77 / 238
本編
第74話 消えた奴隷は誰も知らない
しおりを挟む
奴隷商に捕まって、地下室に閉じ込められた。泣き疲れて眠ったところを運ばれたのだろう。知らない場所にいた。
個室だろうか。薄暗い部屋にはベッドのみ、他の家具は一切なかった。窓はあるが格子がついている。押したら開かないかしら、そう考えたエルザはドアに手を掛けた。鍵が掛かっているのか、ノブは回らない。
仕方なくベッドの上に腰掛けた。スプリングは良くない。寝転がる気になれず、座ったまま格子付きの窓を眺めた。外の様子は見えない。立ち上がって見下ろさないと、景色は空だけだった。
ノックの音がしてエルザは振り返る。そこに立つユルゲンの執事は、無表情だった。感情を一切見せない男に恐怖を感じて、ベッドの向こう側へ逃げる。壁に張り付いて様子を伺うエルザを気にせず、執事は一歩下がって客を招き入れた。
部屋の中の少女をじっくりと見定めた客は、にやりと笑った。でっぷり太った腹を揺すり、満足げに執事へ告げる。
「なるほど、若い女だ。本当に初物か?」
「医者の診断を経ております」
淡々と奴隷の説明をする執事が、1枚のメモを見せた。金額が示されたその紙に、客は渡されたペンでサインする。これで売買契約は成立した。一礼して下がろうとした執事へ、エルザが叫んだ。
「何なの! この部屋から出してよ」
怖いもの知らずのエルザへ、客は「元気で結構」と大きく頷いた。震えて怯える女より、強気な女を手懐けるのが好きな悪癖持ちは、配送の手配を終えると部屋をでた。
「いつも良い品を揃えていただき、感謝している。ユルゲン殿によろしくお伝えくだされ」
「伝言、お預かりいたします」
売買されたエルザに同情心はない。この客は多少性癖に問題はあるが、購入した奴隷をきちんと扱う。彼女も望んだ形ではないにしろ、衣食住に困る心配はなかった。
体と若さ以外何ら取り柄のない少女の売却先として、これ以上ない良縁だ。客を見送ったあと、執事は普段通りに配送の手配をした。
その日の夜、眠らせたエルザが運び出され……聖女になり損ねた少女は、奴隷商ユルゲンの手を離れた。
「助けてやろうか?」
配送中の馬車を襲った魔族は、美しい顔で尋ねる。長身ですらりとした青年に、エルザはうっとりした顔で頷いた。運が向いてきたわ。今度こそ贅沢させてくれる見た目のいい男を捕まえた!
考えの足りないエルザは、失敗に懲りる気はなかった。美しい青年の手を取り、微笑む。エルザを連れた魔族は、影の中に姿を消した。
残されたのは……惨殺された御者や馬の死体。壊された馬車は赤く汚れていた。森を抜ける前に襲われた馬車の話が、誰かの口の端に乗ることはない。その直後に起きた、ヒュドラの襲撃によって被害は闇の中に消えたのだ。
まるで馬車の通過を待って、騒ぎを起こしたかのように。馬車の消失点とヒュドラの発生点は、ぴたりと重なった。
個室だろうか。薄暗い部屋にはベッドのみ、他の家具は一切なかった。窓はあるが格子がついている。押したら開かないかしら、そう考えたエルザはドアに手を掛けた。鍵が掛かっているのか、ノブは回らない。
仕方なくベッドの上に腰掛けた。スプリングは良くない。寝転がる気になれず、座ったまま格子付きの窓を眺めた。外の様子は見えない。立ち上がって見下ろさないと、景色は空だけだった。
ノックの音がしてエルザは振り返る。そこに立つユルゲンの執事は、無表情だった。感情を一切見せない男に恐怖を感じて、ベッドの向こう側へ逃げる。壁に張り付いて様子を伺うエルザを気にせず、執事は一歩下がって客を招き入れた。
部屋の中の少女をじっくりと見定めた客は、にやりと笑った。でっぷり太った腹を揺すり、満足げに執事へ告げる。
「なるほど、若い女だ。本当に初物か?」
「医者の診断を経ております」
淡々と奴隷の説明をする執事が、1枚のメモを見せた。金額が示されたその紙に、客は渡されたペンでサインする。これで売買契約は成立した。一礼して下がろうとした執事へ、エルザが叫んだ。
「何なの! この部屋から出してよ」
怖いもの知らずのエルザへ、客は「元気で結構」と大きく頷いた。震えて怯える女より、強気な女を手懐けるのが好きな悪癖持ちは、配送の手配を終えると部屋をでた。
「いつも良い品を揃えていただき、感謝している。ユルゲン殿によろしくお伝えくだされ」
「伝言、お預かりいたします」
売買されたエルザに同情心はない。この客は多少性癖に問題はあるが、購入した奴隷をきちんと扱う。彼女も望んだ形ではないにしろ、衣食住に困る心配はなかった。
体と若さ以外何ら取り柄のない少女の売却先として、これ以上ない良縁だ。客を見送ったあと、執事は普段通りに配送の手配をした。
その日の夜、眠らせたエルザが運び出され……聖女になり損ねた少女は、奴隷商ユルゲンの手を離れた。
「助けてやろうか?」
配送中の馬車を襲った魔族は、美しい顔で尋ねる。長身ですらりとした青年に、エルザはうっとりした顔で頷いた。運が向いてきたわ。今度こそ贅沢させてくれる見た目のいい男を捕まえた!
考えの足りないエルザは、失敗に懲りる気はなかった。美しい青年の手を取り、微笑む。エルザを連れた魔族は、影の中に姿を消した。
残されたのは……惨殺された御者や馬の死体。壊された馬車は赤く汚れていた。森を抜ける前に襲われた馬車の話が、誰かの口の端に乗ることはない。その直後に起きた、ヒュドラの襲撃によって被害は闇の中に消えたのだ。
まるで馬車の通過を待って、騒ぎを起こしたかのように。馬車の消失点とヒュドラの発生点は、ぴたりと重なった。
13
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる