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41章 溺愛の弊害
554. 決断した魔王の矜持
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※残酷表現があります。
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「しね! 化け物め」
突き出された毒付きの槍を、ひらりと交わしたベルゼビュートが槍の真ん中を叩き折る。そのまま相手の懐に飛び込み、顔に膝蹴りを食らわして離脱した。一度に殺すなんてもったいないこと、出来るわけがない。
エルフや精霊にもよく言い聞かせてある。魔獣達はもっと敏感に魔王の意図を理解していた。本能的な嗅覚が鋭い彼らも、一撃加えては離れる。苦しみ痛みにもがく獲物を弄る猫のように、過去の報復に興じた。
必死に剣を振って住民を逃がそうとする騎士を倒し、我先にと逃げ出した兵士の足を切り、向かってきた冒険者の手足をもいだ。魔術師の杖を折り、詠唱する喉を潰し、魔族は返り血に濡れた手足を拭う。そこに罪悪感はなかった。
頂点たる王が許可した、正当な報復行為なのだ。
ずっと我慢してきた。一族の子を攫われ、同族を傷つけられ、弱者を踏みにじられる。上層部が報復に動いたとしても、魔族の傷ついた矜持は悲鳴を上げた。まだ足りぬ、まだ届かぬ、それでは手ぬるいと。
最下辺の弱者である人族は、最強の魔王に似通った外見を持つ。美しさにおいて比類なき魔王のように、鱗も棘もない肌や手足を与えられた。言葉を話し、対となる勇者を生み出す種族――ただそれだけ。貢献のひとつもなく、魔族を傷つける人族への憎悪は強かった。
魔王を敬愛するほどに、裏返しの憎しみが人族へ向けられる。そしてついに、魔王は決断なされた。魔王妃を攫われた時以上の報復は、魔族のほぼすべての種族が待ち望んだ時間だ。
「あたくしはね、人族が大嫌いなの」
屈強な男の耳を削ぎ、手の指を1本ずつ落とす。舞うように戦うベルゼビュートの軽やかな動きは、人族にとって死の舞だった。掴んでいられなくなった武器を落とせば、攻撃の手が止む。
「嫌だわ、武器もない男に興味はないのよ」
飽きたと肩を竦めて呟き、豊満な肉体を見せつける美女は踵を返す。背を見せた彼女に一矢報いようとした男だが、その前に魔獣が群がった。狼や熊だけでなく、角兎や狂鹿と呼ばれる種族まで集まってくる。
「愚か者の最期に相応しいじゃない。一息まで苦しんでしねばいい」
吐き捨てたベルゼビュートが立ち去る背後から悲鳴が聞こえた。獣たちは上手に言いつけを守っている。喉を噛み切る親切な個体はいなかった。指の先、腕の内側、腹部……様々な部分を食い破りながらも、絶命させずに長らえさせる。瞳を抉らないのは、最後の最後まで絶望に染めて光を奪うため。
多くの仲間を殺された魔獣の怒りに満ちた行動に、都の人々は逃げ惑った。塀の外へ続く門は開け放たれ、その先はさらに多くの魔獣やドラゴンが待ち受ける地獄だ。
血路を開くと言って外へ出た冒険者の死体は、わずかな肉片と血溜まりのみ。兵も民も踏み出す勇気はなく、後ろから押しかけた群衆も怯えて足を止めた。塀の上にある物見台に上った騎士が、鳳凰の爪に引っかけられて地面へ運ばれる。
「う、うわぁ!! やめろ」
叫んで短剣を振り回す男の攻撃を避けながら、アラエルが摘まんだのは腰のベルトだった。振り回して引き剥がした革は丁寧に鞣され、元の色から染め直されている。しかし漂う死臭と恨みの魔力は染みつき残された。
「……リザードマンの、戦士か」
死を悼んで呟いたアラエルの足元から、数人のリザードマンが飛び出す。一族の仇を討たんとする彼らに場を譲り、アラエルは数歩下がった。鋭い槍で騎士を突き、しかし致命傷を与えないのは戦士らしからぬ振る舞いだ。それでも殺された仲間の革を纏う男を楽にする方法は選べなかった。
「良い、そなたらの怒りも憎しみも理解する。余の命令だ、相応に返してやれ」
ピヨを引き寄せたアラエルの隣に舞い降りた魔王の許しに、リザードマンの目が潤んだ。戦えぬ敵を甚振る行為は戦士として最低だ。同時に主の命令に従い願いを叶えるのは、戦士として最上の誉れでもある。彼らの憎しみをルシファーはただ許容した。
これだけ魔族を苦しめた人族を、擁護した過去の決断が悔やまれる。魔王たるもの、悔いを残す決断は許されない。もっと早く決断すればよかった。冷たい表情を歪めたルシファーの頬を、リリスは両手で包んだ。
「パパは苦しいの?」
「違うな、ただ遅かった決断が悔しいだけだ」
多くの魔族が苦しんだのに、それでも愚かな王の決断を支持してくれた。そんな彼らの報復を見れば、傷つけられた彼らの恨みの深さが見て取れる。
触れるリリスの手は、子供特有の高い体温を伝えてきた。
「遅くないし、早くない。パパは正しいよ」
誰も与えられない言葉を、誰より大切な子供が口にした。ルシファーの表情が強張り、すぐに穏やかに微笑みを浮かべる。
「そうか?」
「そうだよ、リリスは知ってるもん」
子供故のまっすぐな言葉を受け取り、ルシファーは銀の瞳で目の前の惨劇を見つめる。己の決断がもたらした結果を、どれほど酷い景色であろうと目を逸らさないことが、魔王としての覚悟であり矜持だった。
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「しね! 化け物め」
突き出された毒付きの槍を、ひらりと交わしたベルゼビュートが槍の真ん中を叩き折る。そのまま相手の懐に飛び込み、顔に膝蹴りを食らわして離脱した。一度に殺すなんてもったいないこと、出来るわけがない。
エルフや精霊にもよく言い聞かせてある。魔獣達はもっと敏感に魔王の意図を理解していた。本能的な嗅覚が鋭い彼らも、一撃加えては離れる。苦しみ痛みにもがく獲物を弄る猫のように、過去の報復に興じた。
必死に剣を振って住民を逃がそうとする騎士を倒し、我先にと逃げ出した兵士の足を切り、向かってきた冒険者の手足をもいだ。魔術師の杖を折り、詠唱する喉を潰し、魔族は返り血に濡れた手足を拭う。そこに罪悪感はなかった。
頂点たる王が許可した、正当な報復行為なのだ。
ずっと我慢してきた。一族の子を攫われ、同族を傷つけられ、弱者を踏みにじられる。上層部が報復に動いたとしても、魔族の傷ついた矜持は悲鳴を上げた。まだ足りぬ、まだ届かぬ、それでは手ぬるいと。
最下辺の弱者である人族は、最強の魔王に似通った外見を持つ。美しさにおいて比類なき魔王のように、鱗も棘もない肌や手足を与えられた。言葉を話し、対となる勇者を生み出す種族――ただそれだけ。貢献のひとつもなく、魔族を傷つける人族への憎悪は強かった。
魔王を敬愛するほどに、裏返しの憎しみが人族へ向けられる。そしてついに、魔王は決断なされた。魔王妃を攫われた時以上の報復は、魔族のほぼすべての種族が待ち望んだ時間だ。
「あたくしはね、人族が大嫌いなの」
屈強な男の耳を削ぎ、手の指を1本ずつ落とす。舞うように戦うベルゼビュートの軽やかな動きは、人族にとって死の舞だった。掴んでいられなくなった武器を落とせば、攻撃の手が止む。
「嫌だわ、武器もない男に興味はないのよ」
飽きたと肩を竦めて呟き、豊満な肉体を見せつける美女は踵を返す。背を見せた彼女に一矢報いようとした男だが、その前に魔獣が群がった。狼や熊だけでなく、角兎や狂鹿と呼ばれる種族まで集まってくる。
「愚か者の最期に相応しいじゃない。一息まで苦しんでしねばいい」
吐き捨てたベルゼビュートが立ち去る背後から悲鳴が聞こえた。獣たちは上手に言いつけを守っている。喉を噛み切る親切な個体はいなかった。指の先、腕の内側、腹部……様々な部分を食い破りながらも、絶命させずに長らえさせる。瞳を抉らないのは、最後の最後まで絶望に染めて光を奪うため。
多くの仲間を殺された魔獣の怒りに満ちた行動に、都の人々は逃げ惑った。塀の外へ続く門は開け放たれ、その先はさらに多くの魔獣やドラゴンが待ち受ける地獄だ。
血路を開くと言って外へ出た冒険者の死体は、わずかな肉片と血溜まりのみ。兵も民も踏み出す勇気はなく、後ろから押しかけた群衆も怯えて足を止めた。塀の上にある物見台に上った騎士が、鳳凰の爪に引っかけられて地面へ運ばれる。
「う、うわぁ!! やめろ」
叫んで短剣を振り回す男の攻撃を避けながら、アラエルが摘まんだのは腰のベルトだった。振り回して引き剥がした革は丁寧に鞣され、元の色から染め直されている。しかし漂う死臭と恨みの魔力は染みつき残された。
「……リザードマンの、戦士か」
死を悼んで呟いたアラエルの足元から、数人のリザードマンが飛び出す。一族の仇を討たんとする彼らに場を譲り、アラエルは数歩下がった。鋭い槍で騎士を突き、しかし致命傷を与えないのは戦士らしからぬ振る舞いだ。それでも殺された仲間の革を纏う男を楽にする方法は選べなかった。
「良い、そなたらの怒りも憎しみも理解する。余の命令だ、相応に返してやれ」
ピヨを引き寄せたアラエルの隣に舞い降りた魔王の許しに、リザードマンの目が潤んだ。戦えぬ敵を甚振る行為は戦士として最低だ。同時に主の命令に従い願いを叶えるのは、戦士として最上の誉れでもある。彼らの憎しみをルシファーはただ許容した。
これだけ魔族を苦しめた人族を、擁護した過去の決断が悔やまれる。魔王たるもの、悔いを残す決断は許されない。もっと早く決断すればよかった。冷たい表情を歪めたルシファーの頬を、リリスは両手で包んだ。
「パパは苦しいの?」
「違うな、ただ遅かった決断が悔しいだけだ」
多くの魔族が苦しんだのに、それでも愚かな王の決断を支持してくれた。そんな彼らの報復を見れば、傷つけられた彼らの恨みの深さが見て取れる。
触れるリリスの手は、子供特有の高い体温を伝えてきた。
「遅くないし、早くない。パパは正しいよ」
誰も与えられない言葉を、誰より大切な子供が口にした。ルシファーの表情が強張り、すぐに穏やかに微笑みを浮かべる。
「そうか?」
「そうだよ、リリスは知ってるもん」
子供故のまっすぐな言葉を受け取り、ルシファーは銀の瞳で目の前の惨劇を見つめる。己の決断がもたらした結果を、どれほど酷い景色であろうと目を逸らさないことが、魔王としての覚悟であり矜持だった。
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