上 下
148 / 386
第十一章 迷惑な客

第28話 迷惑すぎる来客(8)

しおりを挟む
 水の槍が3本に増えて、そのまま投げつける体勢に入ったレイシアが身を起こす。しかし彼は槍を投げることはなかった。笑みを浮かべたトルカーネの、ひどく冷たい声が向けられたのだ。

「僕は君に攻撃の許可を出したかな?」

「も、申し訳ございません」

 即座にひれ伏して詫びる眷属を見下ろし、トルカーネは風を操って地に足をつけた。同じ高さに立ったことで、彼が意外と小柄なのだと知る。

 整った顔はすこし幼さが滲んでいる。大人になる直前の、少年期の終わり頃の印象だろうか。ルリアージェは眉を顰めて唇を噛み締めた。

 上級魔性の残酷さは知っている。目の前にいる水色の青年が魔王の一人だとしたら、その残酷さや冷酷さは比するべくもない。彼らにとって人間はハエと同じだった。邪魔だから叩き潰す。必死の抵抗を一撃で潰しておいて、罪悪感は一切ないのだ。人がハエを叩き潰すのと同じだった。

 首筋に触れるぎりぎりの長さの髪を風に揺らしながら、トルカーネは穏やかにジルの前に立つ。

「いきなり攻撃されるかと思ったけど、少し大人になった? ジフィール」

「オレは同じ言葉を告げるほど優しくないぞ」

 ジルはふんと鼻を鳴らして突き放した。ルリアージェに出会ったばかりの頃ならば、目の前の青年に攻撃を仕掛けただろう。今にも襲い掛かりそうなリシュアを制しながら、ジルは再びルリアージェに声を向けた。

「リアが命じれば、オレもリシュアも手を引くぞ」

「あたくしもね」

「ジル様、私をお忘れですね」

 トルカーネより色の濃い肌にかかる金髪をかき上げながら、苦笑いしたリオネルが口を挟む。手を上げて自己主張するライラの茶色の髪が揺れて、簪が涼しげな音を立てた。

 ルリアージェはゆっくり周囲を見回す。倒れた屋台、下敷きになったおじさんは優しかった。スリの被害があっても、他国の孤児を気遣うような国民たち。リシュアがかつて主から離れてまで守った人の末裔が暮らす国――深呼吸してトルカーネに目をやった。

 水色の短髪の毛先を耳元でくるくる回す指や幼い顔立ち、何も悪いことをしたと思っていない態度、褐色の肌は傷ひとつない”水の魔王”はルリアージェの視線に眉を顰めた。ただの人間風情が正面から魔王を見つめるなど、あり得ない。

「ジル、ライラ、リオネル、リシュア……これ以上この場所の人々を傷つけずに退けられるか?」

「当然だろ。リアは命じればいい」

「そうよ。あたくしだって魔王に匹敵する魔力の持ち主ですもの。負けないわ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

コーヒー・ドロップス

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:0

図書室の名前

青春 / 完結 24h.ポイント:1,562pt お気に入り:0

この悲しみも。……きっといつかは消える

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,082pt お気に入り:605

処理中です...