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7章
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「どこ行くんですか?」
「ついてからのお楽しみ~」
新幹線の席に並んで座った麓と凪。先程からずっと詰め寄っているが彼は飄々とした態度で真面目に答えない。
「新幹線に乗るってことは県外ですよね?」
「どうだろうな?」
「もうっ。はぐらかさないでください」
麓が頬を膨らますと、凪は笑って彼女の頬をつついた。ほぼ同時に次の停車駅は京都だというアナウンスが流れる。先ほど名古屋で乗り換えたばかりだ。
乗車人数はまばらだった。それもそのはずで時刻は午前5時過ぎ。日の出を迎えたばかりでほんのりと明るい。
先週凪の学園帰りに彼に、”来週末は空けておいてくれないか”と頼まれた。きっとどこかに出かけるんだろうと思って行先を聞いたが先ほどと同じ答えが返ってくるだけ。
まぁ、彼の言う通り着いてからのお楽しみでもいいか。麓は窓枠に手をかけて外の景色に見入った。
新幹線には初めて乗った。市電や電車とは比べ物にならないほど速い。窓から見える景色は楽しむ暇もなくあっという間に変わっていく。停車駅も少なく、次の駅まで十何分と開く。
「凪さ────」
窓から目を移すと、彼は目を閉じている、いつの間にか寝ていたらしい。唇が半開きだ。
麓は仕方なさげにほほえみ、穏やかな彼の寝顔をしばらく見つめていた。
その彼の腕にはブレスレットはもうない。
露に凪に話があると言われて2人を会わせたら、彼女は海竜剣に会いたいと言い出した。
「会う? …ほら」
凪は海竜剣を召喚して露に持たせようとした。その前に海竜剣が煙に包まれ、人の姿となって露の脇に手を入れて持ち上げていた。普段無表情な彼女も驚いた顔で足をジタバタとさせた。
「はっはっは! 久しぶりだ、降雨機の精霊よ!」
「ちょっと…下ろして…!」
「そなたはほんに軽い。幼子のようで可愛いのう!」
「子ども扱いしないで…!」
露がムッとすると彼は下ろし、凪と麓に向かってひざまづいた。2人は驚きと何が起こったのか分からず、目を丸くして立ちすくんでいた。なぜ刀が急に人の姿になったのか。
「お初にお目にかかる。我は海竜剣の付喪神。元々は前波の海竜であった。訳あって刀となっていた」
「…あぁ、理事長が話していた…」
「うむ。誤って刀を飲み込んでしまったのだ。そしたらなんとも解せぬ、刀に取り込まれてしまった。最近は長く時が経って人の姿を取ることができるようになったのだ」
「…彼が2人を助けてくれた」
先ほどまで付喪神に”高い高い~”と遊ばれていた露がいつもの表情になり、天災地変のアジトでのことを話した。その頃は天災地変たちの処分の事務作業の手伝いで露も忙しく、またすぐに下界に戻れなかったので説明が遅くなったと謝った。
「そうか…それはありがとう」
「ありがとうございました」
付喪神は立ち上がり、2人の前で腕を広げた。
「礼はいらぬ、当然のことよ。主も姫君も元の姿に戻って何より」
「姫君?」
「主の想い人であるからな。ほんに可愛らしくもあるしの」
「そ、そうですか…」
凪とは似ていない快活な笑い方に不覚にもときめく。付喪神は初めて会った人相手でもずけずけと踏み込んでいけるタイプだ。そして踏み込まれても嫌な気はしない。
短い銀髪に袖のない和服。やはり持ち主の凪と同じく和を愛しているのか、それとも日本刀だからなのか。
彼が元々海竜だったなんて信じがたい。正直彼から海の要素は感じられない。
「主よ、我を開放してくれぬか。我は前波の海の主。元いた場所に帰って前波を守りたいのだ」
「そ…うだよな…」
凪は付喪神────もとい、海竜の事情について分かるがあっさりと手放すのにはためらいがあると言いたげな表情。麓も複雑そうに凪のことを見上げた。
長いこと海竜剣で戦ってきたので思い入れもあるだろう。それに彼は武器化身の持ち主だから能力は保持していない。自分を自分で守らなければいけなくなる。
「主は強い。かつて我が人間だった頃よりも」
「人間だった?」
「あぁ。中将だった時代もある。恐ろしい妖を相手にもした。しかし主は我よりも腕力がある」
海竜は凪の手を取って両手で握った。凪のことを”主”と呼び慕っている割には友人のような接し方だ。
「私も…海竜は海に戻った方がいいと思う。いるべき場所は誰にでもある。もう────敵はいません」
露が遠慮がちに口を開いた。彼女は海竜の気持ちを汲みたいらしい。彼女の言葉に海竜が深くうなずいた。凪は戸惑いがちにそれもそうだなとつぶやき、海竜の手を握り返した。
「分かった。今まで長いことありがとな…。きっと望まない相手も斬らせてしまった。すまん」
「我は気にしておらぬ。主の信じる道をついて行きたくて今日まで来たのだ、本望だ。そんなことは言わないでくれ」
「…そうか。ありがとな。前波のことをよろしく頼む」
「もちろんだ」
最後に麓も握手をして彼は”幸せになられよ”と言った。
ずっと刀として凪と共にいたが同時に麓のことを見守っていた。凪への想いを強く感じていた。彼女の恋心が成就して本当によかった。
凪だって麓への想いは強かったのにひた隠し、無い物にしようとしていた。
滅多に素直になれない凪の頑なな心がほどけたのは麓だからこそ、だ。あの笑顔は誰にでもあるものではない。彼女が浮かべるからこそ凪は惹かれた。
そんな2人もこれからは幸せな道を歩めるはず。露の言う通りもう敵はいない。2人の愛を隔てようとするものもない。
自分は前波を守りながら2人の幸せを祈ろう。
海竜はその名の通り龍に姿を変え、前波を目指して大空へ飛び立った。
「ついてからのお楽しみ~」
新幹線の席に並んで座った麓と凪。先程からずっと詰め寄っているが彼は飄々とした態度で真面目に答えない。
「新幹線に乗るってことは県外ですよね?」
「どうだろうな?」
「もうっ。はぐらかさないでください」
麓が頬を膨らますと、凪は笑って彼女の頬をつついた。ほぼ同時に次の停車駅は京都だというアナウンスが流れる。先ほど名古屋で乗り換えたばかりだ。
乗車人数はまばらだった。それもそのはずで時刻は午前5時過ぎ。日の出を迎えたばかりでほんのりと明るい。
先週凪の学園帰りに彼に、”来週末は空けておいてくれないか”と頼まれた。きっとどこかに出かけるんだろうと思って行先を聞いたが先ほどと同じ答えが返ってくるだけ。
まぁ、彼の言う通り着いてからのお楽しみでもいいか。麓は窓枠に手をかけて外の景色に見入った。
新幹線には初めて乗った。市電や電車とは比べ物にならないほど速い。窓から見える景色は楽しむ暇もなくあっという間に変わっていく。停車駅も少なく、次の駅まで十何分と開く。
「凪さ────」
窓から目を移すと、彼は目を閉じている、いつの間にか寝ていたらしい。唇が半開きだ。
麓は仕方なさげにほほえみ、穏やかな彼の寝顔をしばらく見つめていた。
その彼の腕にはブレスレットはもうない。
露に凪に話があると言われて2人を会わせたら、彼女は海竜剣に会いたいと言い出した。
「会う? …ほら」
凪は海竜剣を召喚して露に持たせようとした。その前に海竜剣が煙に包まれ、人の姿となって露の脇に手を入れて持ち上げていた。普段無表情な彼女も驚いた顔で足をジタバタとさせた。
「はっはっは! 久しぶりだ、降雨機の精霊よ!」
「ちょっと…下ろして…!」
「そなたはほんに軽い。幼子のようで可愛いのう!」
「子ども扱いしないで…!」
露がムッとすると彼は下ろし、凪と麓に向かってひざまづいた。2人は驚きと何が起こったのか分からず、目を丸くして立ちすくんでいた。なぜ刀が急に人の姿になったのか。
「お初にお目にかかる。我は海竜剣の付喪神。元々は前波の海竜であった。訳あって刀となっていた」
「…あぁ、理事長が話していた…」
「うむ。誤って刀を飲み込んでしまったのだ。そしたらなんとも解せぬ、刀に取り込まれてしまった。最近は長く時が経って人の姿を取ることができるようになったのだ」
「…彼が2人を助けてくれた」
先ほどまで付喪神に”高い高い~”と遊ばれていた露がいつもの表情になり、天災地変のアジトでのことを話した。その頃は天災地変たちの処分の事務作業の手伝いで露も忙しく、またすぐに下界に戻れなかったので説明が遅くなったと謝った。
「そうか…それはありがとう」
「ありがとうございました」
付喪神は立ち上がり、2人の前で腕を広げた。
「礼はいらぬ、当然のことよ。主も姫君も元の姿に戻って何より」
「姫君?」
「主の想い人であるからな。ほんに可愛らしくもあるしの」
「そ、そうですか…」
凪とは似ていない快活な笑い方に不覚にもときめく。付喪神は初めて会った人相手でもずけずけと踏み込んでいけるタイプだ。そして踏み込まれても嫌な気はしない。
短い銀髪に袖のない和服。やはり持ち主の凪と同じく和を愛しているのか、それとも日本刀だからなのか。
彼が元々海竜だったなんて信じがたい。正直彼から海の要素は感じられない。
「主よ、我を開放してくれぬか。我は前波の海の主。元いた場所に帰って前波を守りたいのだ」
「そ…うだよな…」
凪は付喪神────もとい、海竜の事情について分かるがあっさりと手放すのにはためらいがあると言いたげな表情。麓も複雑そうに凪のことを見上げた。
長いこと海竜剣で戦ってきたので思い入れもあるだろう。それに彼は武器化身の持ち主だから能力は保持していない。自分を自分で守らなければいけなくなる。
「主は強い。かつて我が人間だった頃よりも」
「人間だった?」
「あぁ。中将だった時代もある。恐ろしい妖を相手にもした。しかし主は我よりも腕力がある」
海竜は凪の手を取って両手で握った。凪のことを”主”と呼び慕っている割には友人のような接し方だ。
「私も…海竜は海に戻った方がいいと思う。いるべき場所は誰にでもある。もう────敵はいません」
露が遠慮がちに口を開いた。彼女は海竜の気持ちを汲みたいらしい。彼女の言葉に海竜が深くうなずいた。凪は戸惑いがちにそれもそうだなとつぶやき、海竜の手を握り返した。
「分かった。今まで長いことありがとな…。きっと望まない相手も斬らせてしまった。すまん」
「我は気にしておらぬ。主の信じる道をついて行きたくて今日まで来たのだ、本望だ。そんなことは言わないでくれ」
「…そうか。ありがとな。前波のことをよろしく頼む」
「もちろんだ」
最後に麓も握手をして彼は”幸せになられよ”と言った。
ずっと刀として凪と共にいたが同時に麓のことを見守っていた。凪への想いを強く感じていた。彼女の恋心が成就して本当によかった。
凪だって麓への想いは強かったのにひた隠し、無い物にしようとしていた。
滅多に素直になれない凪の頑なな心がほどけたのは麓だからこそ、だ。あの笑顔は誰にでもあるものではない。彼女が浮かべるからこそ凪は惹かれた。
そんな2人もこれからは幸せな道を歩めるはず。露の言う通りもう敵はいない。2人の愛を隔てようとするものもない。
自分は前波を守りながら2人の幸せを祈ろう。
海竜はその名の通り龍に姿を変え、前波を目指して大空へ飛び立った。
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