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10章 遅れてきた災厄

122. 人族は呪詛がお得意?

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「陛下、起きてください!!」

 灰色魔狼フェンリルの出て行った窓から吸血種族ヴァンパイアが入ってきた。腕の中のリリスを気遣い半身を起こすと、アスタロトがベッド脇に膝をつく。

「どうした?」

「ご報告申し上げます。大量のゾンビが城門へ押し寄せておりますが、奴らに炎系の浄化が効きません。現在、浄化の魔法陣を操れる魔族が不足しており……」

「……ったく、そんな状況ならもっと早く起こしに来い」

 要は手が足りなくなったらしい。ゾンビごときに魔王の手を煩わせるのは屈辱だろう。気持ちは理解するが、城下町のダークプレイスにゾンビが襲い掛かれば大惨事だ。あの街の住人は強いから返り討ちにするだろうが、街中が悪臭の巣になる。ゾンビ退治の厄介なところはだった。

 不衛生な死体が歩き回り、病原菌やウィルスをばら撒く。ゾンビ自身の戦闘力は低いため簡単に討伐できるが、街中に広がる悪臭と病原菌は危険だった。ある意味、バイオテロだ。早く対処しないと城下町がゾンビ街になってしまう。

 リリスを残して起き上がろうとして、髪を掴んだリリスが目を開いていることに気付いた。少し迷うが、この場にアスタロトと一緒に残した方がいい。

「リリス、一緒に行く?」

「うん」

「えええええ!!」

 そこは、いつもの「いや」が出るんじゃないのか? リリスが嫌を言うことを想定して一緒に行くかと聞いたのに、直球で同意が返ってきた。予想外の返しに次の言葉が出ず、銀の目を見開く。真っ赤な目が見つめ返し、ぱちりと瞬きした。

「パパと行く」

 繰り返されてしまい、大きなため息を吐いた。ベッドの上に座りなおしたリリスが、抱っこを要求して手を伸ばす。反射的に抱き上げて、仕方ないと覚悟を決めた。

「わかった。アスタロト、案内しろ」

 立ち上がりながら、ばさりとローブを羽織る。リリスにも小さな上着を渡して着せると、いつも通りに抱き上げた。首に手を回したリリスは欠伸をして、ぎゅっとローブに顔を埋める。

「はい。お手をわずらわせ申し訳ございません」

「オレの城だ。オレが守るのは当然だろ……被害は?」

「城門を閉ざしたため、現時点での被害はほぼゼロです。ヤン殿とベールが風の刃で応戦しておりますが、なにぶん数が多すぎまして、殲滅せんめつに至っておりません。呪詛じゅそを受けたゾンビのようで復活が早く手が足りません」

「呪詛か……人族がらみだな」

 ルシファーは重い息を吐く。人族がらみと断定したのは、呪詛を扱う種族が人族に限られるという現実があった。魔族は楽観的で、自分に正直な種族ばかりだ。他者を呪うなど滅多になく、呪詛と呼ばれるほど暗い闇の感情を持つことはなかった。

 1000年ほど前の勇者が、最初に呪詛を持ち込んだ。魔王に負けたその場で、呪いの言葉を吐いて大地をけがしたのだ。その土地は数十年に渡って使用不可能となった。草木は生えず、再生の魔法陣を撥ね退けて存在し続けた経緯がある。

 当時、呪詛を受けた土地の分析を行ったのがアスタロトだった。魔族の中で一番詳しい彼が言うなら、確かに呪詛を受けたゾンビなのだろう。

「オレが浄化の魔法陣を作る。発動は誰が?」

「はい、ベールとルキフェルが控えております。ベルゼビュートには城下町ダークプレイスに結界による封鎖を任せました」

 浄化の魔法陣をアスタロトに預けても、発動できない。これは魔力量の問題ではなく、魔力の質や種族の特性によるものだ。役に立てないのが悔しいのだろう。彼の表情は暗かった。

 ぽんと拳をアスタロトの肩に当てる。

「この魔王オレが出陣するんだ。確定した勝利を前に何を暗い顔をしている? 縁起が悪いぞ」

「……確かにそうですね」

 苦笑いした側近に肩を竦め、ルシファーは純白の髪と黒衣を揺らして城門の上に立った。魔力の流れはかなり戻っている。それでも完治には遠く、まだ戦いに使うには不安があった。

「陛下、ご足労を……」

「挨拶はいい。それより魔力を同調させろ」

 ベールの声を遮り、手元に緻密な魔法陣を描く。魔力を調整して流し込むルキフェルが、淡く輝く魔法陣を受け取った。ぱちんと指を鳴らす合図で転送された魔法陣が、白い光となり大地に刻まれる。次の瞬間、魔法陣に包囲されたゾンビが跡形もなく消滅した。
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