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初めて雅史と一緒に寝たのは、彼とプチ旅行をした夜。
そういう展開になるかもしれない、と雪華に男性向けのお守りを渡された。どういう心配をしてるんだと当時は思ったが、それは間違いない。
夕飯は外で済ませ、予約していたホテルに入った。途中、コンビニでおやつを買いながら。
お互いにシャワーを済ませ、それぞれのベッドの上でテレビを見ていた。
並んだシングルベッド。真っ白なシーツがまぶしい。
明日も回りたいところがあるし先に寝るねと告げた百合を、雅史は後ろから抱きしめてベッドの上で寝転がった。
その腕の強さは今までにないもので。百合の肩に顔をおしつけた雅史の息がやけに響いた。
「雅史?」
名前を呼ぶと、腕を離され今度は正面から抱きしめられた。
背中をいったりきたりと上下する手つきに、体の中がぞくぞくした。
気づけばお互いをさらして夢中で求め合っていた。
思えば付き合っている間は会う度、帰る間際に愛し合った。
柏木より先に彼のベッドに入ってうとうととしていたら、寝室のドアが開く音がした。
振り向くと、目を泳がせている彼。不自然に寝巻きのポケットに手をツッコんでいた。
「…どうぞ?」
ベッドの端に寄って布団を上げると、柏木はおそるおそる布団の中に入って硬くなった。
「どうしたんですか?」
「お前はなんでそんな冷静なんだ」
そう言って柏木は向こうへ向いた。百合は目を伏せた。
やっぱり男女が同じベッドで寝るなんて、まして女から誘うのは大胆だっただろうか。
「ごめんなさい…今日だけは誰かと寝たかったんです」
「そこに婚約者はいないのか」
「…まだなんとも言えない」
すると柏木はガバッと起き上がり、百合のことを見た。
「やっぱりこんなの間違ってる! 俺はお前のことは…」
「柏木さん。何か誤解してます?」
「は?」
「もしかして寝るって抱き合うこととして受け取りました? だとしたらごめんなさい、違います」
柏木がベッドの上で突っ伏した。声にならない声を上げている。
「焦った…こんな小娘に誘われてホイホイ来ちまった俺も本当にバカ…」
「なんか…すみません」
百合は苦笑いを通り越して恥ずかしさで真っ赤になった。たしかに一緒に寝たいってそういう意味…いや、そういう展開になるかもしれないと受け取れる。
彼女は布団の中にもぐりこんで丸まった。
それでも結局、2人は同じベッドで寝た。
お互いに反対を向いて。
「柏木さん…?」
「なんだ?」
まだ起きている。百合は暗闇で目を伏せ、自分の前髪を軽くさわった。
「柏木さんは、結婚してよかったって思ったことはありますか」
「離婚したヤツに聞くか? もうちょいお前は頭がいいと思ってた」
「ごめんなさい!」
百合は勢いよく体の向きを変えて両手を合わせた。
「無神経でごめんなさい…」
「いいよ、うそうそ。お嬢のことだから何か思うことがあったんだろ」
「…はい」
柏木は相変わらず向こうを見たまま。腕を頭の下に置いていた。
「まぁ…楽しかったよ。元嫁といた時間は無駄だったとか、あんな女選ばなきゃよかったとは思ってない。一緒にいたからこそ、こうして1人の時間も楽しいって思えるようになったし。別れた直後はくそしんどかったけど」
「…うん」
「今はないけど、この家に1人でいることが慣れてしばらくたった頃は"今も元嫁と一緒にいたらどんなんだったんだろうな"って思うことはあった。女々しくて未練がましいだろ」
柏木の自嘲に首を振った。本心から。
「だからじゃないけど、お前も後悔しない別れ方をしろよ。少しでも婚約者に会いたくなったらすぐ帰りな。婚約者もお前に会いたがってるかもしれんぞ」
「そうですけど…最近は電話とか連絡一切来なくなりましたよ。もうあっちも決めたんですよ────」
「知らねーのに決めつけんな!」
柏木の唐突の怒号に百合は体をビクつかせた。
2人の間に沈黙が下り、柏木が慌てて振り向いた。
「ご、ごめん」
「いえ…ちょっとびっくりしただけですから…」
仕事中に見たことのない彼の感情的な様子に百合は目を瞬かせた。
「お嬢に後悔してほしくないから…。俺たちにとっては可愛い皆の娘だ。最後の出勤日に笑顔で辞めていったお前に泣いて帰ってきてほしくない」
「はい…」
百合はゆっくりと何度もうなずいた。
幸せになってね、と何人に声をかけてもらったことか。そう簡単に捨てていい"今"ではない。だが────。
「こっちの気持ちも知らんとなんだ、だよな。こんなおっさんのとこに逃げ込むほど嫌だったよな…」
柏木は少しだけ体を寄せて百合の頭に手を置いた。
「今はここにいてもいい。でも必ず、婚約者と会ってちゃんと話をしろ。な? もしかしたら気が変わるかもしれないし…。5分後の考えは俺たちにも、お前にも分からない」
この先の考えは自分でさえ分からない。百合は今の言葉で納得した気がした。雅史に会おうか迷い始めたことを。
そういう展開になるかもしれない、と雪華に男性向けのお守りを渡された。どういう心配をしてるんだと当時は思ったが、それは間違いない。
夕飯は外で済ませ、予約していたホテルに入った。途中、コンビニでおやつを買いながら。
お互いにシャワーを済ませ、それぞれのベッドの上でテレビを見ていた。
並んだシングルベッド。真っ白なシーツがまぶしい。
明日も回りたいところがあるし先に寝るねと告げた百合を、雅史は後ろから抱きしめてベッドの上で寝転がった。
その腕の強さは今までにないもので。百合の肩に顔をおしつけた雅史の息がやけに響いた。
「雅史?」
名前を呼ぶと、腕を離され今度は正面から抱きしめられた。
背中をいったりきたりと上下する手つきに、体の中がぞくぞくした。
気づけばお互いをさらして夢中で求め合っていた。
思えば付き合っている間は会う度、帰る間際に愛し合った。
柏木より先に彼のベッドに入ってうとうととしていたら、寝室のドアが開く音がした。
振り向くと、目を泳がせている彼。不自然に寝巻きのポケットに手をツッコんでいた。
「…どうぞ?」
ベッドの端に寄って布団を上げると、柏木はおそるおそる布団の中に入って硬くなった。
「どうしたんですか?」
「お前はなんでそんな冷静なんだ」
そう言って柏木は向こうへ向いた。百合は目を伏せた。
やっぱり男女が同じベッドで寝るなんて、まして女から誘うのは大胆だっただろうか。
「ごめんなさい…今日だけは誰かと寝たかったんです」
「そこに婚約者はいないのか」
「…まだなんとも言えない」
すると柏木はガバッと起き上がり、百合のことを見た。
「やっぱりこんなの間違ってる! 俺はお前のことは…」
「柏木さん。何か誤解してます?」
「は?」
「もしかして寝るって抱き合うこととして受け取りました? だとしたらごめんなさい、違います」
柏木がベッドの上で突っ伏した。声にならない声を上げている。
「焦った…こんな小娘に誘われてホイホイ来ちまった俺も本当にバカ…」
「なんか…すみません」
百合は苦笑いを通り越して恥ずかしさで真っ赤になった。たしかに一緒に寝たいってそういう意味…いや、そういう展開になるかもしれないと受け取れる。
彼女は布団の中にもぐりこんで丸まった。
それでも結局、2人は同じベッドで寝た。
お互いに反対を向いて。
「柏木さん…?」
「なんだ?」
まだ起きている。百合は暗闇で目を伏せ、自分の前髪を軽くさわった。
「柏木さんは、結婚してよかったって思ったことはありますか」
「離婚したヤツに聞くか? もうちょいお前は頭がいいと思ってた」
「ごめんなさい!」
百合は勢いよく体の向きを変えて両手を合わせた。
「無神経でごめんなさい…」
「いいよ、うそうそ。お嬢のことだから何か思うことがあったんだろ」
「…はい」
柏木は相変わらず向こうを見たまま。腕を頭の下に置いていた。
「まぁ…楽しかったよ。元嫁といた時間は無駄だったとか、あんな女選ばなきゃよかったとは思ってない。一緒にいたからこそ、こうして1人の時間も楽しいって思えるようになったし。別れた直後はくそしんどかったけど」
「…うん」
「今はないけど、この家に1人でいることが慣れてしばらくたった頃は"今も元嫁と一緒にいたらどんなんだったんだろうな"って思うことはあった。女々しくて未練がましいだろ」
柏木の自嘲に首を振った。本心から。
「だからじゃないけど、お前も後悔しない別れ方をしろよ。少しでも婚約者に会いたくなったらすぐ帰りな。婚約者もお前に会いたがってるかもしれんぞ」
「そうですけど…最近は電話とか連絡一切来なくなりましたよ。もうあっちも決めたんですよ────」
「知らねーのに決めつけんな!」
柏木の唐突の怒号に百合は体をビクつかせた。
2人の間に沈黙が下り、柏木が慌てて振り向いた。
「ご、ごめん」
「いえ…ちょっとびっくりしただけですから…」
仕事中に見たことのない彼の感情的な様子に百合は目を瞬かせた。
「お嬢に後悔してほしくないから…。俺たちにとっては可愛い皆の娘だ。最後の出勤日に笑顔で辞めていったお前に泣いて帰ってきてほしくない」
「はい…」
百合はゆっくりと何度もうなずいた。
幸せになってね、と何人に声をかけてもらったことか。そう簡単に捨てていい"今"ではない。だが────。
「こっちの気持ちも知らんとなんだ、だよな。こんなおっさんのとこに逃げ込むほど嫌だったよな…」
柏木は少しだけ体を寄せて百合の頭に手を置いた。
「今はここにいてもいい。でも必ず、婚約者と会ってちゃんと話をしろ。な? もしかしたら気が変わるかもしれないし…。5分後の考えは俺たちにも、お前にも分からない」
この先の考えは自分でさえ分からない。百合は今の言葉で納得した気がした。雅史に会おうか迷い始めたことを。
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