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20章 鬼の居ぬ間に選択
254. 最悪のタイミングでしたね
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数ヶ月経ったらしい。目を覚ましたら釘付けした棺おけに寝かされた上、氷漬けにされていた。何か悪意を感じると思いながら、魔力で氷と棺おけを吹き飛ばす。
強張った身体を解しながら身を起こした場所は、地下室だった。見覚えがある黒い石造りの壁と、湿ってカビ臭い空気が淀んだ感じは、間違いなく自分の城だ。胸元に置かれていた紙がひらりと舞い、まだ痺れる右手でぎこちなく風を操って受け取る。
『――倒れたところを魔王様に抱きとめられるなんて、情けないですわ』
辛辣な一言と、見慣れた妻のサイン。溜め息をついたアスタロトは、額を押さえて唸る。まさかルシファーの眼前で倒れるとは思わなかった。城へ戻る主君の後ろをついて、廊下の絨毯を踏んだところで記憶が途絶えている。指摘されるまでもなく情けない状況に、もうひとつ溜め息がもれた。
「最悪のタイミングでしたね」
視察に行くルシファーとリリスを見送った際、不吉な予感があった。予知能力はないが、ある意味予知に近い直感だったらしい。城門が鳳凰に攻撃された時点ですでに眠っていれば、このような状況にならなかった。言い訳じみた気持ちを封印して立ち上がる。
鳳凰の再生と同じで、吸血一族の深い眠りは身体や寿命の回復を兼ねていた。他種族より長寿命である彼らの精神をリセットし、気狂いを減らす意味もある。本能に刻まれた眠りから甦り、アスタロトは長くなりすぎた金髪に眉をひそめた。
寝ている間も伸び続ける髪は、腰の辺りまである。切り落としても魔力が残る髪をそこらに捨てられないため、この場で切り落とした。その上に火を放って完全に燃やし尽くす。
いつもと同じ肩に触れるぎりぎりの長さに揃えると、鏡で身だしなみを確認した。足元に魔法陣を描いて、魔王城の中庭への転移を始める。
この後の騒動が予想できてしまい、正直、頭が痛かった。
「ち、違うぞ! ちゃんと仕事してたんだが……人族が攻めて来た昨日だけ処理してなくて……」
執務室に挨拶に赴けば、広くなった机の上に広がった分だけ書類が積まれていた。あたふた言い訳するルシファーは眠る前と変わらず、仕事を適度にサボったようだ。ベールに状況を確認しないといけませんね。呆れながらも一礼した。
「陛下、眠りに伴う休暇をありがとうございました。本日より復帰いたします」
「ああ、頼む」
「また、私が眠りに落ちた際に支えていただいたと伺いました。お手を煩わせ申し訳ございません」
「気にするな」
ここまでのやり取りは理想の上司だ。崩れそうな書類がなければ、さらに理想だっただろう。ひとつ息を吐いて気持ちを切り替えたアスタロトだが、後ろのドアがノックされて声を飲み込む。しかし返答を待たずに執務室のドアは開かれた。
「パパ、ルーシアと………あ、アシュタだ!」
聞きなれた幼女の声に顔を向けると、成長したリリスがにこにこ駆け寄ってくる。後ろに大型犬サイズのヤンと同じ大きさのピヨがつき従っていた。どんと体当たりしたリリスが、アスタロトの手を掴む。
「アシュタ! もう元気になったの? 明日からお城に来れる?」
「はい、今日からお城にいます」
矢継ぎ早に質問するリリスの黒髪を撫でて、膝をついた。視線を合わせたアスタロトだが、以前より少し背が伸びたリリスがそのまま抱きつく。背中に殺気を感じて顔を引きつらせたアスタロトの上に、ぼそっと低い声が降って来た。
「リリスに抱き着くとは……永眠したいらしいな、アスタロト」
「返り討ちにしますよ」
しっかり言葉を返しながら、いつも通りの光景に安堵する。擽ったい気持ちで、付き合いの長い我が侭な主君を振り返った。
強張った身体を解しながら身を起こした場所は、地下室だった。見覚えがある黒い石造りの壁と、湿ってカビ臭い空気が淀んだ感じは、間違いなく自分の城だ。胸元に置かれていた紙がひらりと舞い、まだ痺れる右手でぎこちなく風を操って受け取る。
『――倒れたところを魔王様に抱きとめられるなんて、情けないですわ』
辛辣な一言と、見慣れた妻のサイン。溜め息をついたアスタロトは、額を押さえて唸る。まさかルシファーの眼前で倒れるとは思わなかった。城へ戻る主君の後ろをついて、廊下の絨毯を踏んだところで記憶が途絶えている。指摘されるまでもなく情けない状況に、もうひとつ溜め息がもれた。
「最悪のタイミングでしたね」
視察に行くルシファーとリリスを見送った際、不吉な予感があった。予知能力はないが、ある意味予知に近い直感だったらしい。城門が鳳凰に攻撃された時点ですでに眠っていれば、このような状況にならなかった。言い訳じみた気持ちを封印して立ち上がる。
鳳凰の再生と同じで、吸血一族の深い眠りは身体や寿命の回復を兼ねていた。他種族より長寿命である彼らの精神をリセットし、気狂いを減らす意味もある。本能に刻まれた眠りから甦り、アスタロトは長くなりすぎた金髪に眉をひそめた。
寝ている間も伸び続ける髪は、腰の辺りまである。切り落としても魔力が残る髪をそこらに捨てられないため、この場で切り落とした。その上に火を放って完全に燃やし尽くす。
いつもと同じ肩に触れるぎりぎりの長さに揃えると、鏡で身だしなみを確認した。足元に魔法陣を描いて、魔王城の中庭への転移を始める。
この後の騒動が予想できてしまい、正直、頭が痛かった。
「ち、違うぞ! ちゃんと仕事してたんだが……人族が攻めて来た昨日だけ処理してなくて……」
執務室に挨拶に赴けば、広くなった机の上に広がった分だけ書類が積まれていた。あたふた言い訳するルシファーは眠る前と変わらず、仕事を適度にサボったようだ。ベールに状況を確認しないといけませんね。呆れながらも一礼した。
「陛下、眠りに伴う休暇をありがとうございました。本日より復帰いたします」
「ああ、頼む」
「また、私が眠りに落ちた際に支えていただいたと伺いました。お手を煩わせ申し訳ございません」
「気にするな」
ここまでのやり取りは理想の上司だ。崩れそうな書類がなければ、さらに理想だっただろう。ひとつ息を吐いて気持ちを切り替えたアスタロトだが、後ろのドアがノックされて声を飲み込む。しかし返答を待たずに執務室のドアは開かれた。
「パパ、ルーシアと………あ、アシュタだ!」
聞きなれた幼女の声に顔を向けると、成長したリリスがにこにこ駆け寄ってくる。後ろに大型犬サイズのヤンと同じ大きさのピヨがつき従っていた。どんと体当たりしたリリスが、アスタロトの手を掴む。
「アシュタ! もう元気になったの? 明日からお城に来れる?」
「はい、今日からお城にいます」
矢継ぎ早に質問するリリスの黒髪を撫でて、膝をついた。視線を合わせたアスタロトだが、以前より少し背が伸びたリリスがそのまま抱きつく。背中に殺気を感じて顔を引きつらせたアスタロトの上に、ぼそっと低い声が降って来た。
「リリスに抱き着くとは……永眠したいらしいな、アスタロト」
「返り討ちにしますよ」
しっかり言葉を返しながら、いつも通りの光景に安堵する。擽ったい気持ちで、付き合いの長い我が侭な主君を振り返った。
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