかった。

「あの、凪さん」

「ん?」

 正直にさきほどのことは答えられた。だったらこれも────。

「ごめんなさい。私、雷さんのことをひなさんから聞いてしまいました。すみませんでした」

「あ? いいよ別にそんなこと」

「だって好きな人────」

「違う違う。もうないから」

 顔の前で手を振った凪は”ありえない”と言いたげな表情を浮かべた。それから懐かしむような声になった。

「アイツのこと、確かに好きだったよ。でも今は吹っ切れてる。友人として大切、だな。それに────」

 凪はフッと優し気な表情になり、麓のことをまっすぐに見つめた。

「今は…おめーのことしか見てないから」

「────え? 今なんと」

 そんな言葉が凪から飛び出てくるものだろうか。麓がきょとんとすると、凪は歯を食いしばって頭をかきむしった。

「1回で聞き取ってくれよこんなこっ恥ずかしいモン! あーもういい、この際全部言うわ! 今はおめーのことばっかチラついてしゃーねェんだよ! 挙句の果てにおめーが山に帰った時”凪さんなら…”とか言ったヤツ! こちとら動揺を隠すのに必死だったんだぞこの鈍感女!」

「ひえぇ…!」

 ギャーと喚いた凪はゼーハーと息を切らしている。おまけにその顔は真っ赤だ。彼の言った意味が分かってきた麓も。

 それもそのはず。

 絶対に手に届かないと思っていた相手から告白されるなんて。夢を見ているような気分だった。こんな幸せな夢を見てもいいのだろうか。

 静かになった凪は立ち上がり、窓辺に寄った。

「…なんでまた俺は、こんな鈍感で歳下の娘にホレたのかね」

「そんなこと聞かれてましても」

「いや、いいんだ。…ちょっとこっち来な」

 手招きされて麓も立ち上がると、凪に腕をつかまれて引き寄せられた。彼の胸の中にすっぽり収まっている。

「なっ凪さん!」

「驚くこたねェだろ。初めてじゃないんだから」

 降ってくる低い声。高めの体温。凪がさっき言ってた”あの時”と同じ感覚。

(すっごくドキドキする…)

 激しい胸の高鳴り。それは凪も。耳を当てた厚い胸板から伝わってくる。

 あの時は凪のことを今のように見ていなかったからこんなことはなかった。だから自分の腕を彼の背中に回そうとも思わなかった。

 でも今は────麓の腕は勝手に動いていた。この人と離れたくない、失いたくない、と。

「…珍し」

 凪が笑うのが分かった。低い笑い声が麓の体にも響く。顔を上げると頭をなでられ、髪をサラサラとかき分けられる。さっきドライヤーで乾かしたばかりの銀髪。

 彼は金眼を細めて眉を下げた。

「俺のせいだな…」

「そんなことないです! この髪も結構気に入ってますよ」

「おめーがよくても俺は嫌だ。前のが好きだから」

 凪の腕に力が加わった。強く抱きしめられれ、息をするのも苦しくなる。麓は身じろぎした。

「凪さん、そろそろ…」

「あ、ごめん」

 彼は慌てて麓を腕から解放した。

 麓が首を振って物足りなさそうな顔をすると凪は困ったように頭をかいた。やっとさっきの赤面が落ち着いたところなのにまたほんのり色づく。

 麓は期待の眼差しで凪のことを見上げていた。確かに苦しかったけど離してはほしくなくて。その力強さの分、彼に愛されているんじゃないかと思えて本当は嬉しかった。

 でも自分から近付くのも積極的で引かれるんじゃないかと遠慮がちになる。抱きしめてほしいとも言えず。

 麓は麓で何もできずにいると、凪にアゴに手を添えられて彼の顔が近づいてきた。



 そっと、おそるおそる。麓を怖がらせないように。凪は彼女の桃色の唇にふれた。

 初めてふれた彼女の唇は柔らかくて。甘ささえ感じた。自分の高い体温で彼女と溶け合いそうだ。

 始め彼女は驚いて固まっていたようだが、徐々に凪に身を委ねていった。

 やがて後頭部に手を添え、距離がさらに縮まる。密着した体は熱を持ち、互いの鼓動がシンクロする。こんなに心臓が喜んで高鳴るのを感じたことはない。しばらくは止まないだろう。

 麓の口が開きかけた時、凪は唇を離したが彼女と至近距離で額を合わせた。

「────?」

 この距離でも聞き取れるか否かの声量で麓に問うと、彼女はとろんとした目でかすかにうなずいた。小さく開いた唇は見たことのない艶やかな彼女だ。そういうこと・・・・・・を知っていたのかと半分驚いたが、もう彼女を愛したくて仕方がない。我ながら単純でバカな男だと呆れる。

 彼女をベッドに運んでゆっくり下ろすと、恥じらいがちに枕で顔を隠して凪を上目遣いで見つめた。どうやら自分は大胆な要求に答えてしまったという自覚が湧いてきたらしい。

 あぁ、可愛いものだ。凪は麓に覆いかぶさって、今度は深いキスに没頭した。
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