476 / 1,397
35章 勇者や聖女なんて幻想
473. 選択はもう少し後で
しおりを挟む
前庭から一番近いのは謁見の間だ。大広間からの景色を考えて植えられた木々や花が揺れる庭を通り抜け、ルシファーは少し離れた客間へ入った。
謁見に来た貴族との食事や会話を楽しむために用意された部屋で、ルシファーはソファに腰掛けるとわずかに姿勢を崩した。その姿に何か言いかけて、アスタロトは口を噤む。すぐ後ろから入ってきたイザヤは、アンナを抱き上げていた。
「失礼します」
勧められたソファに先に妹を座らせ、隣に自分が腰掛けて肩を貸してやる。仲睦まじい兄妹の姿に、ルシファーは先に口を開いた。
「まだ具合が悪いのか?」
治癒魔法陣は傷や病気を治すためのものだ。だが失われた血や体力、魔力は回復できない。虐げられた期間の割に衰弱が激しいアンナを心配するルシファーへ、イザヤは残念そうに頷いた。
「はい。まだ怠さが抜けなくて」
「ふむ、食事の内容を変更するように命じるか」
滋養強壮に効く食べ物やハーブがあるので、それらを使うよう指示を出して侍女達を下がらせた。お茶の用意だけして姿を消した彼女らの魔力が遠くなったところで、ルシファーは足を組む。普段はリリスが膝にいるので、滅多に見せない仕草だった。
「魔法陣の完成を急がせているが、使えるかわからない。ルキフェルは魔法陣研究にかけては天才だが、初めて見る未完成の魔法陣を組み立てる以上、どうしても使用者に危険はある。使えるとして……そなたらは帰還を望むか?」
危険を承知で異世界へ戻ることを選択するか。残酷な問いであると知りつつ、この世界のヒエラルキーの頂点に立つ魔王であるルシファーは結論を彼らに委ねた。
正直な話、新たな召喚者が現れる可能性を潰した魔族にとって、手元の3人の処遇は大した問題ではない。この世界に残るなら問題なく生活できる環境を整えるだけだし、危険を承知で帰るというなら送り出すのみだ。
自動発動した魔法陣の仕掛け人は不明だが、あの中に召喚を逆転する魔法陣が組み込まれていたことから、魔族が把握していない異世界人が人族に紛れていた可能性が考えられた。彼らの知識で作られた魔法陣が置き土産のように都を守護しており、今回は発動条件を満たして攻撃を仕掛けた。
それならば、放置された魔法陣に組み込まれた『未知の世界へ続く魔法陣』の意味もわかる。人族は魔力量が少なく、召喚魔法陣や転移魔法陣といった複雑な魔術を使うために数人がかりで魔力を注ぐ。攻撃された際に死んだ人族の魔力を活用する魔法陣を提案し、当時の王族の力を借りて刻んだのだろう。
あれだけの大きさの魔法陣を都の地下に刻むには、魔族の公爵家クラスの魔力量が必要だ。隙間に自分が帰る為の魔法陣を隠して刻み、チャンスを待っていた可能性があった。
仕掛けられた魔法陣の古さからいって、当事者はすでに亡くなっている。今となっては確認する方法はないが、魔族との戦いが激しかった頃ならば、攻めてきた魔族に殺される人族の魔力を利用する魔術は実現性が高い手段だった。
無言で兄に決断を委ねるアンナと視線を合わせ、イザヤは本音を漏らした。
「帰れるなら帰りたいと思うが、妹が危険なら……試したくない」
「お兄ちゃん」
嬉しそうな妹の声に切ない表情で黒髪を撫でる手は、傷だらけで胼胝が出来ていた。ごつごつした手に時々黒髪が絡みつく。
「わかった。魔法陣の完成度を確認し、改めて尋ねるとしよう」
この場で不確定な要素がある未来への答えを求める不合理さに、ルシファーは首を横に振った。ifの要素が強い話で選択を迫るのは酷というものだ。ルシファーの話が一段落したのを見届け、アスタロトが彼らに提案した。
「部屋をそれぞれにわけましょう」
先ほどの会話から、アベルと言い争いをした事実は察している。同じ部屋に3人を押し込むのは居心地が悪いだろう。ましてや聖女アンナは具合が悪く、安静にして休む必要があった。成人が近い未婚の男女を一緒の部屋にすることは、魔族にとっても好ましい状況ではない。
彼らは罪人ではなく、客人として扱われているのだ。
「あの……兄と続き部屋か隣がいいのですが」
「ご兄妹ですから近くにいたいのも当然です。そのように手配します」
穏やかな面しか見せないアスタロトの笑みに、イザヤとアンナは安心した様子で肩の力を抜いた。
謁見に来た貴族との食事や会話を楽しむために用意された部屋で、ルシファーはソファに腰掛けるとわずかに姿勢を崩した。その姿に何か言いかけて、アスタロトは口を噤む。すぐ後ろから入ってきたイザヤは、アンナを抱き上げていた。
「失礼します」
勧められたソファに先に妹を座らせ、隣に自分が腰掛けて肩を貸してやる。仲睦まじい兄妹の姿に、ルシファーは先に口を開いた。
「まだ具合が悪いのか?」
治癒魔法陣は傷や病気を治すためのものだ。だが失われた血や体力、魔力は回復できない。虐げられた期間の割に衰弱が激しいアンナを心配するルシファーへ、イザヤは残念そうに頷いた。
「はい。まだ怠さが抜けなくて」
「ふむ、食事の内容を変更するように命じるか」
滋養強壮に効く食べ物やハーブがあるので、それらを使うよう指示を出して侍女達を下がらせた。お茶の用意だけして姿を消した彼女らの魔力が遠くなったところで、ルシファーは足を組む。普段はリリスが膝にいるので、滅多に見せない仕草だった。
「魔法陣の完成を急がせているが、使えるかわからない。ルキフェルは魔法陣研究にかけては天才だが、初めて見る未完成の魔法陣を組み立てる以上、どうしても使用者に危険はある。使えるとして……そなたらは帰還を望むか?」
危険を承知で異世界へ戻ることを選択するか。残酷な問いであると知りつつ、この世界のヒエラルキーの頂点に立つ魔王であるルシファーは結論を彼らに委ねた。
正直な話、新たな召喚者が現れる可能性を潰した魔族にとって、手元の3人の処遇は大した問題ではない。この世界に残るなら問題なく生活できる環境を整えるだけだし、危険を承知で帰るというなら送り出すのみだ。
自動発動した魔法陣の仕掛け人は不明だが、あの中に召喚を逆転する魔法陣が組み込まれていたことから、魔族が把握していない異世界人が人族に紛れていた可能性が考えられた。彼らの知識で作られた魔法陣が置き土産のように都を守護しており、今回は発動条件を満たして攻撃を仕掛けた。
それならば、放置された魔法陣に組み込まれた『未知の世界へ続く魔法陣』の意味もわかる。人族は魔力量が少なく、召喚魔法陣や転移魔法陣といった複雑な魔術を使うために数人がかりで魔力を注ぐ。攻撃された際に死んだ人族の魔力を活用する魔法陣を提案し、当時の王族の力を借りて刻んだのだろう。
あれだけの大きさの魔法陣を都の地下に刻むには、魔族の公爵家クラスの魔力量が必要だ。隙間に自分が帰る為の魔法陣を隠して刻み、チャンスを待っていた可能性があった。
仕掛けられた魔法陣の古さからいって、当事者はすでに亡くなっている。今となっては確認する方法はないが、魔族との戦いが激しかった頃ならば、攻めてきた魔族に殺される人族の魔力を利用する魔術は実現性が高い手段だった。
無言で兄に決断を委ねるアンナと視線を合わせ、イザヤは本音を漏らした。
「帰れるなら帰りたいと思うが、妹が危険なら……試したくない」
「お兄ちゃん」
嬉しそうな妹の声に切ない表情で黒髪を撫でる手は、傷だらけで胼胝が出来ていた。ごつごつした手に時々黒髪が絡みつく。
「わかった。魔法陣の完成度を確認し、改めて尋ねるとしよう」
この場で不確定な要素がある未来への答えを求める不合理さに、ルシファーは首を横に振った。ifの要素が強い話で選択を迫るのは酷というものだ。ルシファーの話が一段落したのを見届け、アスタロトが彼らに提案した。
「部屋をそれぞれにわけましょう」
先ほどの会話から、アベルと言い争いをした事実は察している。同じ部屋に3人を押し込むのは居心地が悪いだろう。ましてや聖女アンナは具合が悪く、安静にして休む必要があった。成人が近い未婚の男女を一緒の部屋にすることは、魔族にとっても好ましい状況ではない。
彼らは罪人ではなく、客人として扱われているのだ。
「あの……兄と続き部屋か隣がいいのですが」
「ご兄妹ですから近くにいたいのも当然です。そのように手配します」
穏やかな面しか見せないアスタロトの笑みに、イザヤとアンナは安心した様子で肩の力を抜いた。
64
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる