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30章 勇者の紋章の行方

395. つい心配になっちゃって

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 致死寸前のダメージを受けた魔王を放置し、側近達はひそひそと話を始めた。すぐに結論が出たらしく振り返り、ルーサルカの指を握るリリスへ声をかける。

「どこからどこまで覚えています?」

 曖昧なアスタロトの問いかけに、リリスは黒髪を揺らして首をかしげた。

「全部」

「……わかりました」

 後ろでルキフェルが「記憶が残っていたなら、あの行動は……」とここ最近のリリスの記録を読み漁っている。ルシファーが記録した日記だが、研究用に借りていたようだ。詳細に記録されたページを確認するルキフェルの水色の髪を撫でながら、ベールが口を挟んだ。

「リリス嬢が健在となれば、王妃教育の残りを済ませてしまう方がいいでしょうか」

「ですが、手足が短くて無理なのでは?」

 3歳児に執務を頼む側近という見た目は、きっと鬼畜の所業と呼ばれるだろう。ダンスや礼儀作法は済んでいるため、残るは執務関連のみだ。

「リリス嬢」

 大切な確認を忘れたとアスタロトが気を引くと、まだ鼻血が止まらないルシファーの純白の髪を弄るリリスが振り返った。すでにルーサルカの手は離していて、ルーシアは大慌てでシトリーやレライエを呼びに出ている。

 ベールの執務室の扉が開けっぱなしなので、通るコボルトやエルフが中を覗き込んでいく。養女であるルーサルカに扉を閉めるように頼み、アスタロトは女主であるリリスに向き直った。

「ご自分の年齢はわかりますか」

「しゃんしゃい」

 今度は指を3本立てなかったが、代わりにまた噛んだ。途端にルシファーの顔がデレる。もう鬱陶しいので無視する側近が少し考えてから、問い直した。

「以前の記憶が残っているなら、13歳ですよね」

「ううん。戻ったから3歳」

 今度はゆっくり話したので噛まずに言えた。ほっと頬を緩めるリリスの理屈に、アスタロトは考え込んでしまった。

 無言になったアスタロトを押しのける形で、ルキフェルが声をかける。

「リリスは16歳でお嫁さんじゃない? あと何年あるの」

 言葉を変えて同じような質問をされたリリスは、「両手とこんだけ」と指を3本立てた。13年あるという意味に聞こえる。つまり外見年齢が16歳にならないと、本人は結婚年齢だと認識していない。過去の記憶はあるが、肉体は若返ったという形だった。

「リリスは戻った理由、わかる?」

 研究者らしい質問に、赤い大きな目がぱちぱちと瞬きした。

「知らない」

「戻る前にケガしたのは覚えてるんだよね」

 こくんと頷くリリスを、ぎゅっとルシファーが抱き締めた。そのため胸元に顔を埋める形となったリリスが、じたばた足掻く。驚いたのと、ちょっと苦しかったのだろう。ぱたぱた音を立てて叩かれ、眉尻を下げたルシファーが「ごめん」と覗き込んだ。

 あの時のケガの話はルシファーの前では禁句だった。反省するルキフェルをベールが引き寄せる。少し乱暴に髪を撫でて旋毛に接吻けた。頬を緩めたルキフェルが上を見上げ「大丈夫」と声に出さずに伝える。

「パパはもっと落ちちゅいて!」

「ごめんね。つい心配になっちゃって」

 腕の中で急に大きくなった愛娘の話を聞いている間に、恐怖が蘇った。あのケガの時までまた戻ってしまったらどうしよう。もしかしたら今は夢なんじゃないか。だとしたら腕の中から消えてしまうかも知れない。溢れた感情のままに抱き締めていたのだ。

「リリスがいなくなるのが恐いんだよ」

「……うん。平気」

 よしよしとルシファーの頭を撫でてから、リリスはチュッと音をさせて頬にキスをした。
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