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本編
17.懐かしい記憶を引き寄せる甘い香り
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国王、宰相、大臣達は罪が明らかになるまで監禁が決まった。残った文官を総動員して、経理書類の確認が始まる。宰相ヤンが口にした「減税」がきっかけだった。上層部が減税したのに、実際は増税され続けている。民は増税された実情を知る生き証人でもあった。
「結果の報告まで、皆は一度家に戻るといい。子供達が待っているはずだ」
バーレ伯爵アウグストの声に、監視役を買って出た数十人を残して戻っていく。引き揚げる民の中には、我が子を案ずる声も聞こえた。混乱して、怒りに任せて飛び出した人々は、冷静に状況を判断し始める。まずは日常の生活だ。
我が子に食事をさせ、体を清め、ぐっすり眠れる環境を整えなければ。親ならば当然の考えが、熱が消えた頭に過る。王城に残る民へは、逃げた使用人の部屋が宛てがわれた。仮の対応だが、指示したバーレ伯爵への感謝が告げられる。
「しっかり休んでくれ。まずは体が大事だ」
「はい。ありがとうございます」
穏やかなやり取りで引き揚げる民衆を見送る。治安維持のため、騎士達が城内の巡回を担った。城門は破壊されたまま、閉ざすことができない。不埒なことを考える輩が侵入する危険があった。使用人達もしっかり施錠するよう通達し、アウグストは王城内の客間で椅子に腰を下ろす。
「お疲れさまでした。お茶でも?」
「ああ、頼む」
天井を仰ぐ姿勢で、目元を手で覆う。疲れたと全身で表現する上司に、副官のアンテス子爵は香りの強い紅茶を選んだ。やや濃いめに淹れて注ぎ、蜂蜜を添えて並べる。さすがに王家の居城というべきか。残っていた侍女に声を掛ければ、すぐに届けられた。
同じポットで淹れた紅茶に蜂蜜を足し、アンテス子爵ヴィリはゆっくり味わう。毒見を兼ねた作業を終える頃、アウグストが身じろいだ。甘い香りが気になったらしい。
「蜂蜜? 珍しいな」
「疲れた時は甘いものがいいと、姉に教わったものですから」
「なるほど。助かる」
迷信とする者もいるが、昔からロイスナー公爵領で口にされる習慣だ。疲れたら甘いものを……菓子でも蜂蜜でもいい。甘味を口にして一息つく。そこから新しい考えや動きが生まれるという考え方だった。アウグスト自身も、母親から聞いたことがある。
「ロイスナー公爵領に戻りたい……」
蜂蜜の香りで懐かしい記憶を刺激され、つい弱音が口をついた。撤回する気はない本音なので、溜め息を一つ。それから紅茶を味わう。一口飲んで、蜂蜜を足した。濃く淹れた紅茶は渋く、眉間に皺が寄る。自分でも意識しながら表情を変え、気持ちを切り替えた。
「放り出して戻っても、誰も咎めはしないと思いますが?」
「……それ、兄上にも言えるか? 怖いぞ」
ロイスナー公爵ヨーゼフは温厚な人柄で知られる。だが、家族や親戚など身近な人は別の顔を見たことがあった。激昂すると恐ろしい。公爵として判断を下す際、そこに私的な感情や距離感は持ち込まれず、淡々と合理的に処理された。
高い地位に立つ貴族家の当主として正しいが、その怒りを向けられたら怖い。だから怒らせないよう、周囲が気遣って自制するようになった。そのため、外の者ほど「ロイスナー公爵は大人しく温厚な人だ」と誤解が広がるのだ。
「無理です。私を殺す気ですか」
「そう思うよなぁ……絶対に兄上は怒る。もう少し片付けてから去るとしよう」
「準備と手配を始めます」
頷くアウグストは、暗くなった窓の外へ目を向けた。兄の一家はもう王都を出立しただろうか。ぐずぐずして家族を危険に晒す人ではない。無事に到着してくれたらいいが……領地から迎えも出るだろう。我が子二人を残してきた。カールもケヴィンも十分強い。
……姪と甥の顔が浮かんだ。『前回』最後に見た二人は、毅然としていた。冤罪で処刑されるというのに、ぼろぼろの姿だったのに、美しいと感じるほど。二度と同じ目に遭わせない。そのために出来ることは何でもできる。
どうか……あの子らに、女神様のご加護があらんことを。
「結果の報告まで、皆は一度家に戻るといい。子供達が待っているはずだ」
バーレ伯爵アウグストの声に、監視役を買って出た数十人を残して戻っていく。引き揚げる民の中には、我が子を案ずる声も聞こえた。混乱して、怒りに任せて飛び出した人々は、冷静に状況を判断し始める。まずは日常の生活だ。
我が子に食事をさせ、体を清め、ぐっすり眠れる環境を整えなければ。親ならば当然の考えが、熱が消えた頭に過る。王城に残る民へは、逃げた使用人の部屋が宛てがわれた。仮の対応だが、指示したバーレ伯爵への感謝が告げられる。
「しっかり休んでくれ。まずは体が大事だ」
「はい。ありがとうございます」
穏やかなやり取りで引き揚げる民衆を見送る。治安維持のため、騎士達が城内の巡回を担った。城門は破壊されたまま、閉ざすことができない。不埒なことを考える輩が侵入する危険があった。使用人達もしっかり施錠するよう通達し、アウグストは王城内の客間で椅子に腰を下ろす。
「お疲れさまでした。お茶でも?」
「ああ、頼む」
天井を仰ぐ姿勢で、目元を手で覆う。疲れたと全身で表現する上司に、副官のアンテス子爵は香りの強い紅茶を選んだ。やや濃いめに淹れて注ぎ、蜂蜜を添えて並べる。さすがに王家の居城というべきか。残っていた侍女に声を掛ければ、すぐに届けられた。
同じポットで淹れた紅茶に蜂蜜を足し、アンテス子爵ヴィリはゆっくり味わう。毒見を兼ねた作業を終える頃、アウグストが身じろいだ。甘い香りが気になったらしい。
「蜂蜜? 珍しいな」
「疲れた時は甘いものがいいと、姉に教わったものですから」
「なるほど。助かる」
迷信とする者もいるが、昔からロイスナー公爵領で口にされる習慣だ。疲れたら甘いものを……菓子でも蜂蜜でもいい。甘味を口にして一息つく。そこから新しい考えや動きが生まれるという考え方だった。アウグスト自身も、母親から聞いたことがある。
「ロイスナー公爵領に戻りたい……」
蜂蜜の香りで懐かしい記憶を刺激され、つい弱音が口をついた。撤回する気はない本音なので、溜め息を一つ。それから紅茶を味わう。一口飲んで、蜂蜜を足した。濃く淹れた紅茶は渋く、眉間に皺が寄る。自分でも意識しながら表情を変え、気持ちを切り替えた。
「放り出して戻っても、誰も咎めはしないと思いますが?」
「……それ、兄上にも言えるか? 怖いぞ」
ロイスナー公爵ヨーゼフは温厚な人柄で知られる。だが、家族や親戚など身近な人は別の顔を見たことがあった。激昂すると恐ろしい。公爵として判断を下す際、そこに私的な感情や距離感は持ち込まれず、淡々と合理的に処理された。
高い地位に立つ貴族家の当主として正しいが、その怒りを向けられたら怖い。だから怒らせないよう、周囲が気遣って自制するようになった。そのため、外の者ほど「ロイスナー公爵は大人しく温厚な人だ」と誤解が広がるのだ。
「無理です。私を殺す気ですか」
「そう思うよなぁ……絶対に兄上は怒る。もう少し片付けてから去るとしよう」
「準備と手配を始めます」
頷くアウグストは、暗くなった窓の外へ目を向けた。兄の一家はもう王都を出立しただろうか。ぐずぐずして家族を危険に晒す人ではない。無事に到着してくれたらいいが……領地から迎えも出るだろう。我が子二人を残してきた。カールもケヴィンも十分強い。
……姪と甥の顔が浮かんだ。『前回』最後に見た二人は、毅然としていた。冤罪で処刑されるというのに、ぼろぼろの姿だったのに、美しいと感じるほど。二度と同じ目に遭わせない。そのために出来ることは何でもできる。
どうか……あの子らに、女神様のご加護があらんことを。
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