【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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38.ナサニエルが熱を!

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「部屋に戻りましょうか。もう片付いた頃ね」

 微笑むお母様に頷き、ずっと眠ったままの我が子を覗く。少し顔が赤いかしら。でも夕焼けが反射しているのかも。赤く染まり始めた空が見える温室を出ると、思いの外寒かった。ふるりと肩を震わせ、屋敷へ駆け込む。

「ナサニエルが静かだわ」

 ベッドから抱き上げようと触れて、びっくりする。体温が高い、熱があった。

「お母様、お医者様をお願い。ナサニエルが熱を!」

「すぐに手配を……サロモン、すぐ医者を呼んで。ティトは部屋を暖めてちょうだい。それからテレサはいる? 氷を用意させて」

 大至急で、と付け加えたお母様の命令が屋敷に行き渡る。荷解き途中の侍女テレサが駆けつけ、氷を用意するため厨房へ向かった。すでに住めるよう手配された屋敷は、食材や厨房設備が稼働している。暖炉に使う薪を手配する執事ティトが、部屋の扉を開いた。

 急ぎ足で連れ戻ったナサニエルは、泣かずにぐずぐずと小さな声を漏らす。なぜもっと早く気づけなかったのかしら。後悔に苛まれながら、ナサニエルの小さな体を追加の毛布で包んだ。首の周りに赤い発疹がある。

 考えてみたらおかしいのよ。とっくにお乳を欲しがって泣く時間を過ぎた。声を上げて騒ぐこともなく、ぐったりとベッドで寝ていたわ。ずっと具合が悪かったとしたら……私のせいだわ。

 混乱しながらも受け取った氷をタオルで包み、ナサニエルの小さな額に乗せた。ずれて落ちてしまうので、頭を冷やすよう位置を変える。小さな口がぱくぱくと動くけれど、お乳? それとも……別の何かが欲しいの?

 母なのに何も分からないことが、ただただ怖い。半泣きでナサニエルの小さな指に触れた。いつもより温かい。その上から、お母様が手を重ねた。

「赤ちゃんは急に熱を出すことがあるの。すぐにお医者様が診てくださるわ」

 後ろで執事ティトの指示で、侍従達が暖炉に火を入れた。まだ早い時期だけど、迎賓館として使用された建物の準備は万端だ。季節外れでも薪は積まれている。遠慮なく燃やし、部屋を暖めた。

「喉が渇いたのかしらね」

 お母様はテレサに命じて、綿と水を用意させた。やり方を教えてもらい、私の手で水を与える。綿に染み込ませた水を、唇の上に押し当てた。少しだけ絞る。様子を見ながら、また水を押し当てた。ちゅっと水を吸う音がする。

 夢中になって水を与え、ナサニエルが眠ったのを確認して片付けた。窓の外はもう薄闇で、引っ越したばかりで勝手の分からない侍女や侍従が右往左往している。騒がしい屋敷の中、張り上げた家令サロモンの声が響いた。

「奥様、お嬢様! お医者様がお見えです」

「早く、こちらよ」

 自ら扉を開けて廊下に飛び出したお母様が、お医者様とサロモンを招き入れる。大股で近づいたお医者様は、初老の男性だった。どさっとバッグを足元に置き、ベビーベッドで眠ったナサニエルの診察を始める。

「失礼しますぞ、挨拶は後で」

「はい、お願いします」

 無駄な挨拶を後回しにする態度に、私は信用できると感じた。苦しむ赤子の前で、のんびり挨拶するような医者なんて信じられない。肌に触れたり、胸元に浮かんだ発疹を確認した。呼吸音も耳を寄せて確かめ、彼は口元を緩める。

「疲れによる発熱でしょう。これを胸元に塗ってください。吸い込む薬になります」

 渡されたのは小さな薬壺だった。濃い緑色のクリームが入っている。胸元や首の周辺へ、薄く塗り広げると説明された。頷いて実践し、目の前で確認したお医者様は頷く。

「早ければ明後日には熱が下がります。明日と明後日、同じくらいの時間に診察に伺いましょう」

 ほっとした。荒い呼吸で上下する胸元には、つんとした香りの薬草クリームがべったり。ナサニエルの赤い頬に指先を触れ、ごめんなさいと呟いた。
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