2 / 122
02.誰か私の息子を返して
しおりを挟む
激痛に耐えて産んだ息子を、まるでどうでもいいかのように扱われた。その衝撃から立ち直れないまま、私は息子に乳を与える。生まれて2日目、まだ名づけもされていない我が子に涙が零れた。彼はあのあと顔を見せない。領地で暮らす義父母がこちらに向かっていると、執事から聞かされた。
「そう、お迎えは丁重にね」
痛ましそうに私を見る執事アーロンは、礼儀正しく一礼して部屋を出る。きっと昨日の騒ぎは使用人も全員知ってるのよね。恥ずかしいと思うより、怒りが込み上げた。
女性にとって出産は命懸けなの。体が二つに裂けるかと思う激痛に耐え、大量の出血を伴いながら我が子を送り出す。天からの授かり物なんだから、男女は生まれてみるまで分からないわ。そんなこと、分かってるじゃない。怒りのあまり震える拳に、涙が落ちた。
「うぅ」
むずがる我が子に、慌てて笑顔を作る。大丈夫よ、あなたは私が守るわ。お義母様やお義父様が到着したら、まず名づけをお願いしましょう。そうよ、ベルナルドの血を引く直系の跡取りだもの。可愛がってもらえるわ。気持ちを落ち着けて、笑顔で授乳を続けた。
母親が不安定になれば、子は本能で察する。だから微笑みかけてあげなさい。助産婦の老女が気遣うように告げた言葉を胸に刻み、私は深呼吸して満足した息子の背を撫でる。げぷっと音がしたのを確認し、子守の得意な侍女に渡した。
私の寝室に運び込まれた赤子用のベッドは、柵が付いている。落下防止の柵の内側で、微睡む息子の手が布をきゅっと握った。緻密な陶器人形のような指は、意外にも力強い。
領地から向かう義父母が到着するまで、あと半日くらいかしら。それまで体を休めて、万全の態勢でお迎えしなくては。専属侍女カリナに促され、横たわった。視線の先に息子のベッドがある。微笑んで目を閉じた。
大丈夫よ、彼も動揺しただけ。落ち着けば、息子の誕生をきっと喜んでくれるはず。期待は呼吸を穏やかにし、疲れた体が眠りを要求する。
「ご安心ください、奥様。坊ちゃまは私がしっかり見ておりますから」
「お願い、ね……カリナ」
すっと眠りに落ちた私は夢も見ないほど疲れていたみたい。目が覚めたのは、夕方近かった。慌てて身を起こし、息子のベッドを見て……固まる。
「カリナっ! カリナ!!」
侍女の名を呼んでベルを鳴らす。駆けこんだ彼女は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「奥様、落ち着いてください」
「この子は誰、私の息子は?」
「旦那様のご指示です」
「……え?」
後ろから駆けこんだ執事の言葉に、私は目を見開いたまま赤子に視線を落とした。夫ベルナルドと同じ金髪に、私と同じアンバーの瞳の息子が眠るはずのベビーベッド。そこに横たわるのは見知らぬ赤子だった。ややくすんだ髪色は、金茶に近い。私の大声に驚いたのか、大きな緑の瞳が瞬いた。
「嫌よ、私の息子はどこなの? こんな子知らない、知らないわ!」
混乱して騒ぐ私に、駆け込んだ主治医が鎮静薬を与える。拒んで騒ぐ私の口に流し込まれた薬が、喉を滑り落ちた。急速に訪れる眠りは不快で、嫌だと泣きながら気を失った。
この子は違う、誰か私の息子を返して――。
「そう、お迎えは丁重にね」
痛ましそうに私を見る執事アーロンは、礼儀正しく一礼して部屋を出る。きっと昨日の騒ぎは使用人も全員知ってるのよね。恥ずかしいと思うより、怒りが込み上げた。
女性にとって出産は命懸けなの。体が二つに裂けるかと思う激痛に耐え、大量の出血を伴いながら我が子を送り出す。天からの授かり物なんだから、男女は生まれてみるまで分からないわ。そんなこと、分かってるじゃない。怒りのあまり震える拳に、涙が落ちた。
「うぅ」
むずがる我が子に、慌てて笑顔を作る。大丈夫よ、あなたは私が守るわ。お義母様やお義父様が到着したら、まず名づけをお願いしましょう。そうよ、ベルナルドの血を引く直系の跡取りだもの。可愛がってもらえるわ。気持ちを落ち着けて、笑顔で授乳を続けた。
母親が不安定になれば、子は本能で察する。だから微笑みかけてあげなさい。助産婦の老女が気遣うように告げた言葉を胸に刻み、私は深呼吸して満足した息子の背を撫でる。げぷっと音がしたのを確認し、子守の得意な侍女に渡した。
私の寝室に運び込まれた赤子用のベッドは、柵が付いている。落下防止の柵の内側で、微睡む息子の手が布をきゅっと握った。緻密な陶器人形のような指は、意外にも力強い。
領地から向かう義父母が到着するまで、あと半日くらいかしら。それまで体を休めて、万全の態勢でお迎えしなくては。専属侍女カリナに促され、横たわった。視線の先に息子のベッドがある。微笑んで目を閉じた。
大丈夫よ、彼も動揺しただけ。落ち着けば、息子の誕生をきっと喜んでくれるはず。期待は呼吸を穏やかにし、疲れた体が眠りを要求する。
「ご安心ください、奥様。坊ちゃまは私がしっかり見ておりますから」
「お願い、ね……カリナ」
すっと眠りに落ちた私は夢も見ないほど疲れていたみたい。目が覚めたのは、夕方近かった。慌てて身を起こし、息子のベッドを見て……固まる。
「カリナっ! カリナ!!」
侍女の名を呼んでベルを鳴らす。駆けこんだ彼女は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「奥様、落ち着いてください」
「この子は誰、私の息子は?」
「旦那様のご指示です」
「……え?」
後ろから駆けこんだ執事の言葉に、私は目を見開いたまま赤子に視線を落とした。夫ベルナルドと同じ金髪に、私と同じアンバーの瞳の息子が眠るはずのベビーベッド。そこに横たわるのは見知らぬ赤子だった。ややくすんだ髪色は、金茶に近い。私の大声に驚いたのか、大きな緑の瞳が瞬いた。
「嫌よ、私の息子はどこなの? こんな子知らない、知らないわ!」
混乱して騒ぐ私に、駆け込んだ主治医が鎮静薬を与える。拒んで騒ぐ私の口に流し込まれた薬が、喉を滑り落ちた。急速に訪れる眠りは不快で、嫌だと泣きながら気を失った。
この子は違う、誰か私の息子を返して――。
150
あなたにおすすめの小説
【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる