188 / 238
本編
第185話 お嬢様なりの事情
ゾンマーフェルト侯爵家の屋敷は王城から見て東側に位置する。大型の猛獣に分類されるが、カバは大人しいことでも知られる動物だった。その獣人は数が少なく、しかし途絶えることなく存続している。王都防衛の要として、守護の侯爵と呼ばれる家柄だった。
シャルロッテは、王都の警備隊の頂点に立つ父に「いつか王妃になれ」と言われて育った。教育の内容も王妃として立つことを前提に用意され、彼女はその敷かれたレールに沿って成長する。美しさだけでなく、聡明さや優雅な所作を兼ね備えた女性なのだ。
多少きつい性格をしているが、それは現王妃のブリュンヒルデも同様だった。水魔法を得意とする彼女は、王妃候補に昇りつめたが……ノアール国王が選んだのはブリュンヒルデだ。その時点で、シャルロッテは自分の存在価値と未来を見失った。
王妃に選ばれなかったことを父に詰られ、ぎすぎすした家を嫌った弟は騎士として外へ出てしまう。すでに亡き母が生きていたら、何か違ったのかしら。
見上げる立派な屋敷は、まるで牢獄だ。弟を連れ戻そうと父は必死だが、おそらく無理だろう。執事を務める乳兄弟の言う通り、覚悟を決めて婿を入れなければ家が途絶えてしまう。
「こんな家、いっそ盛大に滅びればいいのに」
こんな家を後生大事に守る必要性が理解できない。吐き捨てたご令嬢に執事は肩を竦めた。
「お嬢様が望まれるのなら、それもいいでしょうね」
反論しない幼馴染を振り返り、シャルロッテはしばし考え込む。自分は何を望んできたのか――王妃になりたいという望みは、父の押し付けと刷り込みによる勘違いかもしれない。そもそも王妃になって何がしたいと思ったことがなかった。
国王ノアールを愛しているかと問われれば、首をかしげる。狐獣人が王家の血として認められるのは、複数の尻尾を持つ化け狐の子孫だからだ。ここ数代は尻尾は1本で、あの有能な王姉カサンドラでさえ2本に届かなかった。
兎獣人のブリュンヒルデが生んだ王子も尻尾は1本。カバ獣人の自分が嫁いだとして、2本に増やせる自信はない。ならば自分が王妃になる理由は何もなくて……。
「お茶が飲みたいわ」
「お部屋にご用意します」
何のお茶か、どんな茶菓子が必要か。口にしなくても理解して用意する有能な執事の背を見送り、シャルロッテは大きく深呼吸した。部屋の窓際に置いたお気に入りの長椅子に座り、運ばれたお茶に口をつける。薫り高い紅茶は気持ちが落ち着くハーブティだった。
「ねえ、婿を取るなら誰がいいかしら」
お茶菓子を取り分ける執事に尋ねる。普段なら考えられない所作で、がちゃんと食器が音を立てた。耳障りな音が、ひどく心地よく響く。にっこり笑って、シャルロッテは再び同じ意味の問いかけを繰り返した。
「私の夫になれる人って、誰かいた?」
焦った様子で、やや乱暴に菓子が並べられる。目の前に皿を置いた執事の手を握り、シャルロッテは意味ありげに微笑んだ。
シャルロッテは、王都の警備隊の頂点に立つ父に「いつか王妃になれ」と言われて育った。教育の内容も王妃として立つことを前提に用意され、彼女はその敷かれたレールに沿って成長する。美しさだけでなく、聡明さや優雅な所作を兼ね備えた女性なのだ。
多少きつい性格をしているが、それは現王妃のブリュンヒルデも同様だった。水魔法を得意とする彼女は、王妃候補に昇りつめたが……ノアール国王が選んだのはブリュンヒルデだ。その時点で、シャルロッテは自分の存在価値と未来を見失った。
王妃に選ばれなかったことを父に詰られ、ぎすぎすした家を嫌った弟は騎士として外へ出てしまう。すでに亡き母が生きていたら、何か違ったのかしら。
見上げる立派な屋敷は、まるで牢獄だ。弟を連れ戻そうと父は必死だが、おそらく無理だろう。執事を務める乳兄弟の言う通り、覚悟を決めて婿を入れなければ家が途絶えてしまう。
「こんな家、いっそ盛大に滅びればいいのに」
こんな家を後生大事に守る必要性が理解できない。吐き捨てたご令嬢に執事は肩を竦めた。
「お嬢様が望まれるのなら、それもいいでしょうね」
反論しない幼馴染を振り返り、シャルロッテはしばし考え込む。自分は何を望んできたのか――王妃になりたいという望みは、父の押し付けと刷り込みによる勘違いかもしれない。そもそも王妃になって何がしたいと思ったことがなかった。
国王ノアールを愛しているかと問われれば、首をかしげる。狐獣人が王家の血として認められるのは、複数の尻尾を持つ化け狐の子孫だからだ。ここ数代は尻尾は1本で、あの有能な王姉カサンドラでさえ2本に届かなかった。
兎獣人のブリュンヒルデが生んだ王子も尻尾は1本。カバ獣人の自分が嫁いだとして、2本に増やせる自信はない。ならば自分が王妃になる理由は何もなくて……。
「お茶が飲みたいわ」
「お部屋にご用意します」
何のお茶か、どんな茶菓子が必要か。口にしなくても理解して用意する有能な執事の背を見送り、シャルロッテは大きく深呼吸した。部屋の窓際に置いたお気に入りの長椅子に座り、運ばれたお茶に口をつける。薫り高い紅茶は気持ちが落ち着くハーブティだった。
「ねえ、婿を取るなら誰がいいかしら」
お茶菓子を取り分ける執事に尋ねる。普段なら考えられない所作で、がちゃんと食器が音を立てた。耳障りな音が、ひどく心地よく響く。にっこり笑って、シャルロッテは再び同じ意味の問いかけを繰り返した。
「私の夫になれる人って、誰かいた?」
焦った様子で、やや乱暴に菓子が並べられる。目の前に皿を置いた執事の手を握り、シャルロッテは意味ありげに微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
黄金の魔族姫
風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」
「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」
とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!
──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?
これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。
──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!
※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。
※表紙は自作ではありません。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
巻き込まれではなかった、その先で…
みん
恋愛
10歳の頃に記憶を失った状態で倒れていた私も、今では25歳になった。そんなある日、職場の上司の奥さんから、知り合いの息子だと言うイケメンを紹介されたところから、私の運命が動き出した。
懐かしい光に包まれて向かわされた、その先は………??
❋相変わらずのゆるふわ&独自設定有りです。
❋主人公以外の他視点のお話もあります。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。すみません。
❋基本は1日1話の更新ですが、余裕がある時は2話投稿する事もあります。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。