33 / 79
33.予定がない日という贅沢
しおりを挟む
空は晴れて気持ち良い風が吹く。お庭に白い花が見えたので、お母様を散歩にお誘いしました。するとお茶会に変更され、さらに弟のダヴィードが加わるそうです。このように急な変更は、王宮では滅多にありませんでした。なぜなら、一日の予定はびっしりと隙間なく埋め尽くされていたのです。
変更があれば、その後の予定に支障がないか確認する手間が必要でした。しかし今の私には関係ありませんわ。起きてから「今日は何をしましょうか」と悩む時間まであるのですから。ダヴィードは剣のお稽古が終わってから合流と聞き、先に庭に出ることにしました。
東屋は焦げ茶に塗装され、屋根は濃緑で風景に溶け込みます。塗装された手摺りや柱を蔦が走り、不思議な調和がありました。まるで森の木をくり貫いて中に入ったような気分です。ぐるりと見回し、天井付近まで伸びた蔦に花が付いていることに気づきました。
「お母様、あの花を御存じですか?」
「野薔薇だと思うけれど、綺麗ね」
「ええ、本当に」
小さな小さな花で、見落としてしまいそうです。東屋の天井が焦げ茶でなければ、気づかなかったでしょう。とても愛らしい花をよく見ると、中央が薄いピンクに色づいていました。
「今日の茶器と合うわよ」
ほら、とお母様が示したのはテーブルに用意されたカップです。苺でしょうか。花と実が一緒に描かれたカップの花は、野薔薇らしき花に似ています。花びらの数も違うし、明らかに別の植物なのに……指摘するより頷く方が相応しいですね。
「まぁ! この砂糖、綺麗です」
薔薇を象った砂糖に口元が緩みます。愛らしい形や小物に目がないのは、女性特有なのでしょう。普段は紅茶に砂糖は入れないのですが、今日は沈めてみたくなりました。金のスプーンに載せてゆっくり沈め、紅茶の色に染まりながら崩れるのを見守ります。顔を上げると、お母様も同じことをなさっていました。
「ふふっ……やっぱり親子ですね」
自然と出た一言に、お母様は目を見開いてから破顔しました。上品な公爵夫人の顔ではなく、まだ幼い少女のように屈託ない笑顔です。心から嬉しいと示す母の好意に、私も笑顔で応えました。こういった時間は初めてではないかしら。
何も気にせず、人目も無視して。好きなことを好きだと公言する。くるりとスプーンを回して砂糖を溶かし切り、口を付けた。美味しい。体形維持のために甘いものを控え、コルセットで苦しいほど締め付けて過ごす日常が当たり前でした。それがソフトな革ベルトに変えて、甘い紅茶を飲んでいる。
不思議な気分です。ちょっとだけ悪戯をして、叱られる前のようなわくわく感が胸に広がりました。
「失礼いたします。奥方様、ジェラルディーナ姫」
伯父様だわ。心地よいバリトンに振り向いた私は、他にも人がいたことに驚き動きが止まりました。侍女や執事はわかります。けれど……こちらの方はピザーヌ伯爵家のご嫡男じゃないかしら。貴族名鑑で暗記したお名前通りなら、カスト様?
以前にお会いしたことがあります。ピザーヌ伯爵子息が覚えておられるか、分かりませんけれど。
変更があれば、その後の予定に支障がないか確認する手間が必要でした。しかし今の私には関係ありませんわ。起きてから「今日は何をしましょうか」と悩む時間まであるのですから。ダヴィードは剣のお稽古が終わってから合流と聞き、先に庭に出ることにしました。
東屋は焦げ茶に塗装され、屋根は濃緑で風景に溶け込みます。塗装された手摺りや柱を蔦が走り、不思議な調和がありました。まるで森の木をくり貫いて中に入ったような気分です。ぐるりと見回し、天井付近まで伸びた蔦に花が付いていることに気づきました。
「お母様、あの花を御存じですか?」
「野薔薇だと思うけれど、綺麗ね」
「ええ、本当に」
小さな小さな花で、見落としてしまいそうです。東屋の天井が焦げ茶でなければ、気づかなかったでしょう。とても愛らしい花をよく見ると、中央が薄いピンクに色づいていました。
「今日の茶器と合うわよ」
ほら、とお母様が示したのはテーブルに用意されたカップです。苺でしょうか。花と実が一緒に描かれたカップの花は、野薔薇らしき花に似ています。花びらの数も違うし、明らかに別の植物なのに……指摘するより頷く方が相応しいですね。
「まぁ! この砂糖、綺麗です」
薔薇を象った砂糖に口元が緩みます。愛らしい形や小物に目がないのは、女性特有なのでしょう。普段は紅茶に砂糖は入れないのですが、今日は沈めてみたくなりました。金のスプーンに載せてゆっくり沈め、紅茶の色に染まりながら崩れるのを見守ります。顔を上げると、お母様も同じことをなさっていました。
「ふふっ……やっぱり親子ですね」
自然と出た一言に、お母様は目を見開いてから破顔しました。上品な公爵夫人の顔ではなく、まだ幼い少女のように屈託ない笑顔です。心から嬉しいと示す母の好意に、私も笑顔で応えました。こういった時間は初めてではないかしら。
何も気にせず、人目も無視して。好きなことを好きだと公言する。くるりとスプーンを回して砂糖を溶かし切り、口を付けた。美味しい。体形維持のために甘いものを控え、コルセットで苦しいほど締め付けて過ごす日常が当たり前でした。それがソフトな革ベルトに変えて、甘い紅茶を飲んでいる。
不思議な気分です。ちょっとだけ悪戯をして、叱られる前のようなわくわく感が胸に広がりました。
「失礼いたします。奥方様、ジェラルディーナ姫」
伯父様だわ。心地よいバリトンに振り向いた私は、他にも人がいたことに驚き動きが止まりました。侍女や執事はわかります。けれど……こちらの方はピザーヌ伯爵家のご嫡男じゃないかしら。貴族名鑑で暗記したお名前通りなら、カスト様?
以前にお会いしたことがあります。ピザーヌ伯爵子息が覚えておられるか、分かりませんけれど。
350
あなたにおすすめの小説
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
【完結】婚約破棄を3時間で撤回された足枷令嬢は、恋とお菓子を味わいます。
青波鳩子
恋愛
ヴェルーデ王国の第一王子アルフレッドと婚約していている公爵令嬢のアリシアは、お妃教育の最中にアルフレッドから婚約破棄を告げられた。
その僅か三時間後に失意のアリシアの元を訪れたアルフレッドから、婚約破棄は冗談だったと謝罪を受ける。
あの時のアルフレッドの目は冗談などではなかったと思いながら、アリシアは婚約破棄を撤回したいアルフレッドにとりあえず流されておくことにした。
一方のアルフレッドは、誰にも何にも特に興味がなく王に決められた婚約者という存在を自分の足枷と思っていた。
婚約破棄をして自由を得たと思った直後に父である王からの命を受け、婚約破棄を撤回する必要に迫られる。
婚約破棄の撤回からの公爵令嬢アリシアと第一王子アルフレッドの不器用な恋。
アリシアとアルフレッドのハッピーエンドです。
「小説家になろう」でも連載中です。
修正が入っている箇所もあります。
タグはこの先ふえる場合があります。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?
なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。
干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。
舞踏会の夜。
聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。
反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。
落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。
水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。
レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。
やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。
支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。
呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。
――公開監査。
記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。
この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。
これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる