ドレミファ・トランプ

織部

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私は貴方を利用する

私は貴方を利用する(1)

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 中学に入学してから一ヶ月が経過した。
 ゴールデンウィーク明けに行われた抜き打ち中間試験前テストの結果が職員室の前に貼り出されていると聞いて夜空ないとは、「見に行こうぜ」とデートにでも誘うみたいに顔を真っ赤にして嫌がる四葉よつばの手を引いて職員室へと向かった。
 何の予告もなく唐突に行われることから"最恐イベント"と生徒達に恐れられている抜き打ち中間試験前テストは、裏を返せば何の事前勉強もしていない、つまり生徒本来の学力が分かるとして、その結果が張り出されると全学年の生徒がケーキに群がる蟻のように集まり、自分の名前が見つかると狂喜し、自分の名前がないと膝から崩れ落ちるように絶望し、"自分はまだ実力を出し切ってない"と強がった。
 そんな抜き打ち中間試験テスト一年生の部で一位に輝いたのが……。
「おっあったあった」
 夜空が和やかな笑みを浮かべて一年生の部の天辺に書かれた名前を見た。
 そこに書かれていたのは……。
「やったな。四葉」
 四葉であった。
 夜空の硬く、大きな背中の後ろに隠れた四葉は、総合一位のところに自分の名前を見つけた瞬間、顔を真っ赤にして俯き、身の置き所がないかのように細い身体をもじった。
「う……うんっ……ありがとう……なーちゃん」
 四葉は、夜空の背の後ろから恥ずかしそうに上目遣いで言う。
 地味め美少女の眼鏡越しの上目遣い。大概の男子中学生ならそれだけで心臓破裂案件だが夜空はまるでデレた様子を見せずに和やかに微笑んだ。
「いや、俺何もしてないし」
 夜空は、はははっと笑う。
「な……なーちゃんは何位だったの?」
「……分からん」
 つまりランク圏外だったということだ。
「百位になってないことを祈るよ」
「そっそれってビリ確定ってことじゃん」
 四葉は、唇をむぅーっと尖らせる。
「四葉さーん!」
 突然、聞こえてきた大きな声に四葉の背筋がびくんっと弾ける。
 四葉達と同じ黒札小出身の女子生徒達が笑顔を浮かべてこちらに近づいてくる。
 女子生徒達の姿を見た四葉は、表情青く引き攣らせて夜空の身体を引っ張っぱり、くるっと女子生徒達の方を向かせると自身は亀のように背中の後ろに隠れてしまう。
 とんでもなく失礼な行動だが黒札小の同級生達の大半は四葉の気弱で引っ込み思案な性格を知ってるので気にした様子もなく、むしろ微笑ましい目を向けていた。
「四葉さん一位おめでとう!」
「さすが黒札小一の才女!」
「もう神ぃ!最高過ぎるぅー!」
 同級生達は、次々に賛辞の言葉を夜空越しに伝えていく。
 四葉は、あまりにもな褒め言葉の弾丸に羞恥を通り越して茹蛸になって夜空の背中にしがみ付く。
(だから来たくなかったんだよぉ)
 こんなものが張り出される所に来たら同級生達が騒がないはずがない。こぞって四葉を囲み込んでお神輿みたいにあれやこれやと持ち上げてくるに決まっている。
 それに……。
「見てよあいつら」
 同級生の一人がいやらしい笑みを浮かべて右の方を見る。
 男子と女子の混じった数名の生徒達がこちらをきつい目で睨んでいた。
 全員同じ一年生で……。
「赤札小の奴ら……悔しがってる」
 もう一人の同級生がプププッと口元を押さえて笑う。
 その笑いに気がついた生徒達は、憎々しげにこちらを睨み、唇を嫉妬と怒りに歪める。
 彼らは赤札小出身の同級生達だった。
 よく見ると彼らだけではない。
 他にも赤札小出身と思われる同級生や上級生達が四葉達をぎっと睨みつけている。
 四葉は、ぎゅっと夜空の背中を握りしめる。
 それに気づいた夜空は彼らの視線から四葉を守るように角度を変える。
 黒札小と赤札小は仲が悪い。
 それは元々知っていたことだが中学校に入学してからそれは露骨なまでに顕著に現れる。
 クラス内での衝突、部活内での小競り合い、そして成績の順位争い。
 いじめや喧嘩に発展するほどではないが大人になりきれない未成熟な少年少女達にありがちなネチネチとした争いが起きていた。
 そして今回の抜き打ち中間試験テストだ。
 四葉の総合一位。
 しかも二位の赤札小出身の生徒をとんでもなく点数を引き離しての大差の勝利。
 そんなもの……妬まれないはずがなかった。
「……くだらねえ」
 夜空は、普段和やかな笑みを浮かべた目をきつく細めて赤札小の生徒を牽制する。
 それに気づいて赤札小の生徒達は目を反らす。
 夜空が空手の実力者であることは赤札小にも知れ渡っているので絡もうとする生徒はいなかった。
 それを同級生達は、優越感に浸った笑みを浮かべて生徒達を見返す。
「あいつら……いい気味」
「散々自分達赤札小の方が凄いって調子に乗って……ざまあみろって感じ」
「自分の手柄でもない癖に」
「四葉さんの前に首を垂れてつくばえって感じよね」
 そう言って同級生達は赤札小の生徒達に分かるようにいやらしく笑い、赤札小の生徒達は憎々しげに奥歯を鳴らす。
 そんな様子を四葉は怯えた目で見つめ、そんな四葉の頭を夜空は優しく撫でる。
「大丈夫だ四葉。俺が付いてるから」
 そう言って優しく微笑むと四葉の頬が再び赤くなる。
 先ほどとは違う意味で。
「う……うん。ありがとう……なーちゃん」
 四葉は、口籠もりながらも夜空に御礼を言う。
 夜空は、ニコニコしながら四葉の髪を撫でる。
 その様子を同級生達がジトォーと見る。
「ねえ、やっぱ貴方達って付き合ってるの?」
 同級生の一人の歯に物を着せぬ言葉に四葉の表情が破裂する。
「なっななななだ何を……」
「そんな訳ないだろう」
 四葉が暴走した湯沸かしポット状態になっている横で夜空が和やかな笑みを浮かべて否定する。
「でも、いつも一緒にいるじゃん?」
 もう一人の同級生もじっと二人を見つめて言う。
「小学生の時からもうS極とN極かってくらいがっちり離れず」
「それを言うなら金魚のフンでしょう?櫻井がいっつも四葉さんの前に引っ付いてるじゃん」
「えーっ四葉さんのご尊顔に張り付いてるってこと?汚過ぎるぅ」
 そう言って同級生達は、キャッキャッキャッキャと騒ぎ出す。それだけを見てると年相応の女子中学生と変わらない。
「ねえ、実際どうなの?」
「ただの幼馴染とかじゃないんでしょ?」
「ひょっとして色々進んじゃってるの?金魚のフンどころか鎖系でガッチガチとか?いやぁ大人ァァ!」
 妄想の中で身悶える同級生達。
 四葉は、目の前で繰り広げられているハレンチ妄想恋愛女子トークをどうやって止めたらいいか分からず目を回し、夜空は思わず肩を竦めている。
「まぁ、とにかくあんたは四葉さんをしっかり守りなさいよ」
 同級生の一人がニヤニヤ笑いながら夜空の肩に手を置く。
 その手を見て四葉は、若干イラッとする。
「あの馬鹿達が嫉妬にかられて四葉さんに何するか分からないからさ」
 そう言って未だ敵意の視線を向けてくる赤札小の生徒達に目を向ける。
「なんかあったらうちら全然戦うし」
「黒札小の絆と凄さ。見せつけてやろう!」
 意気揚々と話す同級生たち。そんな彼女達を夜空は和やかな笑みを浮かべながらも呆れたような目をして見つめ、四葉は怯えと大きな不安に駆られる。
 黒札小と赤札小が仲の悪いのは知っていた。
 しかし、ここまで露骨な嫌悪と対立が起きているだなんて思わなかった。
 精々、優劣で揉めるくらいの小競り合いレベルだと思っていたのにこれでは一触即発の対立国状態ではないか。
 しかも赤札小の子と少し話すだけで非国民扱いの村八分をくらうとまで聞いたことがある。
 今だってそうだ。
 狭い廊下の中、表立って言い合いも喧嘩もしないものの成績の結果を見ながら視線と態度で殴り合っている。
(こんなんじゃ……)
 こんなんじゃ……彼女に……会え……。
(いや……違う……)
 例え黒札小と赤札小が仲良かったとしても関係ない。
 だって……。
(彼女とは……) 
 その時だ。
「四葉だぁ!」
 険悪な空気を突き破って爆発させるような明るく、大きな声が四葉の背中を叩きつける。
 そのあまりの声の大きさと明るさに生徒達は驚き、一斉に視線を向ける。
 四葉は、驚きに背筋を大きく震わせながらもその聞き覚えのある明るく、可愛らしい声に振り返ると絵本から抜け出したような美しい少女が立っていた。
 腰まで伸ばしたウェーブのかかった光沢のある黒髪、背が高く、制服越しにも分かる細いが女の子らしさが浮き出た肢体に彫りのある柔らかく美しい容貌、そしてあまりにも澄んだ青い目。
 その姿がかつて出会った少女の姿に重なる。
 彼女の姿を確認した瞬間周囲が騒めき出す。
「おいっあの子って……!」
「ああっ間違いない。この前テレビに出てた……」
「えっ何でいるの?遠征に行ってんじゃ……?」
 しかし、四葉の耳にはそんな声は届いてない。
 眼鏡の奥の目を大きく震わせて彼女を見る。
「馬場……さん?」
 四葉は、ぽそりっと呟くと少女はニコォっと誰もが頬を赤らめてしまうらくらい可愛らしく微笑む。
「やっぱり四葉だぁ!」
 そう叫んだ瞬間、少女は、羽が生えたように飛び跳ねて四葉の細い身体に思い切り抱きついた。
 その衝撃に夜空の身体が吹き飛び、周囲から悲鳴に近い騒めきが起きる。
 しかし、最も混乱したのは……四葉だった。
 突然の美少女の抱擁に四葉の心は羞恥と動揺に爆発寸前だった。
「いやーんっ四葉ぁ!四葉だぁ!可愛い!」
 そんな四葉の心境なんてお構いなしに少女……馬場明璃あかりは、四葉の頬に自分の頬を当てて頬擦りし、ぎゅっきゅっと抱きしめる。
「やっぱり会えたねぇ!嬉しい!嬉し過ぎるぅ!」
「ばっばばば……馬場さん⁉︎」
 四葉は、抱きしめられ、踠きながら何とか声を絞り出す。
 あれだけ再会するのを望んでいたのに混乱しまくりで感動どころではない。
「四葉ぁ!四葉ぁ!四葉ぁ!」
 明璃は、何度も何度も四葉の名を呼ぶ。
 その表情が少し陰っているように四葉には感じられ、混乱しながらも、どうしたのかと聞こうとする、と。
「四葉さんから離れろ!馬場!」
 同級生が怒りの形相を浮かべて四葉と明璃を引き剥がす。
 四葉は、よろけて倒れそうになったのを夜空が支え、明璃は、きょとんっとした顔をして同級生を見る。
「私達の四葉さんに触るな!」
「私達……の?」
 明璃は、首を傾げながら自分を睨んでくる同級生達を見る。
「四葉は人間よ?貴方達のモノではないでしょ?」
 何が言ってんだって言わんばかりに明璃の綺麗な眉間に皺が寄る。
「赤札小が気安く触るなって言ってんの!」
 同級生は、四葉に噛み付く。
「四葉さんは黒札小の至宝なの!」
「赤札小が近づいていい存在じゃないのよ!」
「ちょっと有名だからって調子に乗るな!」
 同級生達は、野犬のように目を凶暴に尖らせる。
 しかし、明璃は、まったく意に介した様子を見せず、にこっと口元に笑みを浮かべて呟く。
「うっさいザーコ」
 空気が静まり返る。
 同級生達も、周りの生徒達も天使のような可憐な少女の口から溢れた言葉を理解することが出来なかった。
「人のふんどしすがることしか出来ないなら喋んなよ。耳が腐って落ちるわ」
 明璃は、愛らしい笑みを浮かべたまま毒の言葉を吐く。
 同級生達はあまりの驚きと彼女の笑顔の奥から放たれる突き刺すような迫力に飲まれ言葉を失い、身体の動かし方を忘れてしまう。
「私は私が話したい人と話したい時に話すの。喋るだけのモブに用はないの」
 明璃は、同級生たちなんていないかのようにゆっくりと四葉に近づき、微笑む。
「ねっ四葉!」
 そう言って明璃は、にこっと微笑む。
 その笑みはあまりにも明るく、美しかった。
紅玉ルビーのように。
 四葉は、眼鏡の奥の目を見開いて凛々しく輝く彼女を見る。
 明璃は、四葉を支える夜空の顔を見上げる。
「て、ことで四葉借りていい?」
 明璃がにこっと微笑む。
 刹那。
 夜空の表情から笑みが消える。
「……何するつもりだ?」
 夜空の和やかな目が刀のように鋭くなり、目の奥が炎のように揺らめく。
 その変化に明璃は、少し驚いたように青い目を見開き、口元を綻ばせる。
「君いいね」
 明璃の細い指先が夜空の頬に触れる。
「すっごくいい」
 指先が頬のラインを伝って顎の先で止まる。
 その氷上の選手フィギア・スケーターのように滑らかで官能的な指の動きに四葉は思わず魅入ってしまい、同級生達は頬を赤らめ釘付けになる。
 明璃は、夜空の顔を青い目で透かすように覗き込む。
「私は、馬場明璃あかり
「知ってる。有名人だから」
「君は?」
「櫻井夜空ないと
 夜空は、抑揚なく答える。
「櫻井……夜空ないと……」
 明璃は、青い目を大きく見開き、夜空と四葉を交互に見て、ニヤッと笑う。
「まさに騎士ナイトね」
 そう言うと明璃は、夜空の顎先から指を離してそのまま四葉の細い肩の上に置くとぎゅっと掴んで自分の方に彼女を引き寄せる。
 予想外の強い力に四葉の身体は倒れ込むように明璃の胸にダイブする。
 四葉は、予期せぬ事象ランダム・イベントと見かけからは想像も出来ない柔らかな感触と甘い匂いに混乱して目を回す。
「女王様……借りてくわね」
 四葉を文字通り女王様のように抱きしめながら明璃は言う。
「……何もしないんだろうな?」
「お話しするだけよ」
「なんの?」
「女子トークは男子禁制よ」
 明璃は、人差し指を立てて自分の唇に当てる。
「ご理解して。騎士ナイト様」
 そう言ってウインクする。
 夜空の目と明璃の青い目が交差する。
 周りの生徒は固唾を飲んで見守り、四葉は明璃の胸の中で踠き続ける。
 夜空の目から険が消える。
「ちゃんと返せよ」
「りょ!」
 明璃は、小さな額に手を当てて敬礼すると四葉を胸に抱きしめたまま去っていく。
 そのあまりにも衝撃的な行動と事象に黒札小の生徒も赤札小の生徒も反応することが出来なかった。
 夜空だけが和かな笑みを浮かべて小さく手を振っていた。
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