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第五章 復活
第17話 歪んだ悪意(8)
≪すべての物に宿る記憶を呼び起こせ。闇帝と我の名の下に、水月が記憶する合わせ鏡が、残し写したる姿に立ち戻れ。瓦礫を城へ、残骸を街へ。動かざる物の在りし日の姿を、水月の姿に重ねよ≫
ジルの声が紡ぐ古代神語が音楽のように響き渡った。翼を大きく広げたジルの背に、まるで背負ったみたいに大きな月が浮かぶ。幻想的な姿にルリアージェは見蕩れた。
水に写った月は合わせ鏡だ。世界はひとつに見えるが、実際はいくつも重なった複数の記憶の集合体というのが、神族がもつ考え方だった。それゆえに、壊された記憶と壊される前の記憶は共存する。どちらの記憶を現在に写し取るか、だけの話だった。
青年を中心に生まれた魔法陣は、彼が言霊を紡ぐたびに広がり続ける。焼けて灰になった芝の上も、焦げて黒くなったタイルも、すべてが魔法陣の青白い光に書き換えられていった。
ジルが左手で己の翼から羽根を引き抜く。短く柔らかそうな羽根を魔法陣の一部に投げて刺すことで、魔法陣の中に取り込んでいた。己の魔力を増幅する一部として使用しているらしい。
真剣な眼差しで魔法陣を描き続ける青年の黒髪が舞い上がった。彼を中心に吹く風が、ルリアージェのドレスを揺らす。淡いピンクの裾を押さえる彼女の髪も、渦を巻く風に弄ばれる。
≪我は請い願う、水月の記憶を現世に写せ。遍く我が力の及ぶ限りに≫
魔法陣は広がり続けた。すでに王宮を覆い尽くした魔法陣は、街へ向かって範囲を拡大していく。すべての範囲を確定した後、一瞬で元になった姿を移す魔術だった。
魔術師として名を馳せるルリアージェですら見たことがない、複雑な文様が描かれていく。重ねるように文字らしき形が追加されるが、これは古代神語だと考えるしかなかった。読むことはおろか、文字か判断することも難しい。
失われた文字と術を駆使するジルの姿は、教会に描かれた神族のようだった。身の丈を超える大きな翼を広げ、月光を浴びた黒髪は光を帯びる。衣の裾は風に揺られ、瞳と同じ青紫の光が身体を包んでいた。
「綺麗だ」
好みはあれど彼が美形なのは誰も否定のしようがない事実だが、違った意味で綺麗だと思った。この姿を見ているのが、自分と月だけなのが本当に惜しい。
気付けば、教会で祈るときのように膝をつき、両手を胸の前に組んでいた。
瓦礫の下を縫って描かれた魔法陣がさらに細かく文様を増やす。細部にわたって緻密で美しい魔法陣は、芸術品と呼べるものだった。
≪我の霊力と魔力を糧に、水月よ……現代となれ≫
魔術には基本的に名前が存在する。『深緑のヴェール』、『白天の盾』や『螺旋の矢』がそれに当たるが、ジルはその名称を使用しなかった。
しかし最後の言葉に込めた言霊が切欠となり、魔法陣が一段と光を増す。眩しい光に目を閉じたルリアージェが再び目を開いたとき、すべては終わっていた。
「……元通り、だ」
彼が宣言したとおり、本当に元の姿を取り戻していた。白い壁に青い屋根の王宮、美しく整えられた庭や木々、丹念に手入れされた花壇の花に至るまで。
「ジリアンを覆うのに少し時間がかかったな」
さらりと告げたジルが歩み寄り、ルリアージェに手を伸ばした。見上げる形になり、ようやく自分がまだ膝をついている事実に気付く。素直に手を預ければ、笑顔で助け起こされた。
ジルの声が紡ぐ古代神語が音楽のように響き渡った。翼を大きく広げたジルの背に、まるで背負ったみたいに大きな月が浮かぶ。幻想的な姿にルリアージェは見蕩れた。
水に写った月は合わせ鏡だ。世界はひとつに見えるが、実際はいくつも重なった複数の記憶の集合体というのが、神族がもつ考え方だった。それゆえに、壊された記憶と壊される前の記憶は共存する。どちらの記憶を現在に写し取るか、だけの話だった。
青年を中心に生まれた魔法陣は、彼が言霊を紡ぐたびに広がり続ける。焼けて灰になった芝の上も、焦げて黒くなったタイルも、すべてが魔法陣の青白い光に書き換えられていった。
ジルが左手で己の翼から羽根を引き抜く。短く柔らかそうな羽根を魔法陣の一部に投げて刺すことで、魔法陣の中に取り込んでいた。己の魔力を増幅する一部として使用しているらしい。
真剣な眼差しで魔法陣を描き続ける青年の黒髪が舞い上がった。彼を中心に吹く風が、ルリアージェのドレスを揺らす。淡いピンクの裾を押さえる彼女の髪も、渦を巻く風に弄ばれる。
≪我は請い願う、水月の記憶を現世に写せ。遍く我が力の及ぶ限りに≫
魔法陣は広がり続けた。すでに王宮を覆い尽くした魔法陣は、街へ向かって範囲を拡大していく。すべての範囲を確定した後、一瞬で元になった姿を移す魔術だった。
魔術師として名を馳せるルリアージェですら見たことがない、複雑な文様が描かれていく。重ねるように文字らしき形が追加されるが、これは古代神語だと考えるしかなかった。読むことはおろか、文字か判断することも難しい。
失われた文字と術を駆使するジルの姿は、教会に描かれた神族のようだった。身の丈を超える大きな翼を広げ、月光を浴びた黒髪は光を帯びる。衣の裾は風に揺られ、瞳と同じ青紫の光が身体を包んでいた。
「綺麗だ」
好みはあれど彼が美形なのは誰も否定のしようがない事実だが、違った意味で綺麗だと思った。この姿を見ているのが、自分と月だけなのが本当に惜しい。
気付けば、教会で祈るときのように膝をつき、両手を胸の前に組んでいた。
瓦礫の下を縫って描かれた魔法陣がさらに細かく文様を増やす。細部にわたって緻密で美しい魔法陣は、芸術品と呼べるものだった。
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