【完結】真珠姫と野獣王

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

70.人と神の軌跡が神話だ

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 ウルリヒは満月を見上げながら、酒の入った杯を傾ける。誰もいない、ツマミの一つもない。ただ自己満足の宴だった。

「愚かな……」

 姿を見せず、神託も告げない神に価値はない。いや、存在する形跡がないと表現した方が正しいか。

 オブシディアンが信仰するのは、黒き男神オブシウス。彼の妻とされるムンパールの守護神パール。スマラグドスの巫女シャリアに神託を授けるは、大地の神エスメラルド。どの神々も神託やお告げの形で、信者や神殿に知恵を授けてきた。

 危険を回避する方法だったり、国を建て直すに必要な情報だったり、与える形はそれぞれだ。しかし民を見捨てて無言を貫く神はいなかった。スマラグドス一族が集結した地で、噴火が起きたことがある。その際に神は大地を割いて溶岩を飲み込んでみせた。

 海の女神パールは王族の夢で預言し、津波から民の命を救う。地下を司る黒き神オブシウスも、地震を事前に神託として預けた。神々は己を信仰する民を守護し、大きな災害を防いでいる。その尽力無くして、国や人は生き残れなかった。

 だが、他国で神話になった預言や神託を悪用する者がいる。自分達の都合がいい話を、さも神のお告げであるように振る舞った。唯一絶対の神など存在しない。なぜなら人が群れで生きるように、神も群れを形成する。力の種類が違っても、護る民や国が同じでなくとも、孤独では存在できなかった。

「神を偽った聖職者は、相応の罰を受けるべきです。そうでしょう?」

 地下と夜を源にするオブシウスに、ウルリヒは微笑みかけた。返事は不要だ。神がこの声を拾い上げるか、それはオブシウス神の心一つ。人がどうこう指図するものではない。ここを理解できなかったから、ルベリウス国は崩壊するのだ。

 数代前に神殿を造った若者は、もしかしたら神々のどなたかの声を聞いたかもしれない。だがすでに加護はなく、もうすぐ大地は怒りで大きく口を開くだろう。穏やかな大地の守護者であり、刃向かう敵に容赦のないエスメラルド神を本気で怒らせた。

 ――真珠の導きに従い、大地を覆い尽くせ。我らの行く手に神々の祝福あり。

 これは大地を覆う海を意味している。ルベリウス国は大津波で滅ぶと予告された。大地の神が怒りで身を沈め、海の女神は慈悲で覆い尽くす。その先に、真の神々を信仰する民だけが生き残るのだと。

「まあ、教えても信じないでしょうね」

 くくっと喉を鳴らし、強い酒を煽った。さほど強いわけではないが、飲むのは好きだ。いつでも考えてしまう複雑な思考を、鈍らせてくれるから。ただぼんやりと空を見上げた。

 美しい満月が光を注ぎ、夜の闇を薄くする。女神パールは月も司っていた。この月が欠けてほぼ見えなくなる頃、天災は訪れる。この話をしたとて、かの国が信じるはずはなかった。

「人が死ぬと知っていて動かないのは、罪でしょうか」

 許しを乞う信者を憐れんだのか、雲が満月を隠した。その薄暗闇で、ウルリヒは姿勢を正して両手を組む。その手に額を押し当て、一心に祈りを捧げた。降りる神託を胸に、ウルリヒは慈悲深い夜の神に平伏した。
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