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本編
第126話 若き王は英雄に憧れる
アゲート国王から話を持ちかけられたネフライト国の王子は、病床にある父王に代わり軍を動かした。ユーグレース国にもっとも近い地の利を生かし、北の端にある元へーファーマイアー領へ攻め込む。
後ろからすぐに援軍が来る。そう信じる愚か者は、目の前にある宝石箱を荒らすことしか考えていなかった。美女、宝石、奴隷……手柄の功績としていくらでも手に入る。目先の欲に駆られて状況判断が出来なかった。
なぜへーファーマイアー家が、北の端に領地を得たのか。どうして彼らは独立できたのか。
魔物の暴走を食い止めて周辺諸国を守ったアルブレヒト辺境伯、隣国の進軍をわずかな手勢で防ぎ切ったヘルマン男爵、内政の寵児と謳われ財政を立て直したアウエンミュラー侯爵……様々な分野のトップが、そろって頭を垂れる。その意味に思い至ることが出来なかった。
古い都の外壁を、魔物対策として修繕した壁を前に、王子は鬨の声をあげた。
「獲物は目の前だ! 蹂躙せよ」
「「「おう」」」
兵士の興奮した声に励まされ、ネフライトの王子は馬を走らせた。騎馬兵を中心に、機動力を高めた軍が外壁に向かう。開いたままの門を潜った瞬間、先兵が悲鳴を上げて落馬した。後ろから駆け込んだ兵は避けることが出来ず、味方の兵を踏み潰す。馬は上手に逃げ回り、外壁内で待ち構えたクリスタの兵士に回収された。
落ち着かせて厩に連れて行かれる馬をよそに、人間はすべて切り捨てられる。国民も兵も足りたクリスタ国にとって、禍の種となる他国の因子を迎え入れる利点はなかった。
ネフライトの軍人は徴兵制ではない。望んで軍属に就いた以上、戦死は覚悟していたはず。悲鳴を上げて逃げ回る兵は後ろから来た馬に踏まれ、倒れたところを槍で止めを差された。さすがに王子も進軍のスピードを緩め、死体を避けて進むよう指示を出す。だが遅かった。
「出撃しろ、我らが領地を荒らす者を許すな」
国王ベルンハルトの下知に「承知」と答えて飛び出したのは、ヘルマン男爵だった。年老いたとはいえ、その剣技も経験も他の兵の比にならない。好々爺とした顔は引き締まり、鬼の如き形相だった。隣に息子ブルーノを従え、馬を手足のように操って飛び出す。追いかける息子を置き去りにする勢いだった。
「遅れを取るな、俺もでるぞ」
アルブレヒト辺境伯が飛び出し、部下が大急ぎで後を追う。魔物相手が多い辺境伯は、騎乗戦より歩兵戦を好む。ネフライトの騎馬兵を相手に槍を振るうヘルマン男爵配下の脇を抜け、奥で待つ歩兵に飛びかかった。馬を放り出し、飛び降りたクリスタ国の将軍は高らかに名乗りを上げる。
「我こそは、クリスタ国の将軍アルブレヒト伯ニクラウスなり。腕に自信のある者はかかってくるが良い」
活気づく戦場を外壁の上に右肘をついて眺めながら、ベルンハルトは羨ましそうに剣の柄に指先を滑らせた。
「俺も出たかった……」
「それは国王陛下のお役目ではありません」
執事のスヴェンに素気無く却下され、わかってると呟く。まだ若いのに、根が生えてしまいそうだ。ぼやきながら、明らかな勝ち戦を見下ろす男の悩みは贅沢だった。
「もっと手応えのある敵なら」
「そのようなお言葉、誰かに聞かれでもしたら」
「父上が国王を引き受けてくれたら、俺も戦場に出られたんだが、残念に思うくらいは許してくれ」
せっかく極めた剣を民のために振るうことなく、お飾りにしなくてはならない。魔王がアゲート国の連合を叩くなら、続く大きな戦はないだろう。英雄譚に憧れた若者として、腕を腐らせる無念さを口にした国王に、老執事はだまって頭を下げた。
後ろからすぐに援軍が来る。そう信じる愚か者は、目の前にある宝石箱を荒らすことしか考えていなかった。美女、宝石、奴隷……手柄の功績としていくらでも手に入る。目先の欲に駆られて状況判断が出来なかった。
なぜへーファーマイアー家が、北の端に領地を得たのか。どうして彼らは独立できたのか。
魔物の暴走を食い止めて周辺諸国を守ったアルブレヒト辺境伯、隣国の進軍をわずかな手勢で防ぎ切ったヘルマン男爵、内政の寵児と謳われ財政を立て直したアウエンミュラー侯爵……様々な分野のトップが、そろって頭を垂れる。その意味に思い至ることが出来なかった。
古い都の外壁を、魔物対策として修繕した壁を前に、王子は鬨の声をあげた。
「獲物は目の前だ! 蹂躙せよ」
「「「おう」」」
兵士の興奮した声に励まされ、ネフライトの王子は馬を走らせた。騎馬兵を中心に、機動力を高めた軍が外壁に向かう。開いたままの門を潜った瞬間、先兵が悲鳴を上げて落馬した。後ろから駆け込んだ兵は避けることが出来ず、味方の兵を踏み潰す。馬は上手に逃げ回り、外壁内で待ち構えたクリスタの兵士に回収された。
落ち着かせて厩に連れて行かれる馬をよそに、人間はすべて切り捨てられる。国民も兵も足りたクリスタ国にとって、禍の種となる他国の因子を迎え入れる利点はなかった。
ネフライトの軍人は徴兵制ではない。望んで軍属に就いた以上、戦死は覚悟していたはず。悲鳴を上げて逃げ回る兵は後ろから来た馬に踏まれ、倒れたところを槍で止めを差された。さすがに王子も進軍のスピードを緩め、死体を避けて進むよう指示を出す。だが遅かった。
「出撃しろ、我らが領地を荒らす者を許すな」
国王ベルンハルトの下知に「承知」と答えて飛び出したのは、ヘルマン男爵だった。年老いたとはいえ、その剣技も経験も他の兵の比にならない。好々爺とした顔は引き締まり、鬼の如き形相だった。隣に息子ブルーノを従え、馬を手足のように操って飛び出す。追いかける息子を置き去りにする勢いだった。
「遅れを取るな、俺もでるぞ」
アルブレヒト辺境伯が飛び出し、部下が大急ぎで後を追う。魔物相手が多い辺境伯は、騎乗戦より歩兵戦を好む。ネフライトの騎馬兵を相手に槍を振るうヘルマン男爵配下の脇を抜け、奥で待つ歩兵に飛びかかった。馬を放り出し、飛び降りたクリスタ国の将軍は高らかに名乗りを上げる。
「我こそは、クリスタ国の将軍アルブレヒト伯ニクラウスなり。腕に自信のある者はかかってくるが良い」
活気づく戦場を外壁の上に右肘をついて眺めながら、ベルンハルトは羨ましそうに剣の柄に指先を滑らせた。
「俺も出たかった……」
「それは国王陛下のお役目ではありません」
執事のスヴェンに素気無く却下され、わかってると呟く。まだ若いのに、根が生えてしまいそうだ。ぼやきながら、明らかな勝ち戦を見下ろす男の悩みは贅沢だった。
「もっと手応えのある敵なら」
「そのようなお言葉、誰かに聞かれでもしたら」
「父上が国王を引き受けてくれたら、俺も戦場に出られたんだが、残念に思うくらいは許してくれ」
せっかく極めた剣を民のために振るうことなく、お飾りにしなくてはならない。魔王がアゲート国の連合を叩くなら、続く大きな戦はないだろう。英雄譚に憧れた若者として、腕を腐らせる無念さを口にした国王に、老執事はだまって頭を下げた。
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