1,053 / 1,397
76章 一難去るとまた……
1048. 転んでもただでは起きない
しおりを挟む
日本人なら生命力より栄養と置き換えた方が理解しやすかっただろう。栄養失調と翻訳された言葉は、この世界で生命力不足と同意語だった。
草食動物が森の草や葉を食べると、生命力と魔力を取り込む。しかし魔獣や魔物に分類されない動物の場合は、生命力のみ消費して魔力は蓄積した。それを肉食動物が食べるのだが、同様に生命力だけ消費する。魔力を持たない動物にとって、魔力は吸収できない油のような存在だった。
動物を食べる魔族は、残っていた魔力を吸収する。その際に生命力は直接消化できずに森へ還元された。動物が寿命で死ねば、体内に蓄積した魔力は拡散して森が回収する。繰り返されるサイクルは常に問題なく循環し、互いを生かしてきた。
その輪が壊れたのだ。馬車を動かす両輪のうち、左の魔力はそのままで右の生命力がバランスを崩した。すぐ影響は出ない。徐々に馬車は右へ曲がり、気づけばその場で回転するようになる――早く手を打たなければ左側も破綻する未来は確実だった。
「生命力だけ抜けた原因を探る途中で、君達に症状が出たんだ」
それが爆発に巻き込まれた影響ならば、効果範囲は限定的だ。だが他の獣人や魔獣に、すでに影響がでているとしたら? 早めに対策を打つため、ルキフェルはひとつの決断をした。
「申し訳ないけど、君達を一時的に隔離して治療させてほしい」
困惑の表情を浮かべたのはエルフだった。魔力量が多いエルフにとって、今すぐ影響がでる状況ではない。仲間や森から魔力を得れば生きていけるのだ。逆に魔力量が少ない獣人や魔獣はすぐに同意した。同族に影響が出る可能性が高いため、治療法の確立は緊急課題だ。
顔を見合わせたアンナとイザヤは、指先をからめて握ると頷いた。
「私達はご協力します」
「ありがとう……協力してもらえる人はこちらへ。帰りたい人は、アスタロトに通信手段だけ確保してもらってね」
容体が急変したときに連絡が取れるよう、通信の魔法陣を受け取ってエルフ達はテントを出た。もちろんテント内での話は口外禁止を言い渡されている。パニックになれば手が付けられないだろう。
残ったのはアンナ、イザヤ、狐の魔獣、兎やリスの獣人だった。小型で魔力量が少ない獣人や魔獣が多いことから見ても、やはり生命力不足に陥ったのは間違いない。隔離用に提供されたのは、ベールの城だった。転移した城は、柔らかな色の家具が多く落ち着く部屋が与えられる。
「あ、ケーキ」
「連絡して、アベルに食べてもらうか」
収納を兼ねている戸棚にしまった食後のデザートを思い出す。品質保持のために戸棚に魔法陣が張られているが、魔力供給しないと温度管理が切れてしまう。普段は開け閉めすることで魔力供給していたアンナだが、しばらく帰れそうになかった。
残念だが、チーズケーキはアベルの腹に収まることが確定だ。伝言を頼みに行ったイザヤを見送り、部屋の中を見回した。この部屋は木製の家具が多く、全体に白っぽいイメージだ。夫婦扱いで同室にしてもらったが、実はまだキスで止まっていた。
これはチャンスだ。危機的状況で愛し合う2人が部屋に閉じ込められる――映画でよく観たシチュエーションと同じなら、きっと関係が発展するはず。期待を込めたアンナの眼差しが、大きめのベッドに釘付けとなった。
このベッド、キングサイズだわ……すごい、これ……この上で私! 興奮が高じて眩暈がし、ふらりとソファの背に手を置いて縋りつく。期待で輝く視線は、ベッドから離れることはなかった。
草食動物が森の草や葉を食べると、生命力と魔力を取り込む。しかし魔獣や魔物に分類されない動物の場合は、生命力のみ消費して魔力は蓄積した。それを肉食動物が食べるのだが、同様に生命力だけ消費する。魔力を持たない動物にとって、魔力は吸収できない油のような存在だった。
動物を食べる魔族は、残っていた魔力を吸収する。その際に生命力は直接消化できずに森へ還元された。動物が寿命で死ねば、体内に蓄積した魔力は拡散して森が回収する。繰り返されるサイクルは常に問題なく循環し、互いを生かしてきた。
その輪が壊れたのだ。馬車を動かす両輪のうち、左の魔力はそのままで右の生命力がバランスを崩した。すぐ影響は出ない。徐々に馬車は右へ曲がり、気づけばその場で回転するようになる――早く手を打たなければ左側も破綻する未来は確実だった。
「生命力だけ抜けた原因を探る途中で、君達に症状が出たんだ」
それが爆発に巻き込まれた影響ならば、効果範囲は限定的だ。だが他の獣人や魔獣に、すでに影響がでているとしたら? 早めに対策を打つため、ルキフェルはひとつの決断をした。
「申し訳ないけど、君達を一時的に隔離して治療させてほしい」
困惑の表情を浮かべたのはエルフだった。魔力量が多いエルフにとって、今すぐ影響がでる状況ではない。仲間や森から魔力を得れば生きていけるのだ。逆に魔力量が少ない獣人や魔獣はすぐに同意した。同族に影響が出る可能性が高いため、治療法の確立は緊急課題だ。
顔を見合わせたアンナとイザヤは、指先をからめて握ると頷いた。
「私達はご協力します」
「ありがとう……協力してもらえる人はこちらへ。帰りたい人は、アスタロトに通信手段だけ確保してもらってね」
容体が急変したときに連絡が取れるよう、通信の魔法陣を受け取ってエルフ達はテントを出た。もちろんテント内での話は口外禁止を言い渡されている。パニックになれば手が付けられないだろう。
残ったのはアンナ、イザヤ、狐の魔獣、兎やリスの獣人だった。小型で魔力量が少ない獣人や魔獣が多いことから見ても、やはり生命力不足に陥ったのは間違いない。隔離用に提供されたのは、ベールの城だった。転移した城は、柔らかな色の家具が多く落ち着く部屋が与えられる。
「あ、ケーキ」
「連絡して、アベルに食べてもらうか」
収納を兼ねている戸棚にしまった食後のデザートを思い出す。品質保持のために戸棚に魔法陣が張られているが、魔力供給しないと温度管理が切れてしまう。普段は開け閉めすることで魔力供給していたアンナだが、しばらく帰れそうになかった。
残念だが、チーズケーキはアベルの腹に収まることが確定だ。伝言を頼みに行ったイザヤを見送り、部屋の中を見回した。この部屋は木製の家具が多く、全体に白っぽいイメージだ。夫婦扱いで同室にしてもらったが、実はまだキスで止まっていた。
これはチャンスだ。危機的状況で愛し合う2人が部屋に閉じ込められる――映画でよく観たシチュエーションと同じなら、きっと関係が発展するはず。期待を込めたアンナの眼差しが、大きめのベッドに釘付けとなった。
このベッド、キングサイズだわ……すごい、これ……この上で私! 興奮が高じて眩暈がし、ふらりとソファの背に手を置いて縋りつく。期待で輝く視線は、ベッドから離れることはなかった。
31
あなたにおすすめの小説
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】
※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。
※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる