レイヤーさんの社内恋愛

堂宮ツキ乃

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7章

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「おとぎ話ねぇ……。まさにその通りですけどね」

「言わないの? 前世であのコは早死したこと」

「言葉がストレートすぎですよ、運命さだめさん」

 黒髪長身の男は隣にいる女をたしなめる。

 二人は千波と岳のことがギリギリ見える距離で、会話を聞いていた。

 彼らはただの人間ではない。

「私が出る幕じゃないでしょう。前世のことは彼女、もう覚えてませんし……。死神なんて名乗って気絶されても困りますから」

「ふーん……」

 男────死神は、肩をすくめた。彼は千波が前世で亡くなる時に立ち会った。彼女にわざと前世の夢を見せたが、彼女が特別動揺することはなかった。

「約束を叶えられて充分です。こうして現世の姿を拝めましたし」

「そうね。それよりさっさと帰りましょ。この姿でいるの、けっこう疲れるのよ」

 運命は今の自分の姿を見下ろした。

 彼女は自在に外見の年齢を変えることができる。いつもは十代前半の少女の姿でいることが多い。

「それは申し訳ない……」

「はいはい」

 運命は適当な返事をして、ブーツのヒールの音を鳴らしながら歩き出した。

 死神は彼女につられて歩き出し、振り返った。

 さっき、彼女に忘年会会場でささやいたのは自分たちだ。背中を押してやれて良かった。

(今世では彼とお幸せに……。今もお綺麗ですが、もう佳人薄命なんかじゃありません。存分に彼と愛し合って下さい────)

 死神はそっと笑み、今度こそ背を向けて歩き出した。





 イルミネーションを楽しんだ後、岳と千波はどちらからともなく手をつないで駐車場まで歩いた。

「じゃあ……ここで」

「おう」

 お互いの車が近づき、千波は名残惜しいが手をはなした。

「チナ」

 手を軽く上げて背中を向けたら。

 岳に肩を添えられて振り向かせられ、唇に甘く柔らかい感触が広がった。

 驚きで目を見開き、途端に体の力が抜けて岳に抱き寄せられる。

 ゆっくりと離され、今されたことの名称が分かった千波は顔を真っ赤にさせた。

「は……へぇぇ?」

「はは、チナがおかしくなった」

「あんたのせい!」

「付き合ってるからいーじゃん」

「……付き合ってるとは」

「え!?」

 今度は岳が驚く番だった。そして冷静になって説明しようとする。

「えーっと……付き合うってのはだな……」

「いやそれは分かりますけど。いつあたしと香椎さんが付き合うことになったんですか?」

「はぁぁ!? ダメなの? 両想いなのに!?」

「付き合うってぶっちゃけよく分かんないし、両想いイコール付き合うってのもなんだか……」

 千波はさっきまで顔を赤くしていたことを一切覚えていないかのように、"うーん"と頭をひねった。

「あたしは告白できたのでもう充分です」

「え~……。チナは欲が薄いんだな……」

「でもグダグダなのは嫌」

「わがままなお姫様だな!?」

 千波は首をかしげてみせる。ちょっと調子に乗ってるかも、と自分でも分かった。

「じゃあさ……」

「はい」

 至ってごく普通にうなずいた千波の手を取り、岳は自分の口元に持ってきた。

「結婚すっか」

「……うん?」

「最近あるらしいよ。恋愛すんのめんどくさいから付き合うのはすっ飛ばして結婚しましょうか、そうですねって」

「何今そんなんあんの!? 」

「うん。チナさえ良ければどうよ」

「……無理。無理無理無理。怖すぎる」

「じゃあ付き合お」

「……はい」

 上目遣いでうなずくと、岳は持っていた千波の手の甲にキスを落とした。



 千波の部署のジンクス────ここに来た未婚の女性社員は全員寿退職できるというもの。

 彼女は半分叶った。ほぼ予想外のことだったが。

 だが……悪くない。

 相思相愛というのはこんなに気持ちが温かくなれる。

 岳は付き合ってみると周りが言うように適当な男ではなかった。

 今回のことを周りに報告した所、誰からも祝福された。千秋も横溝も畑中も大草も。

 今では岳とイベントに一緒に行くくらいだ。時々カップリングをやったり。

 その時に撮らせてください、と頼まれた時の岳はいつも嬉しそうだった。

 その時に黒瀬孝義────黒鷹夫婦にも会った。

 奥さんのレイコとは千波は初対面。三つ上の彼女は色気が漂っており、大人の女感に圧倒されていたが、実際に話してみると親しみやすいお姉さんだった。

 そんな彼女を撮りたいと寄ってきたいかにも怪しい男に見せたゲス顔は見事だった。黒鷹は岳と話していながらも、その男のことをレイコに負けじとゲス顔でにらんでいた。
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