レイヤーさんの社内恋愛

堂宮ツキ乃

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6章

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「忘年会の買い出し? この部署で?」

「そ。ビンゴの景品でね。予算は大体10万」

「へ~。結構買うんですね」

 千波は食堂で、千秋と昼ごはんを食べながらそんな話をしていた。

 クリスマスの二週間前の今日。来週はこの会社の忘年会だ。

 そんでもって今いる部署が、忘年会の景品の買い出し担当になったそうだ。

「若名ちゃんも行こうよ。帰りは課長がおごってくれるよ、晩御飯」

「今日の帰りですよね? どうしようかな……」 

「行こ行こ! オマケで香椎も来るよ」

「……うっ」

「どうかした? 香椎と一緒は嫌?」

「……別に嫌じゃないですけど」

 千波は視線をそらしつつ頬を爪でかく。

 日曜日に大草にあんなことを言われて以来、岳のことをしょっちゅう考えるようになっていた。

 人に言われて意識するなんてらしくもない。

「嫌じゃないってちょっと珍しくない? いつもの塩対応はどこはやら……」

「砂糖対応にもなりませんけどね」

 苦し紛れに言ったが、千秋は大して気に止めなかったようだ。

「じゃ、夕方に現地集合ね。さっさと買い物して美味しいもの食べよ」

「……はい!」

 午後の仕事はこれで乗り切れる気がした。



 ホームセンターに着き、店内に入ると畑中と千秋がいた。畑中はカゴを載せた大きなカートを引いていた。荷物持ちらしい。 

「当たり前! レディに大荷物任せて何が男よ」

「……おっしゃる通りです」

 千秋のそんな強気さには畑中も頭が上がらないらしい。

 二人のことに笑ってから気づいた一1人足りない。

「そういえば香椎さんはどうしたんですか?」

「もうすぐ来ると思うよ。先に回っていようか」

 上司の提案で店内を不思議な組み合わせの三人で物色し始める。

「なんでホームセンターで景品探しなんですか?」

「あ~それはね、なんでもあるからだよ。それに結構安いじゃん。だからいいんだよね。なんか良さげなものあったらじゃんじゃん持っておいで」 

 畑中にそう言われて三人は散らばり、景品に良さそうなものを探し始める。

 千波も小さいクッションやら便利なキッチングッズなど日用品から、モコモコのスリッパやカイロなど、季節物を見つけてはカゴに入れた。

 千秋は慣れているだけあって選んでくるもののセンスがいいし、量も多い。だが。

「課長、これは前回もあったからダメ」

「え~……。色違いでも?」

「ダメです。言う人は言いますよ」

「は~い……」

 畑中は選んだものを千秋にちょいちょい却下されている。しょんぼりしながら棚に戻しに行った。

 千波は再び商品の陳列棚をゆっくり歩きながら眺める。

(香椎さん来るの……?)

 やっぱ行かなーいなんて選択をした可能性もあるかもしれない。

 なんとなく寂しくなってきた。不本意ながら。

(バカみたい、香椎さんのことでこんなこと考えるとか……。もうずっとじゃん)

 彼女は立ち止まり、動物のクッションをモコモコとさわる。

 すると隣に気配を感じた。

 隣に立った者も千波と同じようにクッションにふれる。 

「何これめっちゃ気持ちいいじゃん。チナ気に入った?」

「香椎さん……!?」

「遅れてごめんて。タイミング悪いよな~渋滞にはまってた」

 千波は驚いて一歩下がる。岳は頭をかきながら苦笑いを浮かべた。

「もうほとんど選びましたよ」

「マジでか!? 俺も選びたかったな~」

 岳は残念そうに声のトーンを落とし、千波が気に入ってさわっていた犬のクッションを持って彼女の頭にのせる。

「……なんですか」

「いや? チナにも可愛い趣味があるんだな~って。似合うよ」

 可愛い……。いや、それは趣味のこと。自分自身のことじゃない。

 千波は動揺してないフリでそっぽを向いてみせる。だが岳は気にせず笑う。

「買えば? 癒しになることない?」 

「ん~……」

 千波が迷っている間に岳はそれを持って先に歩いていた。


「ちょ……香椎さん……」

 確かにクッションは欲しくなったが、自分の買い物をここでするわけには。思わず岳の腕を引いた。

 振り返った岳は驚いた顔で固まった。

「初めてチナが叩く以外で俺にさわった……!」

「何に感動してるんですか。あたし、そのクッション買いませんから……」

「何言ってんの。俺が買うんだから」

 拍子抜けした。岳が買うのに何を勘違いしたんだか。

 千波はスッと手をはなした。

 岳が名残惜しそうな表情をした気がしたが、また見上げることはできない。

 岳にふれてしまったことが気恥ずかしい。
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