わたくしは何も存じません

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

149.臨機応変な現場教育を

「叔父様、すごく楽しんでる」

 ぼそっと呟いたガブリエルの一言で、車内の緊張が緩んだ。ソフィーは笑い出しそうになって口を押えた。目を丸くしたクラーラは、ふふっと笑いを漏らす。

「確かに楽しそうね」

 外の様子が気になるけれど、首を出したらダメよね。間抜けだし、周囲に集まる貴族や平民から見えてしまう。何とかして覗けないかしら、とガブリエルは窓のほうへ首を伸ばした。

「おやめなさい」

 止めるクラーラの隣へ移動したソフィーは、紅とハンカチくらいしか入らない飾りのバッグから、鏡を取り出した。紅を直す際に口元が映る程度の、小さな小さな鏡だ。丸い鏡は、木製の枠に嵌っていた。

「これで見えませんか?」

 ソフィーが鏡の角度を動かす。ゆっくりと移動する鏡面に、アウグストが映った。

「そこ! 止めて」

 ガブリエルの言葉で、鏡が固定される。見つめる先で、アウグストが剣の柄に手を置いていた。馬からは下りていて、後ろ頭なので表情は見えない。ガブリエルが少し前のめりになると、角度が変わって男性が見えた。

 年齢的には若くない。身なりから貴族なのは確実だった。

「どんな感じ?」

 尋ねるクラーラに説明を始める。客観的な情報になるよう、男性の容貌も事細かに確認した。しゅっとした背の高い、細身の男性で色白。髪色は茶で、目の色は帽子の陰で確認できず。毛量も不明だけど、左の頬に傷があった。

「左頬の傷……オルフ侯爵ね」

 顔と名前を一致させたクラーラの断言に、ガブリエルは「先ほどの店にいた方の旦那様ね」と呟く。夫人と令嬢がいたが、二人ともすぐに夫で父親の侯爵に泣きついたのだろう。慌てたオルフ侯爵が、妻と娘の仕出かした後始末に来た。

 事情が掴めたので、ソフィーは鏡を下した。ずっと出しっぱなしにすれば、反射などで覗き見がバレてしまう。さすがに外聞が悪い。

「いい判断ね、ソフィー」

 クラーラは折角だからと前置いて、ガブリエルにこういったトラブルの対処方法を教え始めた。

「護衛に騎士が複数人いる場合、二人ほど代表として残して対峙させる方法があるわ。それならば私達は先に帰れるでしょう? ほかに客人がいる場合や体調不良、疲れているときは積極的に使うべきね」

 ソフィーも真剣に聞き始める。

「もし夫や息子が一緒なら、彼らを送り出して解決させる手も使えるの。こちらだと馬車は待つことになるから、余裕があるときや逆に護衛の数が少ない時に選ぶといいわ」

「そんな方法もあるのね」

「ガブリエルは、王太子妃教育でどう習ったの?」

「任せて大人しくしていること。周囲が対応するから口出ししない、だったわ」

「まあ! なんて役立たずな教育かしらね」

 眉根を寄せたクラーラが嘆くので、ガブリエルは肩を震わせて笑う。外が緊迫していて笑ってはいけないと思うほど、笑いが込み上げてきた。
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