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本編
第59話 優しい牢に囚われる
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魔王イヴリースが捕らえた獲物が、地下牢に大切に保管されている。その中には麗しい姫君もいらっしゃるらしい。囁かれる噂に、魔国サフィロスは湧き立った。
滅多に動かない魔王の噂に飢えた魔族は、尾鰭背鰭をつけて広める。そこに悪気はまったくなく、単純に敬愛する最強の魔族の王に対する親しみがあった。公式行事以外は表に出ない魔王イヴリースの姿が、番を得たことで見られるようになる。根拠のない希望まで、いつの間にか噂の一部になっていた。
広がる根も葉もない噂を、宰相メフィストは愉しそうに煽る。噂を上書きする必要はない。嘘であっても、イヴリースが姿を見せれば噂は終わりだった。姿を見せたことが新たな噂を呼んで駆け巡る。
カリスマ性のある魔王は冷酷だが、庇護する民を守る強さと鷹揚さは持っていた。数代前の魔王のように、気に入った魔族と戦うことにのみ腐心し、国の財政を傾けたりしない。当たり前のことを処理するだけで、評判はうなぎ上りだった。
「そろそろいいでしょうか」
十分に蔓延した噂に、ちくりと刺さる棘を仕込んだ。『魔王の番が、魔王城の地下に作られた豪華な空間に住んでいる』『彼女を溺愛するあまり、魔王は誰の目にも触れさせないよう囲った』――これらは「嘘」であり「餌」だった。
「メフィスト様、楽しそうですね」
腰に手を当てたアモンが肩を竦める。隣でマルバスが溜め息をついた。魔王軍の上位に位置する彼と彼女が警護する姫は、豪華な部屋に囚われている。
部屋と呼ぶより、やはり牢と表現すべきだろう。鉄格子こそないものの、すべての出入り口に魔法陣で封印が施されている。どこにも逃げられないよう、誰かが侵入して攫わぬよう。細心の注意を払って、姫が傷つかないように作られた『豪華で優しい牢』なのだ。
白い壁に散るのは春の野原の風景だ。絵画のように描かれた風景は淡い色を主体としており、部屋の調度品を引き立てた。化粧をする鏡台は豪華な黒檀を削り出した逸品で、その隣のチェストも芸術品だった。
部屋の窓よりに置かれたテーブルセットは魔王が自ら選び、姫に似合うからと用意させた特注品だ。ベッドは隣室なので見えないが、天蓋とシャンデリアが運び込まれる様は噂になった。今まで得た魔王としての収入をすべて注ぎ込むのではないか。そう言われるほど、金に糸目をつけずに集められた部屋の調度品や小物は、鏡台の端に置かれたブラシから花瓶に至るまで美しい。
「……豪華な部屋もいいけど、飽きましたわ」
誰も来ないじゃないの。文句を言う姫に、メフィストは唇に人差し指を当てる。しぃ……あと少しです。そう告げる宰相の黒い笑みに、姫は顔を隠すヴェールの内側で溜め息をついた。
滅多に動かない魔王の噂に飢えた魔族は、尾鰭背鰭をつけて広める。そこに悪気はまったくなく、単純に敬愛する最強の魔族の王に対する親しみがあった。公式行事以外は表に出ない魔王イヴリースの姿が、番を得たことで見られるようになる。根拠のない希望まで、いつの間にか噂の一部になっていた。
広がる根も葉もない噂を、宰相メフィストは愉しそうに煽る。噂を上書きする必要はない。嘘であっても、イヴリースが姿を見せれば噂は終わりだった。姿を見せたことが新たな噂を呼んで駆け巡る。
カリスマ性のある魔王は冷酷だが、庇護する民を守る強さと鷹揚さは持っていた。数代前の魔王のように、気に入った魔族と戦うことにのみ腐心し、国の財政を傾けたりしない。当たり前のことを処理するだけで、評判はうなぎ上りだった。
「そろそろいいでしょうか」
十分に蔓延した噂に、ちくりと刺さる棘を仕込んだ。『魔王の番が、魔王城の地下に作られた豪華な空間に住んでいる』『彼女を溺愛するあまり、魔王は誰の目にも触れさせないよう囲った』――これらは「嘘」であり「餌」だった。
「メフィスト様、楽しそうですね」
腰に手を当てたアモンが肩を竦める。隣でマルバスが溜め息をついた。魔王軍の上位に位置する彼と彼女が警護する姫は、豪華な部屋に囚われている。
部屋と呼ぶより、やはり牢と表現すべきだろう。鉄格子こそないものの、すべての出入り口に魔法陣で封印が施されている。どこにも逃げられないよう、誰かが侵入して攫わぬよう。細心の注意を払って、姫が傷つかないように作られた『豪華で優しい牢』なのだ。
白い壁に散るのは春の野原の風景だ。絵画のように描かれた風景は淡い色を主体としており、部屋の調度品を引き立てた。化粧をする鏡台は豪華な黒檀を削り出した逸品で、その隣のチェストも芸術品だった。
部屋の窓よりに置かれたテーブルセットは魔王が自ら選び、姫に似合うからと用意させた特注品だ。ベッドは隣室なので見えないが、天蓋とシャンデリアが運び込まれる様は噂になった。今まで得た魔王としての収入をすべて注ぎ込むのではないか。そう言われるほど、金に糸目をつけずに集められた部屋の調度品や小物は、鏡台の端に置かれたブラシから花瓶に至るまで美しい。
「……豪華な部屋もいいけど、飽きましたわ」
誰も来ないじゃないの。文句を言う姫に、メフィストは唇に人差し指を当てる。しぃ……あと少しです。そう告げる宰相の黒い笑みに、姫は顔を隠すヴェールの内側で溜め息をついた。
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