(両)片想いではいられない

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
6 / 9

しおりを挟む
 過ぎさっていく平穏な毎日。

 あれからコウとニ年の女子の絡みはない。それは単に薫子が目撃してないだけ、かもしれないが。

 授業中でも廊下ですれ違う時でも、目が合えばコウはいつでも笑いかけてくれた。その度に自分がいつになく穏やかな表情をしているのは、鏡で見なくても分かる。

 コウのことは好き。確実に存在している感情は、いつも切なく心を締め付ける。

 好きでもこれは、自分の一方的な気持ち────片想いだ。

 コウが進路を気にかけてくれたり、授業以外に勉強を教えてくれるのは彼が優しいから。

 文化祭で話しかけてくれたことも、一緒に写真を撮らせてもらえたことも。自分に気があるからではない、決して。

 勘違いしたらダメだ。コウから見た薫子はただの生徒の一人でしかない。

 それでも、最後くらいは”好き”と言いたい気持ちが生まれていた。

 入学式からずーっと好きだった、と。

 今まで会ってきた先生、男の人の中で一番だった、と。

 しかし、そんなこと言ったらコウは困った顔をするだろう。

 吐き出したい気持ちはいつも、コウを見ると心の奥へ引っ込んでしまう。










 二月十四日。

 この日、コウは朝から浮き足立っていた。彼は二限目の授業が終わると自販機へ行き、小銭を一枚ずつ入れた。

 その後ろでは生徒たちが小さな紙袋を片手にせわしなく歩き回っている。

「あ、いたいた! はいこれ」

「やばっ何これ!? 高校生が作ったらあかんクオリティ……!」

 この学校の生徒のほとんどが年明け前に進路が決まる。だから三年生は二月に入ると、指定の日以外は自由登校となっている。だが毎年、この日はたくさんの三年生が登校する。

 理由は単純。バレンタインということで、恋人にチョコを渡したり友だちと交換するため。中には教師にくれる生徒もいる。

 背後にいる彼女たちは紙袋から小さなプラスチックの袋や箱を取り出して交換している。

 スマホで落ち合う場所を連絡していたのか、コウのことを気にしながらポケットにしまい込んだ生徒もいた。

(今日くらい大目に見よう……)

 コウは取り出し口から缶コーヒーを二本取り出し、彼女らに背を向けた。

 あたたかいというより熱い缶を腕に抱えると、女子生徒に呼び止められた。どうやらチョコをくれるらしい。受け取ると、オーロラのビニールバッグに市販で個包装のチョコが詰められていた。いかにもな義理だが、今の彼には受け取りやすい。

 彼女は去り際に振り向くと、コウに向かって指を突き付けた。

「せんせー! お返しは三倍ね!」

「そんなこと言ったってホワイトデーには卒業してるじゃん」

「受け取りに来てあげるからさ!」

「もはや取り立て」

 そんなやり取りをしていたら、後ろを通りすがる男子生徒に羨望の眼差しを向けられた。

 職員室に戻り、買った缶コーヒーの一つを神崎のデスクに置く。

「お、ありがと」

「ん」

 コウのデスクにはもらったチョコの山ができている。不在時に置かれたもの、移動中や授業前に渡されたものなど。この時期の風物詩だ。

 小腹が空いたので一つ手に取ると、神崎が椅子ごと体当たりしてきた。缶コーヒーをさっそく開けたようだ。

「カオちゃん来るかな~? 来るといいね~コウちゃん」

「……声デカいよ」

 神崎には何でもないフリを装ったが、内心期待していた。

 薫子にバレンタインにお菓子をもらったことはない。しかし、今年は関わることが多かった。もしかしたら……を捨てきれなかった。










  もうすぐ卒業式。そして今日はバレンタイン。

  薫子は学校へ行く前にミツヤの家に来た。幼なじみである彼には毎年、この日にお菓子を渡しに行っている。

 私服姿のミツヤに、あくびをしながら出迎えられた。

「今年何作ったの?」

「ボンボンショコラ」

「なんかすごそう……。料理は見た目より味、味より愛情とか言うなよ?」

「言いません!」

 ミツヤはそうやって憎まれ口を叩くが、毎年お返しをかなり豪華にしてくれる。

 彼には人の恋愛を心配する前に自分のことを気にかけてほしい。なんだかんだ言って付き合いの長い、唯一の男子の幼なじみだ。

 ひとひねりあるが、彼女ができたらとても大事にすると思う。幼なじみである薫子のことを何かと気にかけてくれたから。 

「じゃあ、私は学校に行くから。またね」

「おーう。チョコあげる男でもできたのか?」

「内緒!」

 ”着いてってやろうか?”とニヤニヤする彼に背を向け、自転車にまたがった。





 薫子は登校した同じクラスの女子たちとお菓子を交換した。もちろん他のクラスや部活の友だちとも。

 授業時間中には教室で、試食用と言われて差し出されたのを食べた。

 昼休みになると職員室前に来た。薫子はラッピングした小箱を制服のポケットに忍ばせている。

 これはコウに渡すために、特に綺麗にできたボンボンショコラを入れている。何度も味見をし、クラスの女子たちにも褒められたので見た目や味の心配はない。

 人生で初めてラッピングに緊張した気がする。味がよくても見た目がいまいちでは格好がつかない。ネットで調べ、小箱やラッピングの色の組み合わせを凝った。張り付けたシールの角度にもこだわった。

「カオ、ありがとね。付き合ってくれて」

「う、ううん。全然。暇だったし」

 表向きはアンの付き添いだ。横で彼女はお菓子を詰めた袋を両腕で抱えている。

「まずは担任でしょー?あと教科担任とか~……」

「アンって意外とそういう気配りできるよね」

「意外とか言うなや」

 彼女に小突かれた。こんな絡みもあと少しでお別れだ。

 アンとは三年間ずっと一緒にいた。もうしばらく一緒にいられたら、と心の中でしんみりした時。

「っあ! 中井先生だ! ちぇんちぇー!!」

 アンが好きな先生を見つけ、彼女は横から消えてしまった。去っていく背中が寂しい。

 中井は一回だけ、薫子たちのクラスに臨時で授業に来たことがある。

 その前からずっと彼を推しているアンは、”授業中ずっと胸がドキドキしてしょうがなかったわ~”と幸せそうにつぶやいていた。

 薫子はアンや二年生の女子のように積極的にはなれない。叫びながら走るなんてとてもできない。

 苦笑いをした薫子は、誰かに呼ばれた気がして振り向いた。

「……わっ」

 そこにいたのは彼女の大本命。

 ジャケットの前をきっちりしめたコウが手を挙げていた。

「学校来てたんだね」 

 アンにバレないように渡すには……と画策していたが、絶好のチャンスだ。薫子はポケットに手を忍ばせた。

「バレンタインだから友達にお菓子配ってました」

「へ~。ところでカオちゃんは……男子にあげたりするの?」

「ミツヤには毎年あげてます」

「……そうなんだ」

 ……今、少しだけコウの視線がそれたような。

 薫子はアンが中井に夢中な内に、とポケットから小箱を取り出した。

「進路のこととか、勉強とか……いつもいろいろありがとうございます。文化祭で写真を撮ってもらえたことも嬉しかったです」

 口から出てきたのはびっくりするほどありきたりなこと。好きのすの字も出なかった。

 だが、今はそれでいい。今回のチョコは日頃の感謝を伝えるためだから。

 目を伏せて差し出すと、周りの音が耳に集まってくる。遠くで”愛してるー!”と調子に乗ったアンの声も、チョコがほしいとわめく男子生徒の声も。

 一向に反応が返ってこないコウに、似合わないことをしたと後悔が生じた。

 顔を上げるとコウは呆けていた。外野の”コウちゃん先生またチョコもらってるー”という声にも反応しない。

「……急にすみません」

 やはり迷惑だっただろうか。小箱を引っ込めようとしたら、コウの手によって引き留められた。

「カオちゃん、ありがとう」

 驚いた顔から嬉しそうな表情に変わったのが嬉しくて、薫子の表情筋が和らいだ。いつの間にか強張っていたようだ。

「……はい!」

 ミツヤと違い、スマートにお礼を言ってくれたことが嬉しい。自然と口角が上がり声も高くなる。

 コウは小箱に目を細め、大切そうに両手で包み込んだ。

「こんな風にお菓子をくれたコ、初めてで嬉しいよ」

 初めて、という響きに頭がぽーっと熱を生む。まるで自分たちだけ別の次元に取り込まれ、周りの景色も音も遮断されたような。

 彼と向かい合っている、ということを急に意識してしまった。恥ずかしさにうつむき、髪の毛の先をいじった。

「カーオ! そろそろ教室戻ろ」

 肩に手を置かれた。アンの声に現実に引き戻される。髪の毛から手を離すと、コウに向かって勢いよく頭を下げた。

「あっ、うん。……では失礼します」

「うん、じゃあ」

 コウに背を向けた時、気づいてしまった。まだまだ一緒にいたいと思うのは、友だちや幼なじみだけではないことに。










 印刷されたハートに勘違いしそうになる。コウは受け取ったばかりの小箱を見つめ、上がった口角を手で隠した。

 密かに期待していた、薫子からのチョコ。

 はにかみ顔に照れが加わった表情。クールキャラがあんな可愛らしい一面を見せるのはずるい。ギャップにやられる。

 コウは職員室に戻る前に、薫子が去った方向に顔を向けた。

 今はまだ、背を向けられてもまた会える。

 だが、しばらくしたら────

 その後ろ姿すら見ることは叶わなくなってしまう。

 彼女と会える回数は段々と減っていく。

 センチメンタルな表情で職員室の引き戸を開けたら、すぐ目の前で神崎がニヤついていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...