35 / 96
本編
35.昔の名で呼んだらはっ倒す!
しおりを挟む
街を出ていく馬車を見送り、オネエさんはこれ見よがしに大きな溜め息を吐いた。隣には満面の笑みを浮かべる伯父ジーモンがいる。それも手首をしっかり掴まれた状態で。
「汚い手を使って! あたしを誰だと思ってんだい」
「裏の顔役バルバラ様だろ? そう怒るなよ。手伝ってくれるだけでいいから、な? アルミン」
「……もう一度でも昔の名を口にしたら、はっ倒すわよ」
「すまん」
低い地声で凄むオネエさんことバルバラ様に、ジーモンは肩を落とす。幼い頃は可愛い甥だったのに、いつの間にか自称姪になっていた。家の没落が大きく響いているのだろうが、それでも有能さは変わらない。彼……彼女の文官としての能力は素晴らしかった。
「手伝ったら、本当にロイスナー公爵領の裏を仕切らせてくれるんでしょうね」
「間違いない、バーレ伯爵のお墨付きだ」
アウグストは深く考えずに許可を出したので、実際のところは危うい。だが何にしろ、街が大きくなれば裏社会が形成される。今までもそれに近い組織はいくつかあったが、小さく弱かった。まとめ上げる人物がいなかったのだ。そこに王都で仕切ってきたバルバラが入れば、あっという間に編成されてしまう。
放置すれば闇は深くなり、手が付けられなくなる。有能な領主は危険を理解し、危うい刃であっても使いこなす覚悟が求められた。兄ならその器に足りるとアウグストは考えたのだ。纏めるなら、後のことを兄に丸投げしたとも言える。
バルバラのカリスマ性と面倒見の良さ、文官時代の有能な頭脳を生かす。その場として、ジーモンが用意したのは横領犯の捜索だった。探し物はバルバラの得意分野だ。
「……ふん、そのくらいなら何とかなりそう。というか、今まで放置しすぎよ。お陰で簡単に尻尾がつかめるわ。ただ、手足が足りない」
放置した期間が長いほど、横領の手口は杜撰になる。最初はバレないよう慎重に行われ、証拠も隠滅したり誰かに罪を擦り付ける準備をしたり、手が込んだ方法が主流だ。ところが一年、二年と経つうちに「バレない」と確信を持つのが人間だった。
安心すれば、今までの手順で無駄と考える部分を省き始める。証拠隠滅が杜撰になったり、身代わりを用意していなかったり。気づけば手垢だらけの証拠が残される状態になる。だがバルバラの手足となる娼婦が消え、彼女らが操る男達も利用できなかった。
王都は人口が半減している。外に身寄りや親戚があれば、人はすぐに頼った。ツテがない者ばかり残され、天を仰いで嘆くばかり。この状況で、まだ犯人は残っているのか。
「横領した連中は逃げただろうが、尻尾から手繰り寄せるのは俺がやる。掴める状態まで引っ張るのが、バルバラの仕事だ」
「ふーん。まあいいわ。何とかしてあげる」
両親も亡くなったバルバラにとって、行方がつかめる唯一の親族がジーモンだった。だから報酬なしでも一度くらいは協力してもいい。その程度の思いで足を踏み込み、数か月でバルバラは盛大に後悔した。一度掴んだ獲物を、ジーモンが解放するはずがない。伯父の性格を読み誤ったことに。
「汚い手を使って! あたしを誰だと思ってんだい」
「裏の顔役バルバラ様だろ? そう怒るなよ。手伝ってくれるだけでいいから、な? アルミン」
「……もう一度でも昔の名を口にしたら、はっ倒すわよ」
「すまん」
低い地声で凄むオネエさんことバルバラ様に、ジーモンは肩を落とす。幼い頃は可愛い甥だったのに、いつの間にか自称姪になっていた。家の没落が大きく響いているのだろうが、それでも有能さは変わらない。彼……彼女の文官としての能力は素晴らしかった。
「手伝ったら、本当にロイスナー公爵領の裏を仕切らせてくれるんでしょうね」
「間違いない、バーレ伯爵のお墨付きだ」
アウグストは深く考えずに許可を出したので、実際のところは危うい。だが何にしろ、街が大きくなれば裏社会が形成される。今までもそれに近い組織はいくつかあったが、小さく弱かった。まとめ上げる人物がいなかったのだ。そこに王都で仕切ってきたバルバラが入れば、あっという間に編成されてしまう。
放置すれば闇は深くなり、手が付けられなくなる。有能な領主は危険を理解し、危うい刃であっても使いこなす覚悟が求められた。兄ならその器に足りるとアウグストは考えたのだ。纏めるなら、後のことを兄に丸投げしたとも言える。
バルバラのカリスマ性と面倒見の良さ、文官時代の有能な頭脳を生かす。その場として、ジーモンが用意したのは横領犯の捜索だった。探し物はバルバラの得意分野だ。
「……ふん、そのくらいなら何とかなりそう。というか、今まで放置しすぎよ。お陰で簡単に尻尾がつかめるわ。ただ、手足が足りない」
放置した期間が長いほど、横領の手口は杜撰になる。最初はバレないよう慎重に行われ、証拠も隠滅したり誰かに罪を擦り付ける準備をしたり、手が込んだ方法が主流だ。ところが一年、二年と経つうちに「バレない」と確信を持つのが人間だった。
安心すれば、今までの手順で無駄と考える部分を省き始める。証拠隠滅が杜撰になったり、身代わりを用意していなかったり。気づけば手垢だらけの証拠が残される状態になる。だがバルバラの手足となる娼婦が消え、彼女らが操る男達も利用できなかった。
王都は人口が半減している。外に身寄りや親戚があれば、人はすぐに頼った。ツテがない者ばかり残され、天を仰いで嘆くばかり。この状況で、まだ犯人は残っているのか。
「横領した連中は逃げただろうが、尻尾から手繰り寄せるのは俺がやる。掴める状態まで引っ張るのが、バルバラの仕事だ」
「ふーん。まあいいわ。何とかしてあげる」
両親も亡くなったバルバラにとって、行方がつかめる唯一の親族がジーモンだった。だから報酬なしでも一度くらいは協力してもいい。その程度の思いで足を踏み込み、数か月でバルバラは盛大に後悔した。一度掴んだ獲物を、ジーモンが解放するはずがない。伯父の性格を読み誤ったことに。
583
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
【完結】出来の悪い王太子殿下の婚約者ですって? 私達は承諾しておりません!
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
真実の愛は策略で生まれる ~王太子殿下の婚約者なんて絶対に嫌ですわ~
勉強は出来ず、実技も酷い。顔だけしか取り柄のない一番最初に生まれた王子というだけで、王太子の地位に就いた方。王国を支える3つの公爵家の令嬢達は、他国にも名の知れた淑女であり、王太子レオポルドの婚約者候補に名を連ねた。
「絶対にお断りだわ」
「全員一緒に断りましょうよ」
ちょうど流行している物語の主人公のように演出し、道化を演じて退場していただきましょう。王家も貴族のひとつ、慣習や礼儀作法は守っていただかないと困ります。公爵令嬢3人の策略が花開く!
ハッピーエンド確定、6話完結
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、ノベルアップ+
※2022/05/25、小説家になろう 恋愛日間20位
※2022/05/25、カクヨム 恋愛週間27位
※2022/05/24、小説家になろう 恋愛日間19位
※2022/05/24、カクヨム 恋愛週間29位
※2022/05/23、小説家になろう 恋愛日間27位
※2022/05/21、完結(全6話)
※2022/05/21、カクヨム 恋愛週間41位
※2022/05/20、アルファポリス HOT21位
※2022/05/19、エブリスタ 恋愛トレンド28位
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる