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朝、出発する時はよく行ってきますのキスをしていた時期がある。
「もー。遅れちゃうよ?」
「一瞬だけだ」
顔を寄せる柏木の胸を押す妻は、ただ照れているだけで力は加えておらず顔がほんのり赤い。
新婚ホヤホヤで、仕事への見送りでさえちょっとしたイベント。妻の唇にそっと自らのを重ねると、彼女は柏木の背中に腕を回した。
「早く休みにならないかな…」
「どっか行きたい? また土曜日に遊びに行くか」
「えぇ」
アウトドア派の彼女は、柏木とドライブするのが好きだった。特に配送が業務の彼は運転に慣れているので、彼女が行きたいとリクエストした場所へ難なく連れていくことができた。
「岐阜の飛騨高山はどう? 季節的にもいいんじゃないかしら。秋神温泉にも久しぶりに行きたいわ」
「そうだな。秘境ぽくてあそこいいしな。なんだったら予約頼む」
「オッケー」
妻は人差し指と親指をくっつけて了承した。
土日のプチ旅行へ出かけることも度々。あの時は柏木も若かったから、休日にしょっちゅう遊びに行っても仕事に響くことはなかった。今は休日は昼過ぎに起きてボーッと過ごすばかり。
どうせ休みでもやりたいことはないからと、土日祝関係なく出勤する月もある。
「友だちと会うってこともないんですか?」
「あのなぁ。大学卒業したばっかとかじゃないだぞ? 定期的に会う連れはそういないって。そんな若くないんだよ」
帰ってきて誰かに迎えられ、温かい食事が用意されているのは何年ぶりだろう。百合が作ったロールキャベツは形こそ微妙ではあるが、かぶりつくと中の肉がジューシーでおいしい。
「言っても私の両親よりは若いでしょう?」
百合はロールキャベツに刺していたつまようじを外した。かんぴょうは買ったところで使いどころがあまりないので、つまようじで代用だ。
「40代だけど…」
「ほらやっぱり。…でも言われてみれば、ウチの両親も友だちに会ってるとこ見なくなってきたな…大人になるとそんなもんなんですか?」
「まぁ人によるだろうけど時間がないから。あと、中には子どもがいて自由がないとか。お嬢はよく友だちに会うのか?」
「それはもちろん。彼とは共通の友人も多いし…チッ」
「思い出して舌打ちすんな」
顔をしかめた百合に柏木は眉を寄せた。1日たったくらいでは怒りというか不満は消えないらしい。
「ちゃんと話した方がいいぞ。本当に別れたらお前後悔するぞ。こんなしょうもない意地張って…」
「しょうもない!?」
「やべ、失言」
「晩御飯下げますよ!」
「都合悪いと飯を片付けようとすんのやめろ。超腹減ってんだけど」
柏木は自分の皿を腕で覆って死守した。百合も立ち上がろうとしたのをやめたが、すぐに顔を真っ青にさせてリビングを飛び出た。
何も言わずに急にどうした、と柏木はリビングの外を見ていたら、トイレで水を流す音が聴こえた。
少し顔色がマシになった百合がリビングに戻ってきた。
「どうした。腹壊してんのか」
「違います。また戻しました…」
…と、言ったわりにはそんな様子を感じさせない様子で食事を再開している。
「おいおい大丈夫か…胃が荒れないか?」
「大丈夫です。やっぱりお腹空くから食べないとしんどい」
「確かにそうだけど…。病院行くか? こっからなら夜間緊急のとこ近いから」
柏木がソファから腰を浮かすと、百合は首を振った。
「本当に大丈夫ですから。最近ずっとこんなんだし」
「最近ずっとって…なおさらよくないわ」
「明日にでも薬買ってきますよ。保険証置いてきてるし、ここは県が違いますから」
大丈夫、病院には行かないと言い張る百合に負け、柏木はソファに座りなおした。
夕飯の片付けは柏木が代わってくれた。なんでも任せっぱなしにはできない、と。百合はきれいにしたお風呂でのんびりと湯舟に浸かっている。
彼もこうして、仕事帰りで疲れていても片付けをやってくれた。日中は百合が家事をこなしてくれるから、夜くらいはゆっくりしてと。お風呂も先に譲ってくれた。
焦がして茶色くなってしまったシチューも、変なアレンジを加えたゆるゆるなお好み焼きも、フライパンからはがすのを失敗して皮がやぶれた餃子も。百合が作ったものを彼は、文句なくいつも食べてくれた。彼の好物を作っている時は嬉しそうにそばでわくわくと待っていた。その様子が可愛くて笑いながら食事の用意をしていたのが懐かしい。
ふふっと笑いかけたが、人に見られてるかのように表情を引き締めた。
顔を見たくない、という感情は変わらないまま。
柏木には伝えてないが実を言うと彼から着信が何度もあった。もちろんL○NEも。全て未読無視なのだが。
通知センターで見ることができるメッセージに心が痛まないと言ったら嘘になる。正直、罪悪感はうっすらと生まれてきていた。なんなら昨日から。
それでも無視を続ける自分が本当は何がしたいのかは分からないまま。
「もー。遅れちゃうよ?」
「一瞬だけだ」
顔を寄せる柏木の胸を押す妻は、ただ照れているだけで力は加えておらず顔がほんのり赤い。
新婚ホヤホヤで、仕事への見送りでさえちょっとしたイベント。妻の唇にそっと自らのを重ねると、彼女は柏木の背中に腕を回した。
「早く休みにならないかな…」
「どっか行きたい? また土曜日に遊びに行くか」
「えぇ」
アウトドア派の彼女は、柏木とドライブするのが好きだった。特に配送が業務の彼は運転に慣れているので、彼女が行きたいとリクエストした場所へ難なく連れていくことができた。
「岐阜の飛騨高山はどう? 季節的にもいいんじゃないかしら。秋神温泉にも久しぶりに行きたいわ」
「そうだな。秘境ぽくてあそこいいしな。なんだったら予約頼む」
「オッケー」
妻は人差し指と親指をくっつけて了承した。
土日のプチ旅行へ出かけることも度々。あの時は柏木も若かったから、休日にしょっちゅう遊びに行っても仕事に響くことはなかった。今は休日は昼過ぎに起きてボーッと過ごすばかり。
どうせ休みでもやりたいことはないからと、土日祝関係なく出勤する月もある。
「友だちと会うってこともないんですか?」
「あのなぁ。大学卒業したばっかとかじゃないだぞ? 定期的に会う連れはそういないって。そんな若くないんだよ」
帰ってきて誰かに迎えられ、温かい食事が用意されているのは何年ぶりだろう。百合が作ったロールキャベツは形こそ微妙ではあるが、かぶりつくと中の肉がジューシーでおいしい。
「言っても私の両親よりは若いでしょう?」
百合はロールキャベツに刺していたつまようじを外した。かんぴょうは買ったところで使いどころがあまりないので、つまようじで代用だ。
「40代だけど…」
「ほらやっぱり。…でも言われてみれば、ウチの両親も友だちに会ってるとこ見なくなってきたな…大人になるとそんなもんなんですか?」
「まぁ人によるだろうけど時間がないから。あと、中には子どもがいて自由がないとか。お嬢はよく友だちに会うのか?」
「それはもちろん。彼とは共通の友人も多いし…チッ」
「思い出して舌打ちすんな」
顔をしかめた百合に柏木は眉を寄せた。1日たったくらいでは怒りというか不満は消えないらしい。
「ちゃんと話した方がいいぞ。本当に別れたらお前後悔するぞ。こんなしょうもない意地張って…」
「しょうもない!?」
「やべ、失言」
「晩御飯下げますよ!」
「都合悪いと飯を片付けようとすんのやめろ。超腹減ってんだけど」
柏木は自分の皿を腕で覆って死守した。百合も立ち上がろうとしたのをやめたが、すぐに顔を真っ青にさせてリビングを飛び出た。
何も言わずに急にどうした、と柏木はリビングの外を見ていたら、トイレで水を流す音が聴こえた。
少し顔色がマシになった百合がリビングに戻ってきた。
「どうした。腹壊してんのか」
「違います。また戻しました…」
…と、言ったわりにはそんな様子を感じさせない様子で食事を再開している。
「おいおい大丈夫か…胃が荒れないか?」
「大丈夫です。やっぱりお腹空くから食べないとしんどい」
「確かにそうだけど…。病院行くか? こっからなら夜間緊急のとこ近いから」
柏木がソファから腰を浮かすと、百合は首を振った。
「本当に大丈夫ですから。最近ずっとこんなんだし」
「最近ずっとって…なおさらよくないわ」
「明日にでも薬買ってきますよ。保険証置いてきてるし、ここは県が違いますから」
大丈夫、病院には行かないと言い張る百合に負け、柏木はソファに座りなおした。
夕飯の片付けは柏木が代わってくれた。なんでも任せっぱなしにはできない、と。百合はきれいにしたお風呂でのんびりと湯舟に浸かっている。
彼もこうして、仕事帰りで疲れていても片付けをやってくれた。日中は百合が家事をこなしてくれるから、夜くらいはゆっくりしてと。お風呂も先に譲ってくれた。
焦がして茶色くなってしまったシチューも、変なアレンジを加えたゆるゆるなお好み焼きも、フライパンからはがすのを失敗して皮がやぶれた餃子も。百合が作ったものを彼は、文句なくいつも食べてくれた。彼の好物を作っている時は嬉しそうにそばでわくわくと待っていた。その様子が可愛くて笑いながら食事の用意をしていたのが懐かしい。
ふふっと笑いかけたが、人に見られてるかのように表情を引き締めた。
顔を見たくない、という感情は変わらないまま。
柏木には伝えてないが実を言うと彼から着信が何度もあった。もちろんL○NEも。全て未読無視なのだが。
通知センターで見ることができるメッセージに心が痛まないと言ったら嘘になる。正直、罪悪感はうっすらと生まれてきていた。なんなら昨日から。
それでも無視を続ける自分が本当は何がしたいのかは分からないまま。
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