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69.気に入らないからだ(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
暴れて破壊しても迷惑が掛からない、荒れ地の丘に転移した。腕の中ですやすや眠るイシスを見つめる。長い睫毛が影を落とし、幸せそうな寝顔を彩る。
ゲリュオンの言う通り、こうして腕の中にあれば人質にされる心配はない。この状態のイシスがケガをするときは、オレの防御が突破される可能性と同じくらいありえなかった。ただ……問題点もある。
「可愛すぎて目が離せない」
「……本当の本物の、タイフォンだよな?」
心配になったゲリュオンの呟きに「当たり前だ」と返した。イシスの半分ほどもある大きなぬいぐるみは、抱きしめられて歪んでいる。自分が与えたぬいぐるみだが、そこまで抱きしめられるのは羨ましい。ちょっと位置を変わって、代わりに戦ってくれないだろうか。そんな考えまで浮かんだ。
苦笑する。これは……確かにゲリュオンに心配されるわけだ。この子を中心に世界が回り始めている。他の神々がちょっかいを許した理由も、この辺にありそうだった。
オレが突然「人間が持つ感情が欲しい」と言い出した時、どの神も関知しなかった。無理だと言い切る神ばかりだった。それだけオレの無慈悲さは突出していたのだろう。
最高位の神格を持つということは、そういうことだ。人らしい感情はなく、目の前で失われる生命に同情はしない。淡々と処理できる無慈悲な存在こそ、神らしいのだから。
表面上は笑顔を浮かべ、内心は何も感じないのが神――だとしたら、オレはすでに神失格だろう。腕の中の存在が可愛くて愛おしい。この者を傷つける輩は同族であろうと排除する。哀れで純粋で透明なイシスだけが欲しかった。
「出て来い、アトゥム」
「呼んだ?」
一瞬で現れたように見えるが、空間を歪めていただけでずっと近くにいた。気配は感じていた存在だ。それどころか、宿や移動中もずっと監視していたのに、何も知らない顔でのうのうと現れる。
金髪は実る豊かな穂を表し、緑の瞳は大地に茂る草や木々を表す。外見は美しく整えられ、白い衣を羽織って穏やかに微笑んでいた。何も知らずに出会った人間が、美しく慈悲深い神だと思うのも無理はない。
「僕に用があるの?」
「ああ。ひとまず……右腕だ」
ばきゃっ、何かを折って引き千切る音に、アトゥムの悲鳴が混じる。油断して薄い結界しか張っていなかった豊穣の神が、空中から転落した。
「見下ろされるのは嫌いだ」
神格はこちらの方が上だ。後ろでにやにやと見学するゲリュオンですら、豊穣のアトゥム神より神格が高い。この場でもっとも立場が低いくせに、空中から見下ろして対等な口を利くなど……愚かの極みだった。
「う゛ぐぅ、な……んで」
「理由か? 気に入らないからだ」
そう、ただそれだけ。オレの大切な嫁を狙うのも気に入らない。周りを彷徨くのも邪魔だ。青年姿のアトゥムが他国の神殿を唆して敵対するのも、すべてが気に入らない。
神にとってそれ以上の理由は必要なかった。
「馬鹿だな、お前。贄の子供に手を出さなければ、放っておいてもらえたのによ」
ゲリュオンが肩をすくめた。以前から最高神の妻の座を狙うアトゥムに、陰で牽制されたり嫌がらせを受けた男は、笑いながら近づく。地面に這いつくばる金髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前がセト神に選ばれることはないぜ」
タイフォンは地上で呼ばれる名だ。セトは天上で与えられた響きだった。それを読み替えてセティとしたのは、地上の人間はセトと発音できないため。神格が高すぎるのだ。
「オレの獲物だぞ」
「いいじゃねえか。俺だって散々仕掛けられたんだ。半分は権利を主張するぞ」
「仕方ない。半分だけだぞ」
譲ったのは、腕の中のイシスの存在ゆえだ。この子を離す気はなく、目覚める朝までに片付けたかった。ならば目の前の神を引き裂いて地上の肥やしにするまで……ゲリュオンに多少譲ってやってもいいだろう。
暴れて破壊しても迷惑が掛からない、荒れ地の丘に転移した。腕の中ですやすや眠るイシスを見つめる。長い睫毛が影を落とし、幸せそうな寝顔を彩る。
ゲリュオンの言う通り、こうして腕の中にあれば人質にされる心配はない。この状態のイシスがケガをするときは、オレの防御が突破される可能性と同じくらいありえなかった。ただ……問題点もある。
「可愛すぎて目が離せない」
「……本当の本物の、タイフォンだよな?」
心配になったゲリュオンの呟きに「当たり前だ」と返した。イシスの半分ほどもある大きなぬいぐるみは、抱きしめられて歪んでいる。自分が与えたぬいぐるみだが、そこまで抱きしめられるのは羨ましい。ちょっと位置を変わって、代わりに戦ってくれないだろうか。そんな考えまで浮かんだ。
苦笑する。これは……確かにゲリュオンに心配されるわけだ。この子を中心に世界が回り始めている。他の神々がちょっかいを許した理由も、この辺にありそうだった。
オレが突然「人間が持つ感情が欲しい」と言い出した時、どの神も関知しなかった。無理だと言い切る神ばかりだった。それだけオレの無慈悲さは突出していたのだろう。
最高位の神格を持つということは、そういうことだ。人らしい感情はなく、目の前で失われる生命に同情はしない。淡々と処理できる無慈悲な存在こそ、神らしいのだから。
表面上は笑顔を浮かべ、内心は何も感じないのが神――だとしたら、オレはすでに神失格だろう。腕の中の存在が可愛くて愛おしい。この者を傷つける輩は同族であろうと排除する。哀れで純粋で透明なイシスだけが欲しかった。
「出て来い、アトゥム」
「呼んだ?」
一瞬で現れたように見えるが、空間を歪めていただけでずっと近くにいた。気配は感じていた存在だ。それどころか、宿や移動中もずっと監視していたのに、何も知らない顔でのうのうと現れる。
金髪は実る豊かな穂を表し、緑の瞳は大地に茂る草や木々を表す。外見は美しく整えられ、白い衣を羽織って穏やかに微笑んでいた。何も知らずに出会った人間が、美しく慈悲深い神だと思うのも無理はない。
「僕に用があるの?」
「ああ。ひとまず……右腕だ」
ばきゃっ、何かを折って引き千切る音に、アトゥムの悲鳴が混じる。油断して薄い結界しか張っていなかった豊穣の神が、空中から転落した。
「見下ろされるのは嫌いだ」
神格はこちらの方が上だ。後ろでにやにやと見学するゲリュオンですら、豊穣のアトゥム神より神格が高い。この場でもっとも立場が低いくせに、空中から見下ろして対等な口を利くなど……愚かの極みだった。
「う゛ぐぅ、な……んで」
「理由か? 気に入らないからだ」
そう、ただそれだけ。オレの大切な嫁を狙うのも気に入らない。周りを彷徨くのも邪魔だ。青年姿のアトゥムが他国の神殿を唆して敵対するのも、すべてが気に入らない。
神にとってそれ以上の理由は必要なかった。
「馬鹿だな、お前。贄の子供に手を出さなければ、放っておいてもらえたのによ」
ゲリュオンが肩をすくめた。以前から最高神の妻の座を狙うアトゥムに、陰で牽制されたり嫌がらせを受けた男は、笑いながら近づく。地面に這いつくばる金髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「お前がセト神に選ばれることはないぜ」
タイフォンは地上で呼ばれる名だ。セトは天上で与えられた響きだった。それを読み替えてセティとしたのは、地上の人間はセトと発音できないため。神格が高すぎるのだ。
「オレの獲物だぞ」
「いいじゃねえか。俺だって散々仕掛けられたんだ。半分は権利を主張するぞ」
「仕方ない。半分だけだぞ」
譲ったのは、腕の中のイシスの存在ゆえだ。この子を離す気はなく、目覚める朝までに片付けたかった。ならば目の前の神を引き裂いて地上の肥やしにするまで……ゲリュオンに多少譲ってやってもいいだろう。
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