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7章
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「ひげぇぇ蜘蛛でっか!」
「前回の仕事のリベンジですよ」
「分かってる!!」
死神の協力によって日奈子の夢の中へ入り込んだ夜叉と阿修羅は、日奈子のことを先に現実世界へ帰した。
獲物を奪われた着物の女は心底腹を立て、彼女の着物から蜘蛛が飛び出し1人と一体が融合した。女の背中からは長く細い蜘蛛の足が八本生え、華麗に跳び回る2人のことを追いかけている。
周りの枯れ木を巻き込み、ザクザクと地面を刺しながら進むが夜叉と阿修羅は二手に分かれて絡新婦の手足からするりと逃れる。
夜叉はさっきまで涙目になりかけていたが、現実とは違い電線も人の目もない空間での跳躍に開放感を感じてのびのびと気持ちよく動き回っていた。
「で! どうすんの!? こうして追いかけ回させて疲れさせるとかではないんでしょ!」
夜叉の反対側で素早く移動する阿修羅に問うと、彼は未だ息をあげることなく枯れ木の枝の上で高く跳びあがった。
「物は試しと言いますし────」
阿修羅は空中で一回転して見せると絡新婦に向かって、左足を腹部にくっつけるようにして折り曲げて急降下し始めた。
絡新婦は消えた阿修羅の行方を追うように周りを見渡し上を見上げると、落ちてきた阿修羅の右足のかかとをモロに顔面で受け止めてめりこむ。彼は膝をわずかに折り曲げると再び宙へ舞い上がり、枯れ木の上に止まった。
「ぐわあぁぁぁぁぁ!!!!」
絡新婦は人の手で自分の顔を覆って絶叫した。先手を打った阿修羅のおかげか女の走る速度は突如として落ち、顔を押さえてのたうち回った。
先ほどまで追いかけていた夜叉と阿修羅には目もくれないことを確認すると、夜叉は阿修羅が止まっている木へ跳び移った。
「やったの…?」
「まだ油断はできません。致命傷ではないはずです」
「私自身が夢の中に入ることはできません。私は普通の人間の目にはふれてはいけないのです」
「なんで…?」
「死神ですから」
死神と名乗った男は心の底がのぞけないような笑みを浮かべ、夜叉の手を取って甲に唇を押し当てた。彼の手も唇もひんやりとしており、冬に他人に冷たい手で首をさわられたような感覚に夜叉はわずかにとび上がった。
彼女の反応に死神は表情を崩すことなくニコニコとしたままで何も気にした様子はない。彼は夜叉の手を離し、阿修羅のことを手で招いて2人の前で人差し指を立てた。
「私ができるのは君たちを夢に送り出し引っ張り上げることだけ。人の夢の中で悪夢の原因を究明するのは君たちの役目です。本来の力を開放すれば夢の中で現実にいる時のように動き回ることができます」
「本来の力…」
口の中で復唱すると、夜叉は何かを思い出したかのように自分の瞳にふれた。閉ざされて普段はアイパッチで覆っている右目。生まれてこの方、右目が開いたことはないが不便に思ったことはない。
隣の阿修羅は既に右目をむき出しにしていた。彼は自分の姿が普通の人間の目に触れない時は眼帯をしない。
「阿修羅は右目を開けたことってある?」
「実はありません。自分はまだ未熟で、力を開放するような戦闘に参加することはありませんでしたから」
「じゃあ今回が初めてなんだ…」
「はい」
何食わぬ表情でうなずいた阿修羅に反し、夜叉は一抹の迷いを抱きながら”そうだよね…”と小さくつぶやいてアイパッチをはがす。舞花や家族以外には見せたことのない閉ざされた右目を晒した。
閉じた目と十字になるように刻まれた傷は、十代の少女のかすり傷1つないきれいな顔には似つかわしい。
「力を開放したらどうなるの? もう右目は開きっぱなしになるの?」
「いいえ、自分の意志でふたたび閉じることができますよ」
「…そう」
自分の右目を手で覆ってうつむいた夜叉は、人助けの前に思わぬ壁が現れて迷いが生じていた。それをくみ取ったのか阿修羅は、夜叉の右手にそっとふれて首を振った。
「…自分が1人で行ってよいのです。任務は自分1人でもこなせるはずです。やー様は人間界で眠る徳水さんのそばで見守っていてくれませんか?」
「ううん、行くよ。委員長と約束したし」
────日奈子が気を失う直前に、桜木ならなんとかしてもらえる気がするって言ってたんだ…。読書が好きで現実的ではないことをたまに話すけど、こんな時に夢見がちになるタイプじゃない。俺も桜木には他の人とは違うものを感じる時がある。どうか日奈子を悪夢から救ってくれ…。
(あんなこと言われちゃここで引くわけにはいかないでしょ)
最後の希望と言わんばかりに夜叉にすがる智の姿は必死だった。ここに来たのにそれを裏切るわけにはいかない。
他の人とは違う、と言われて阿修羅と共に冷や汗をかいたが今は気にしている場合ではないだろう。
「前回の仕事のリベンジですよ」
「分かってる!!」
死神の協力によって日奈子の夢の中へ入り込んだ夜叉と阿修羅は、日奈子のことを先に現実世界へ帰した。
獲物を奪われた着物の女は心底腹を立て、彼女の着物から蜘蛛が飛び出し1人と一体が融合した。女の背中からは長く細い蜘蛛の足が八本生え、華麗に跳び回る2人のことを追いかけている。
周りの枯れ木を巻き込み、ザクザクと地面を刺しながら進むが夜叉と阿修羅は二手に分かれて絡新婦の手足からするりと逃れる。
夜叉はさっきまで涙目になりかけていたが、現実とは違い電線も人の目もない空間での跳躍に開放感を感じてのびのびと気持ちよく動き回っていた。
「で! どうすんの!? こうして追いかけ回させて疲れさせるとかではないんでしょ!」
夜叉の反対側で素早く移動する阿修羅に問うと、彼は未だ息をあげることなく枯れ木の枝の上で高く跳びあがった。
「物は試しと言いますし────」
阿修羅は空中で一回転して見せると絡新婦に向かって、左足を腹部にくっつけるようにして折り曲げて急降下し始めた。
絡新婦は消えた阿修羅の行方を追うように周りを見渡し上を見上げると、落ちてきた阿修羅の右足のかかとをモロに顔面で受け止めてめりこむ。彼は膝をわずかに折り曲げると再び宙へ舞い上がり、枯れ木の上に止まった。
「ぐわあぁぁぁぁぁ!!!!」
絡新婦は人の手で自分の顔を覆って絶叫した。先手を打った阿修羅のおかげか女の走る速度は突如として落ち、顔を押さえてのたうち回った。
先ほどまで追いかけていた夜叉と阿修羅には目もくれないことを確認すると、夜叉は阿修羅が止まっている木へ跳び移った。
「やったの…?」
「まだ油断はできません。致命傷ではないはずです」
「私自身が夢の中に入ることはできません。私は普通の人間の目にはふれてはいけないのです」
「なんで…?」
「死神ですから」
死神と名乗った男は心の底がのぞけないような笑みを浮かべ、夜叉の手を取って甲に唇を押し当てた。彼の手も唇もひんやりとしており、冬に他人に冷たい手で首をさわられたような感覚に夜叉はわずかにとび上がった。
彼女の反応に死神は表情を崩すことなくニコニコとしたままで何も気にした様子はない。彼は夜叉の手を離し、阿修羅のことを手で招いて2人の前で人差し指を立てた。
「私ができるのは君たちを夢に送り出し引っ張り上げることだけ。人の夢の中で悪夢の原因を究明するのは君たちの役目です。本来の力を開放すれば夢の中で現実にいる時のように動き回ることができます」
「本来の力…」
口の中で復唱すると、夜叉は何かを思い出したかのように自分の瞳にふれた。閉ざされて普段はアイパッチで覆っている右目。生まれてこの方、右目が開いたことはないが不便に思ったことはない。
隣の阿修羅は既に右目をむき出しにしていた。彼は自分の姿が普通の人間の目に触れない時は眼帯をしない。
「阿修羅は右目を開けたことってある?」
「実はありません。自分はまだ未熟で、力を開放するような戦闘に参加することはありませんでしたから」
「じゃあ今回が初めてなんだ…」
「はい」
何食わぬ表情でうなずいた阿修羅に反し、夜叉は一抹の迷いを抱きながら”そうだよね…”と小さくつぶやいてアイパッチをはがす。舞花や家族以外には見せたことのない閉ざされた右目を晒した。
閉じた目と十字になるように刻まれた傷は、十代の少女のかすり傷1つないきれいな顔には似つかわしい。
「力を開放したらどうなるの? もう右目は開きっぱなしになるの?」
「いいえ、自分の意志でふたたび閉じることができますよ」
「…そう」
自分の右目を手で覆ってうつむいた夜叉は、人助けの前に思わぬ壁が現れて迷いが生じていた。それをくみ取ったのか阿修羅は、夜叉の右手にそっとふれて首を振った。
「…自分が1人で行ってよいのです。任務は自分1人でもこなせるはずです。やー様は人間界で眠る徳水さんのそばで見守っていてくれませんか?」
「ううん、行くよ。委員長と約束したし」
────日奈子が気を失う直前に、桜木ならなんとかしてもらえる気がするって言ってたんだ…。読書が好きで現実的ではないことをたまに話すけど、こんな時に夢見がちになるタイプじゃない。俺も桜木には他の人とは違うものを感じる時がある。どうか日奈子を悪夢から救ってくれ…。
(あんなこと言われちゃここで引くわけにはいかないでしょ)
最後の希望と言わんばかりに夜叉にすがる智の姿は必死だった。ここに来たのにそれを裏切るわけにはいかない。
他の人とは違う、と言われて阿修羅と共に冷や汗をかいたが今は気にしている場合ではないだろう。
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